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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
ホルツレイン王家の人々

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196/892

王妃の庭園(1)

(迷路!?)

 三人ともがそう思った。

 それでもカイの足は淀みなくゴールを目指して進んでいるように思える。


 彩り豊かな花が咲き乱れる生け垣が視界を覆っている。それも一面ではない。360°全てを囲まれているのだ。

 王宮の最奥にある扉。いかつい王宮衛士四人が守るその扉を潜り、六人の王宮メイドが待機している部屋を抜けて、外に出た時は花々が美しいと思った。アーチの一つを潜り、進み始めて花々に囲まれてもまだそれを楽しむ余裕があった。

 しかし、それが半詩(3分)近く続くと少し不安が頭をもたげてきた。感覚的には一方向に向かっていっているのではない。似たような所をぐるぐると巡っている。一体自分がどちらに向かっているのか怪しくなってきている。

 そして、一詩(6分)くらいは生け垣だけを見続けた結果がやっとやってくる。花々の終着点が見えた時は安堵に胸を撫で下ろした。


 その先に見えたのは四阿あずまやの中に置かれたテーブルの周りで立ち働く三人の王妃付きメイドと、椅子に座って穏やかに微笑む王妃ニケアの姿だった。


   ◇      ◇      ◇


 連絡を受けたカイは前陽(ぜんじつ)に王宮の厨房の一角を借りて「お土産」の準備をする。厨房の稼働が終わった頃に速やかに調理を済ませて箱詰めして、魔法で低温保存しておいた。


 夕方のうちに、チャムたちはカイに尋ねられる。王妃よりお誘いがあったので出向くが、付き合うかどうかを。不穏な台詞も記憶に新しい相手からのお誘いだ。特に用も無ければ、付き合わない手は無いだろう。

 ただ、了承と共に告げられた台詞が更に不穏当だったのには驚かされる。

 曰く、その先で見聞きしたことは他言無用である、と。


 そんなことを言われれば不安にならないわけが無い。「お土産の準備があるから」と席を外したカイの姿が消えてから、彼らは情報収集に入る。

 こういう類の情報に最も通じているのは王宮メイドだろう。控えに居た一人を捕まえて問い掛けてみる。


 するとどうしたことか非常に羨ましがられる結果になった。

 何人かの情報を統合すると、王妃ニケアに招かれる客は極めて希少であると。そしてその招かれる先は基本的に「王妃の庭園」と呼ばれる場所で、通説では非常に美しい庭園であり、ひと度目にすれば死ぬまで忘れられないほどの夢のような場所であると語られている。そこへ招かれるのはホルツレインでは謁見の間の次の栄誉に当るが、希少性から言えば一番なのではないかと裏では噂される場所だ。


 そこは厳重に管理されており、出入りする庭師も王宮メイドも厳選に厳選を重ねたごく少数の者に限られている。だから自分たちのような外部の人間も多い客間の用向きに応えるメイドなどには縁が無く、想像するしか無いとまで言う。

 噂好きの彼女らは、逆に王妃の庭園内部の情報を求めてくるが、他言無用を告げられていると聞くとガックリと肩を落とした。


 そんな経緯と迷路を経て辿り着いた先の四阿あずまやでニケアに迎えられたのだが、三人には他言無用の理由が掴めないでいる。生け垣の迷路を作らなければならないほど庭園は美しいわけではない。むしろ四阿のある中心部は簡素でだだっ広いイメージだ。

 しかし、すぐに彼らは思い知らされることになる。

 王妃ニケアが腰掛ける椅子の側には大剣が立て掛けられており、ドレスではない動きやすいチュニックにズボンを着用した彼女が投げて寄越したのは木剣だったからだ。


 そしてニケアは挨拶もそこそこに、今まで見せたことも無い猛々しい笑顔で言葉も投げ掛けてくる。


「さあ、戦お(やろ)うか?」


   ◇      ◇      ◇


 訳も分からぬままに拾った木剣を手渡されたトゥリオは、カイに押し出される。


「構えぬなら妾から行くぞえ?」


 いきなりニケアと対峙させられたトゥリオは、未だに事情が呑み込めないで疑問に頭の中を埋め尽くされていたが、長年の冒険者暮らしが斬り掛かってきたニケアの剣を反射的に払い除けさせる。木と木がぶつかり合う軽い音が響き、彼の意識を覚醒させた。

