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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
ホルツレイン王家の人々

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210/892

キハ村(2)

 その()の収穫作業を終えて、マーウェイ宅にお邪魔して一息吐く。三人が手伝ったお陰で作業は順調に進んで今期の収穫は目途が付いたと言っていいだろう。

 空気の澄んだ暖かい夜だった。マーウェイ達は外の竈に金網を持ち出して三人を歓迎する準備をする。取って置きの食材で心ばかりの宴を開いてくれ、そこにフィノが持っている魔獣の肉を出して更に盛り上がる。


「こんな時に彼が居ると張り切っちゃうんでしょうけどね」

「え、魔闘拳士様は料理も得意なの?」

「とりわけ調理技術が優れているわけじゃないのよ。発想力と情熱がすごいからかしらね」

「会ってみたかったわぁ」

「あいつも何だかんだと忙しい身だからな。そのうち機会もあるだろ」


 凱旋の余韻が冷めぬこの時期では、どこに行こうが騒ぎになってしまうだろうとカイが遠慮したのをチャムは知っている。一気に盛り上がったホルムト内なら民衆も落ち着きを取り戻しているので動き回れるが、地方はまだそうもいかないと思っているのだろう。


 トゥリオはフィノに預けてある酒精を出してもらってマーウェイと乾杯する。チャムはご相伴に与ってちびちびと舐めているが、何くれとなく働くサボンを手伝うためにフィノは手を付けていない。

 授乳を終えて赤ん坊籠に戻されたフェリオはしばらく「あうあう」と騒いでいたが、ブラックとイエローが籠の前後を咥えて持ち上げ、ゆらゆらと揺らすと「キャッキャ」と笑い声に変わり、次第にそれも治まって寝入ってしまった。


 男たちは昔語りに花を咲かす。出会った頃の話から、様々な場所での狩りの話、苦戦した依頼の話など話題は尽きない。巨大剣竜(ソードリザード)の話は、なぜ生還できたのかと夫婦を不思議がらせる。さすがにレンギアの話は避けたが、獣人居留地の出来事も酒の肴になる。


「へえ、獣人居留地は今そんなことになっているのか。じゃあフリギアは変わってしまうな」

 マーウェイは生まれも育ちもフリギアのサボンを気遣う素振りを見せる。

「それは変わるに決まっているわ。そうじゃなくたってトレバが無くなっちゃったんだし、国境も動いたんだから変わらないと変でしょ? でもそれは良い変化だって思いたいじゃない」

「サボンの言う通りよ。心配したって仕方ないこと」

「そうか。君がそう思うならそれで良いんだが」

 食卓に落ち着いた雰囲気が流れ始めたのとは逆に、遠くよりさざめくように騒ぎ声が聞こえてきた。追い掛けるように馬蹄の音が近付いてくる。

「すまん、マーウェイ、サボン! 雷猪サンダーボアだ! 頼めるか?」

「解った! すぐ行く!」


 馬を飛ばしてきた村人が言うには、被害の出ていた果樹園を見回りしていた持ち主が雷猪サンダーボアに遭遇して襲われたらしい。何とか逃げ戻って自警団事務所に飛び込んで事なきを得たようだが、意外と大型の雷猪サンダーボアに自警団員も手をこまねいて包囲するのがやっとだという話だ。

 そこで村の戦力としては虎の子である元冒険者の二人に救援を願いに来た。


「あなたはダメよ。家で待ってなさい」

 チャムが当然のようにサボンに言い放つ。

「でも!」

「ダメなものはダメ」

「そうです。身体を労わってください。赤ちゃんのために」

 二人はサボンが身重なのだと言う。

「何だって!?」

「解るのか。確かにその通りだ」

「何となくね。雰囲気で」

「匂いですぐに分かりますぅ」

 気付いたチャムはこっそりフィノに確認を取っていた。

「これだけ頭数揃ってるんだから安心なさい」

「ごめんなさい、お客様にこんなこと」

「気にしないで。そんな手間じゃないわ」

 駆けだしてすぐにトゥリオが不平そうに言ってくる。

「水臭いな、マーウェイ。教えておいてくれよ」

「後で言うつもりだったんだ。驚かせようと思って」

「今は止めておきなさい。彼女が心配しないようさっさと終わらせるわよ」

「おう!」


「俺だ! 開けてくれ!」

 包囲の輪の中からは唸り声が聞こえてくるが、マーウェイの声に、自警団員の顔に僅かな安堵の色が浮かぶ。

 開けられた包囲陣の穴にはすぐさま大盾を取り出したトゥリオが入る。そこに飛び込もうと地面を前脚で掻いた雷猪サンダーボアは自制したようだ。フィノがトゥリオの斜め後ろに着く。

