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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
英雄の凱旋

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想いの名前

 フィノは盛大に膨れている。一生懸命悩んで悩んでやっとのことで決意して相当の覚悟を持って問い質したというのに、誤魔化されるどころかただの差し出口みたいになってしまったからである。

 もちろん彼女も、二人がフィノの思いやりを嘲笑したわけではないのは解る。お互いに何となく察して上手に折り合いを付けていた部分をつまびらかにしただけで終わり、残ったのが目を白黒させるフィノだけだったのがおかしかったのだ。


 フィノの気持ちは嬉しかったし、彼女がそこまで踏み込んでくるようになってきたのは喜ばしいことだと思う。良い意味で遠慮が無くなり、本当の仲間になれたみたいに感じる。

 ただ、彼女のお節介の根底にあるのは恋愛絡みの話題が好きだという点もある。恋に胸膨らませるお年頃の、普通の女の子なのだ。それが微笑ましくもある。


「ぶぅ。まるでフィノは道化です。二人は解っているのに一人で興奮してぇ」

 チャムの隣でイエローの背に居るフィノは荒々しく竿を振る。全体に雑なので釣果は思わしくない。

「いいのよ。彼から『好き』という言葉を引き出したのは悪くない気分よ。気持ちは嬉しいわ」

「そんなのカイさんなら幾らでも言うじゃないですかぁ? あの人ですよぅ?」

 彼女にしてはらしくない言い方だ。否めないのでチャムも苦々しく笑う。

「そうかもしれないわね。でも言わないとなれば頑として言わない人よ。もし私と差し向かいであったら言葉を濁していたでしょうね」

「そうです! カイさんは本当に狡いんですぅ!」

「でも気持ちを踏みにじったりはしないわ。自分の想いも、他人の想いも。本当に素直で子供みたいな人」

「チャムさんは気付いていたんでしょう?」

 カイはそっち方面では韜晦などしない。出会った頃から容姿を含めて彼女の全てを肯定していた。それはチャムの生き様を肯定してくれていたような気がして救われた気分になったものだ。

「ええ、全く隠しもしなかったもの。踏み込まず、誤魔化しもせず、押し付けようともせず、強引にもならず、いつもニコニコして側に居るのよ。悪い気はしないでしょ?」

「最初から一貫してあんな感じだったんですか? フィノはチャムさんが何度か突っ撥ねて、それでもカイさんが諦めずに出来上がった距離感かと思ってましたぁ」

「ううん、違うの。彼は本当に臆病よ。まるで初恋の少年を相手にしているみたい」

 それは当たらずといえども遠からずだろう。交際の経験があっても、本気の恋はチャムが初めてなのだ。

「う……、それだと最近はチャムさんが思わせぶりな態度をしているみたいなんですけどぉ? 本当にカイさんを利用するために手玉に取ろうとしているんですかぁ?」

「それが微妙なのよね。目が離せないのは事実よ。そういう意味では完全に彼の思惑通りになっているわ。今は別れる気なんて欠片も持っていないから」

 それはチャムの気持ちも動いていて寄り添いたいという思いもあるからだろうか?

「やっぱりチャムさんも好きなんじゃないんですかぁ? もっと近くに居たいと思っているんでしょう?」

「否定はしないわ。でも少し違うかしら? そうね。彼は自分の拳の振るい場所を求めている。私は彼ほどの大きな力が味方に付けられるなら目的に手が届きやすくなるのではないかと思っている。お互いに同じ方向を向けるならば幸せなんじゃないかと思うわ。打算的かしら?」

「恋愛の動機としては不純な気もしますけど、そういうの否定するほどフィノも子供じゃないですぅ」

「もし私の存在が、この世界での彼の存在意義になれるなら私はそうなりたいわ。そのためには私はもっと何もかもを磨かなきゃいけないわね。あの人が目を離せなくなるように」


 それはもう達せられているようにフィノは思う。カイはチャムにぞっこんだ。

 二人にはお互いに信念もあり、目的もあり、目指すべき形がある。そしてお互いを深く知ろうと努力し、寄り添い、共に在れる道を模索してきた。それはお互いに高め合うことで実現しようとしている。

 二人の想いをを単純に「好き」という言葉で表現していいものだろうか? それはもう「愛」なのではないだろうか?

