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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
ホルツレイン王家の人々

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211/892

モノリコートの味

「これは本当に良いモノリコだね」

 三人がキハ村から譲り受けてきたその果実を割ってみての感想がこれだった。


 キハ村は代々モノリコを栽培してきて、モノリコナッツの産地として知られていた。酒場など酒精を出す店が多い大都市の近郊によく見られる農村の典型と言っていい村だ。

 樹木としてのモノリコは世界に広く分布するが、種子を食用にすることを考えれば肥沃な土壌を必要とするのだ。十分な栄養を樹木は脂肪分に変換して種子に蓄え、そしてそれは果実にも蓄えられる。

 キハ村の豊かな大地が生み出したその脂肪分は、果実をモノリコート作りにも最適と言っていいものに変えていた。


「お手伝いのお礼にっていっぱいいただいてしまいました」

 モノリコがぎっしり詰まった箱を幾つも取り出してフィノが申し訳無さそうに言う。

「これだけ質が良ければ売れば売るだけ儲かるだろうに」

「キハ村はナッツ産地として発展してきただけあって、相当広い果樹園が広がっていたぜ。だから実のほうは高級品扱いで値崩れ起こさねえ程度に出荷しているんだとさ」

「樹の負担にならないように全部収穫するけど、こうやって余剰分は出るそうよ。普通は蝋燭や種子だけナッツに回したりするそうだけど、そっちは利益率低いから気に病まなくていいって」

「市場原理が働いているんだ。じゃあ無駄にしないよう有効利用しないといけないね。手伝ってくれる、フィノ?」

「はい、もちろんです!」


 獣人少女は既にモノリコートの味に思いを馳せているようだった。


   ◇      ◇      ◇


 本家の手によるモノリコートが出来上がって、皆でさあ味見だというところで見知った顔が通り掛かる。


「何やっているんです、カイさん?」

「鼻が利くね、ベイスン。デートかい?」


 巨大な布に大量の型枠が並べられて、フィノの範囲魔法で冷やされてはせっせと箱詰めされていく。とても私的な生産とは思えないような流れ作業にベイスンは呆れ気味な声を掛けるが、質問には質問で逆襲されてしまう。


「なっ! そ、そうですけど何か問題でも?」

「いや、喜ばしいことだと思っているよ。そんな君たちにも味見する権利を差し上げよう」

「気を抜いている時のカイさんって意外と雑ですよね?」

「親しみが持てるって言ってくれないかな? そうだよね、メイベル」

「はい、今のカイさんのほうが話しやすいです」

 彼女に裏切られたベイスンは溜息を吐いて降参する。先に柵をくぐるとメイベルに手を貸してくぐらせ、カイ達が陣取る敷き布に腰掛ける。


 待ち切れないセネル鳥(せねるちょう)達に服を啄まれてせっつかれているカイは完成品のモノリコートを大きめに割って彼らの口に放り込んでいく。ムグムグとゆっくり味わった彼らはバサバサと歓喜の踊りを踊っている。


「これは期待して良さそうだね」

 舌の確かな彼らの様子にカイは成功を確信する。

 健啖家のセネル鳥だが、次々とねだったりはしない。嗜好品という概念を正しく理解しているのだろう。

「じゃあ僕たちもいただこうか」

 皆に分配してそれぞれが口にしていくと、まるで伝染するように目を丸くしていく。

「え? 嘘!?」

「はぁー、蕩けちゃいますぅー」

「驚いた。こうも違うものかしら」

「よく解らんが、ひと味違うな」

「すごいですね、これ」

 口々に別の感嘆が上がる。

「うん、上品な苦みだね。土壌によって微妙な差異が出てくるものなのかな? 比べてみたこと無いからハッキリとは言えないけど」

「樹の性質も影響していると思うわ。キハ村の彼らが代々良い物を選んで繋げてきているんじゃないかしら?」

「なるほど。それも大きく作用していそうだね」

 第一声を放った後は呆然としていたメイベルが我を取り戻す。

「これは変です! 同じモノリコートとは思えません!」


 生産主任のエランカを母に持つ彼女は立場上、モノリコートをよく口にしている。製品のモノリコートでも陽々(ひび)味は向上していっているが、この味はあまりに衝撃的だった。