「誘導して!」

 横を駆け抜け様にフィノに指示を出したチャムは、トゥリオの背を駆け上がり輪の中に舞い降りる。

 華麗に着地した彼女は悠然と雷猪サンダーボアに歩み寄り始める。自警団員からはどよめきが上がるが、トゥリオは平静だ。

「どうするんだ!?」

「まあ見てろ」

 後ろではもう魔法を編む気配が漂ってきている。すぐに戦いは始まるはずだ。

熱矢(ヒートアロー)マルチ!」


 赤熱の矢が雷猪サンダーボアの背後ギリギリに突き立ち、否応なく駆け出す。落ち着き払ったチャムの気配に危機感を抱くのか、雷猪サンダーボアは進路を逸れようとするが、その度に鼻先に赤い矢が落ちてきてそれを許さない。チャムとの距離が詰まると、覚悟したのかそのまま真っ直ぐ突っこんできた。


 包囲を敷く皆が息を飲む。チャムは速度を変えず歩み進んでいる。激突すると皆が思った瞬間、銀閃が文様を描いて空を薙ぎ払った。いつの間に体をずらしたのか、チャムは横を通り抜けている。

 駆け抜けたと見えた雷猪サンダーボアは足を絡ませたかのように倒れ込み、首筋から派手に血飛沫を上げてもがき始めるが、すぐに痙攣して動かなくなった。

 チャムは通り抜け様に雷猪サンダーボアの頸動脈を裂き、右後ろ脚の腱を斬っていたのだ。一瞬の早業である。

 手をこまねいていた自警団員はよく解らないままにその絶技に感嘆の声を上げ、見えてしまったマーウェイは開いた口が塞がらない。しばらく口をパクパクさせていたが、やっと声を絞り出す。


「……強過ぎる」


   ◇      ◇      ◇


 朝食から丸パンに雷猪サンダーボアの肉串というしっかりとした食事を摂った彼らは満足気に食休みを取っている。イエローは近くを歩き回り、その背に括り付けられた赤ん坊籠の中のフェリオがキャイキャイと騒いでいた。

 昨夜のうちに解体された雷猪サンダーボアは村の家々に分配されて食卓を賑わせることとなるだろう。

 昨夜は興奮冷めやらぬマーウェイに捲し立てられて困り果てたサボンだったが、今は状況を知っていた。


「そうなんだ。チャムはブラックメダルだったんだ。強いのねえ」

「まあそれなりにはね」

 謙遜ではない。身近に全く敵わない相手は居るし、狼頭の狩人には負けているし、先陽(せんじつ)は王宮の奥でさえ何とか辛勝に持ち込んだばかりだ。強い人間は世に多いと思い知らされている。

「魔闘拳士ってチャムより強いの?」

「強いわ。それは間違いなく」

「何だか想像も付かなくなってきちゃう。あたしの頭の中にはトゥリオよりも大きくて筋骨隆々のとんでもない巨漢が浮かんでいるんだけど」

 チャムとフィノはプッと吹き出し、トゥリオも苦い顔をしている。

「何よ、そのリアクション!」

「だってかけ離れ過ぎていてね。本物はそんなに大きくないから。フィノと同じくらいで細身の人」

「はい、童顔で物腰も柔らかくって、とても拳士には見えませんですぅ」

 サボンは一生懸命想像しているが上手くいかないらしい。

「余計に解んない」

「想像し辛いかもね」

 チャムは外見では読み切れないその人のことを思い浮かべる。

「人に幻滅しているのに人が大好きで、人の世を深く理解しているのに大きな夢が捨てられなくて、辛い現実を知っているのに暖かい未来を掴もうと一生懸命で、苛烈なのに少年のように純粋で優しくて、驚くほど初心うぶな可愛らしい人よ」

 サボンの頭の中は疑問符で一杯になる。


 しかしそれはチャムの本心からの言葉なのだった。

魔獣騒動の話です。不在なれど存在感を示す主人公という内容でした。トゥリオは今後もたびたび立ち寄る場所になるのですが彼が活躍できる日は来るのでしょうか?今のところ、触れる予定は有りません(笑)。

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