 そんな風にフィノは思えて仕方が無かった。


「うー、やっぱりじれったいですぅ。お二人はちゃんと付き合うべきだと思います!」

 お年頃の乙女はなかなかに納得はできないようだ。

「無理よ」

「何でですかぁ? チャムさんの目的はそんなに大変なことなんですかぁ? それならここでのんびりしている暇はないはずですぅ」

「そうじゃないの。彼は…」

 チャムはフィノを見つめて辛そうに笑う。

「彼は私を置いていってしまう」

「そんなこと、カイさんはしないはずです!」

「いいえ、必ずよ。彼は私を……、ううん、きっと私が彼を置いてけぼりにするんだわ。私は彼を寂しくさせてしまう。だから本当は彼を縛ったりしてはいけないの。でも私は彼の力を欲してしまっている。彼の信念を、彼の見つめる先を期待してしまっている。私の宿願を叶えてくれるんじゃないかと思ってしまっている」

 フィノは一瞬、チャムが泣き出してしまうのではないかと思った。それほどまでに複雑な感情に彼女の瞳は揺れていたし、その言葉は苦渋に満ちている。

「きっと、そんな気持ちが彼が近付くのを許して、思わせぶりなことをしているのね。罪悪感よ。代償を与えようとしているんだわ」

「違います! 何でかって言われたら困るけど違うんです! チャムさんはそんな酷い人じゃないです。本当は心の奥できっとぉ……」


 フィノは自分が触れてはいけないところに触れてしまったのかと思ってとても悲しくなった。


   ◇      ◇      ◇


 結局、さすがにチャムも釣りを続けることができなくなった。

 心配気なブルーとイエローが「キュウキュウ」と励まそうとしているが、沈鬱な雰囲気は拭えない。

「あれ、どうしたの? 釣れなくなっちゃった? じゃあ、今陽(きょう)は諦めようか。他にも釣り場はあるからさ」

 あっけらかんと言うカイを、フィノはちょっと恨めし気に見つめる。女の子をこんなに思い悩ませておいてこの人は、と思ってしまう。

「ちょっと気が乗らなくなってしまっただけよ。ここは釣り場としては悪くないわ。また連れてきてね」

「そう? でも他の場所も興味はあるでしょ?」

「まあ、それはそうね」


 何かが噴出してしまいそうなフィノを目で宥めつつ、チャムは努めて普通の笑顔を浮かべる。つい自らの思いを吐露してしまったが、カイが何も悩んでいないなどとは思っていない。

 彼だって本当は自分の想いを在るがままにチャムにぶつけてしまいたいはずだ。でも、それは彼女の負担になると解っているから、ぐっと堪えているのだ。だからチャムも応えなくてはならない。彼の思いと想いに。


「綺麗な湖面を見ていたら、どっちかと言うと飛び込みたくなるような気分だったのよ。さすがにそれは無理だったけど」

 それは半分誤魔化しだが、そうすればスッキリしそうなのも本当だ。

「なんですと!? そ、それは!」

 カイは急にあたふたとし始める。何かを一生懸命計画しているようだ。

「ちょっと待っててね。すぐに水着を作るよ。超特急だから隠す面積は最低限になるけどそれでもいいよね?」

「馬鹿ね。そんなので誤魔化されると思っているの? 着せたいなら私に最高に似合う物を時間を掛けて作ってごらんなさい」

「くぅー」

 落胆を露わに項垂れるカイ。

「僕としたことがこんな事態を予想していなかったなんて、一生の不覚!」

 フィノは、自分のお節介は二人には必要無いんだと思い知らされる。


 湖面を渡る風には彼女のクスクスと笑う声が乗って流れていった。

想いの話です。フィノがちょっと暴走気味でトゥリオが空気に。という訳でこのエピソード、単なるコイバナではなかったのでした。或る意味、本筋のど真ん中です。結構先にはなりますが、後半から終盤はチャムの出自と素性がストーリーの中心になります。なのでここまで頑なにチャムの素性には触れて来ませんでした。そこを不思議に思っていた方も居た事でしょう。勘の良い方は薄々想像は付いているかもしれません。でもまだ当分小出しにさせていただきます(笑)。

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