 何よりその感触、受けた剣の重さが、削り出しの木剣などではなく金属芯の入ったそれだと解らせた。当たっても斬れはしないが、痛いどころでは済まない代物だ。


「うおっ! 何だ何だ、これ!? おいっ!」

「避けるか受けるかしないと痛いよー!」

 いつの間にか女性陣二人を隅に退避させていたカイが声を掛けてくる。

「カイの言う通りぞ?」

「いやいや、王妃殿下! 俺には何が何だか?」

「何を言ってるのかえ? 妾の招待を受けてくれたということは、妾の相手をしてくれるということ。ならば、早う斬り合おうぞ?」

 艶っぽさの欠片もない物騒なお誘いだ。

「冗談はよしてくれ。俺は貴人女性に斬り掛かる趣味なんて無え!」

「つまらぬ信条を振り翳しても妾の剣は受けられぬ。尋常に勝負」

「くおっ!」


 決して小柄ではないニケアだが、トゥリオに比べれば身体は小さい。間合いの内側に入り込んで連撃を繰り出すと、トゥリオは木剣の根を使って凌ぐのが精一杯になる。固い木を打ち合わせる音が速いテンポを刻んで彼の身体に迫ってくる。


「強い!?」

 カイに身体を押されて隅に移動していたチャムはニケアの剣筋を見て感嘆していた。

 完全に意表を突かれたとは言えトゥリオも素人ではない。普段ならもう体勢を立て直しているはずなのだ。しかし、実際には未だに崩されたまま防戦一方になっている。ニケアの攻めが全く彼に余裕を取り戻させないでいるのだ。

「ちっ!」

 鋭い斬り込みに押し込ませるままに腰を落としたトゥリオは、反転するように地面に身を投げ出し、ゴロゴロと転がってから間合いを取って立ち上がる。


「ほう? 良い判断じゃ。ちと遅いがのう」

 間合いを取り直したトゥリオに対して賛辞を送ったニケアは、改めて木剣を正眼に構えて獲物を見つめる獣の目でトゥリオを見つめる。

「本気出さないと負けちゃうかもしれないよ?」


(本気出しても無理かもしれないけど)


「もう解ったぜ。遠慮は要らねえんだな?」

 カイの内心を余所に、トゥリオは剣を持つ手に力を込める。


 切っ先が幾度もトゥリオの身体を掠める。本来、盾役である彼が真っ正面から斬り合うのは分が悪いのは事実だ。それでも大盾を出さないでいるのはトゥリオの矜持だろう。


「そんなものかえ? それではカイの役にも立たないでおるのじゃろう?」

 激しい攻勢を繰り返しているというのにニケアは息を乱してもいず、嘲るように言葉を掛けてくる。まだ余裕があるのだろう。

「余計なお世話だっ! 俺は受けるのが本業なんだよ! だからって舐めてもらっちゃ困るぜ?」

「では本気で行くぞえ?」


 ニケアは、チャムとは違うタイプの剣士だ。速度重視のチャムに比べて手数は少ない。だが攻防のバランスは良く、むしろ正統派なのはニケアのほうだろう。ならばチャムと対している時のように対応すれば動きは簡単に抑えられる筈だ。チャムとならばそれこそ飽きるくらい組手をしている。

 トゥリオは柄から突き出して手首を支点に振り抜くように剣を操る。カインとこれまでとは違う軽快な音が響いて、ニケアの剣を弾く。重さは落ちているが、切っ先の速度は遥かに増している。ニケアはスッと身を退いた。


(ここ!)


 ダンと踏み込んで袈裟に斬り落とす。しかしそこにニケアの姿は無かった。

 身を沈めたニケアが、ニッと笑って回し蹴りでトゥリオの足を払う。気付いた時にはもう遅い。転がされたトゥリオは胸を踏みつけられ、首元に剣を突き付けられていた。


「ま、参った…」

 急に変則的な体技を使ってきたニケアを批判するようなことはしない。勝負は勝負だ。

「最後のは悪くなかった。先の言葉は詫びておくぞえ」


 爽やかに笑うニケアの目は本当に楽しそうなのだった。

ニケアの招待の話です。貴婦人とのお茶会、と見せかけてバトルシーンに切り替わります。ここのところバトルが少ないからそうしたんじゃなくて、元から彼女はそういう方という設定。どうしてこうなったのかは次話で語ります。

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