「格が違いすぎます。こんなのが出回ったら生産所の製品なんか……」


 メイベルの表情は悲壮感さえ漂っている。

 変形魔法で極めて細かな粉末に加工されたモノリコが、各地で買い漁ってきたお気に入りの味の牛乳と砂糖を使用して練り上げられて出来上がっている。コスト度外視の掛け値なしに最高級品だと言っていいのだ。彼女の舌を唸らせるほどの仕上がりになっていて当然とも言える。


「安心なさい。こんな魔法頼りの生産方法、市場を圧迫するほどの体制を維持するなんて不可能だから。ただでさえ少ない変形魔法士が技術を屈指して作っているのよ。個人で楽しむ分を確保するのがやっとだと思っていいわ」

「そうなのでしょうか……?」

 半泣きになっているメイベルの頭を撫でて宥めつつ言うチャムの見立ては正しい。仮に生産方法が流布したとしても魔法士の確保も儘ならないだろう。

「フィノはホルムトに来て初めて市販のモノリコートをいただきましたけど、あの値段で買える味だと思いませんでしたよぅ。以前だったら虜になってモノリコートのことしか考えられなくなっていたかもしれませんです。カイさんのお手製は特別なのです」

「皆さんがおっしゃるならそうなんですね」


 メイベルもやっと安堵の表情を見せる。

 カイとトゥリオの頭の中では、栗鼠のようにちょこまかと走り回って依頼をこなしたフィノがコリコリとモノリコートを齧る姿が連想される。失笑を漏らす二人の様子を敏感に察した獣人少女の頬が膨らむが、二人がペコペコと謝り自分の分のモノリコートを献上するとすぐに機嫌は直る。


 カイが持ち歩きに嵩張らない非常食で個人的嗜好品程度にしか考えていなかったモノリコートの市場は拡大しつつある。西方諸国の経済の安定成長が見込める現在、更なる拡大が想定される。


 嗜好品が経済に大きな影響を及ぼす状態というのは、カイには平和の象徴のように思えて自然と顔が綻んでしまうのだった。


   ◇      ◇      ◇


 その()はいつもの午前のお茶会ではなく、エレノアたちと昼食を摂ることになっていた。王宮のテラスで豊富な種類が用意されていたサンドイッチに手を伸ばした後は、午前中に作ったモノリコートをカイが振る舞い、親子を唸らせることになった。


「カイ様にはいつも驚かされてばかりですが、これは五指に入るほどの驚きですね」

 ご相伴に与ったフランにしてこう言わせたモノリコートは非常に好評だったと言えよう。

 ただカイと同席すればおしなべて上機嫌なセイナが少々大人しいように見える。

「おいで、セイナ」

 その様子に気付いたカイは片眉を上げて考えている風を見せていたが、チャムからの目配せを受けて動き始める。

「どうしたんだい? 身体の調子が悪いのかな? それとも悩み事? 繊細な話題なら僕たちは外すから女の子同士で話すといいよ」

「違うんです! その……」

 セイナは口籠る。彼女はそれを口にしたら現実になってしまいそうで言い出せないでいたのだ。

「カイ兄様が……、あの……、またそろそろホルムトを離れるとおっしゃりそうな気がして不安で不安で……」

「ああ、なるほど、そうか」

 膝に置いた手がスカートを強く握りしめ、彼女の不安な心情を表している。その手の上に自らの手を置いたカイは軽く握って落ち着かせるように語り掛ける。

「また出掛けようとは思っているよ」

 セイナの身体はビクリと震える。

「でもそれは今じゃない。一()くらいは西方に居るつもり。トレバがああなったのは僕の責任でもあるからね、情勢が安定するまでは様子を見なきゃいけないと思っているから」


 このことに関しては仲間達にも先陽(せんじつ)話していた。新領にはまだトレバ残党による小規模な反乱が確認されている。すぐに鎮圧されてはいるが、今後どのような事態が起こるかは不明だ。状況によっては自身が出向くつもりであるカイはまだ新たな地へ旅立つつもりは無かった。

 それまでは満足な冒険者活動はできないことになるので、三人の了解を得ていたのだ。


「本当ですか?」

「本当だよ」

 嬉しさで半泣きの笑顔を見せるセイナがカイの手を握り締めている。

今陽(きょう)の午後は空いているんだよね? あの約束の件を試してみようか?」


 午後は以前に遠話でした約束を果たすために、いつもの王宮練兵場に移動するのだった。

モノリコート作りの話です。キハ産モノリコでモノリコート作りから今後の話にちょっと触れつつセイナの話に繋げます。次話はセイナの話、入ればゼインの話まで進めたいと思っています。

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