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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
英雄の凱旋

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届けぬ想い

 岸から1ルステン(12m)足らずの所にセネル鳥(せねるちょう)が立っている。その背に在るチャムは、喜色満面で竿を振っていた。


 前もってカイからは、ここの湖は漁師も入るから北部の大河に比べて釣れ難いと告げられている。それに対して彼女は「逆に燃えるわ」と言ったものだ。

 実際に一投目から何の手応えも無くルアーは戻ってきた。これで良いのだ。これは魚との戦いだ。命を賭けているのは向こうだけだが、これだけ立派な道具を備えている自分が釣り上げられなければチャムの矜持はズタズタになる。カイから吸収した技術テクニックも屈指し、彼女は何匹かの獲物を捕り込み手応えに充実感を得ている。

 隣ではパープルの背で、カイも何匹かの魚を捕り込んでいた。この後、合流する仲間たちがお腹を空かせてきても大丈夫なくらいの数の獲物は確保できている。


 この()、朝から釣行に心躍らせていたチャムに、トゥリオとフィノは二人で魔獣狩りに行くと言ってきた。

 前衛の居ない状態で戦ってみるのも訓練になる。トゥリオの盾捌きや剣技、フィノの適性魔法の選択や連続起動の練習にもなるが、敵対時の状況認識、数や配置を把握するための目配りや意識の持ち方も大事になる。普段はそれに優れたカイやチャムが戦いやすいよう目配りしているが、二人での戦いでなら思う存分練習できる。


 カイは少し考える様子を見せたが、地域を限定することで頷いてくれた。

 二人共、単独(ソロ)の経験があるとは言え、パーティーバトルに慣れてきた頃。しかも何があるか解らない森林帯での戦闘では、どれだけ注意してもし過ぎるということは無いだろう。


「大丈夫かな、二人で?」

「心配し過ぎよ。手の届かない不安は解るけど、放任するのも信頼じゃない?」


 カイは親しい人々を大切にし過ぎるきらいがある。人の成長を考えれば見守るのが正解だろう。それは彼も十分に解っているはずなのだが、過去を思えば仕方ないのかもしれない。

 だからチャムはここで「信頼」という言葉を使った。カイには酷かもしれないが、彼のトラウマの解消にはこれも一つの試練だと思いたい。


「見てなさい。昼の白焔(たいよう)が中天に昇る頃には、笑顔でやってくるから」

「うん」

「その時に美味しいお昼を用意しておいてあげなきゃ、でしょ?」

「だね」

 カイ自身も悪いとこだとは解っている。それでもあの激情は魂に刻み込まれてしまっている。果たして解放される時がやってくるのかは解らない。


 その頃、体高で160メック(2m近く)はある雷山羊(サンダーゴート)を倒した二人。

「やったな。結構、大物だぜ?」

「当然です!」


 フィノは瞳に決意を宿し、一つ大きな鼻息を吐く。


   ◇      ◇      ◇


 「熱っ! はふっ! おいひいれふぅ」


 なかなかの戦果を手に、意気揚々と戻ってきたトゥリオとフィノを待っていたのは、刺身に塩焼き、バターをたっぷり使った香草蒸し焼きと、ふんだんに新鮮な魚を使ったメニューだった。その香りは二人の胃袋を刺激するには十分な破壊力を持っていて、笑顔で迎えるカイに礼を言う暇もなくいただく。


(はっ! 違います! ちゃんとあの話をしなきゃ!)


「山羊とは気が利いてるね。臭み消しの香草も丁度用意してあったし、もうすぐ焼けるからね」

「はぁー、良い香りですぅ。楽し…、って違ーう!」

「何よ、急に変な声出して」

 チャムはフィノの奇行をクスクスと笑う。

「ううう、違うんです。美味しいけど違うんですぅ」

「変なの」


 タイミングを逸したフィノはせっせと料理を片付けに掛かる。食べるほどに鼻息を荒くしていく彼女を微笑ましく見守り、食後のお茶を勧めて促す。


「お二人にお話ししたいことがあります!」

 空気を作ってもらったのには気付かず、フィノは大きな声で注目を集めようとする。チャムは笑いを堪えるだけで必死だ。

「カイさん!」

「なんだい?」

「カイさんはチャムさんが好きなんですよね? あ、もちろん異性としてって意味でですよ?」

「うん、好きだよ」

「……!?」

 今までの二人の距離感からして、カイはとぼけてくるだろうと思っていた彼女は意表を突かれて言葉が続かなくなる。

「えーっと、もう一回…」

「だから好きだよ」

 カイは苦笑いを浮かべざるを得ない。

「そ、それはちゃんと告げてあるんですか?」

「言ってないよ。それにこれからも言わないかな?」

「なっ! どうしてです? 言わないとか言って、今伝わっているじゃないですか? 変な話です!」

 目的をずらされたフィノは、だんだん苛立ちを覚えてきていた。

「それならちゃんと言うべきです!」

「僕はそんなに器用じゃないよ。特に恋愛に関してはね」

 お茶で唇を湿したカイは静かに答える。

「僕の気持ちなんてチャムには丸判りだろうね?」

「まあ、その…、すごく解りやすいです…。だからじれったいんです!」

「でも僕は言わないよ」


 頭から湯気が出ているんじゃないかとトゥリオは思う。そのくらいフィノは興奮していた。諫めるべきかとも思う。だが、話題が微妙過ぎるし、フィノの気持ちを考えればここは好きにさせたほうが良いかと思って沈黙を保つ。


「解んないです! カイさんの考えていることがさっぱりです!」

「落ち着いて、フィノ。彼が考え無しにそんなことすると思う?」

 当事者に宥められてはフィノも言葉が継げなくなる。

「もちろん理由はあるよ。恥ずかしいからとかそんなつまらない理由じゃない」

「…………」

「チャムにはね、成し遂げなければならないことがあるんだ」

 カイの真摯な眼差しに戸惑うフィノ。

「それが何かは解らない。でも僕はそれを絶対に邪魔したくないんだ。だから惑わせるようなことは言わない」

「成し遂げなければならないこと?」

「…………」

 チャムは黙って首を振り、拒絶の意思を伝える。だがそれはカイの予想が正しいことを証明していた。


「たぶんだけど、チャムは僕を通して世界を見ることで何かを知ろうとしている。それが彼女のすべきことに必要な何かなんだ」

 一拍の呼吸に迷いが感じられる。

「そしてその目的に僕が利用できるかどうかも見極めようかともしている。きっと、使えるなら僕の気持ちを利用するのも厭わない」

「そんな……。それって……」

「いいんだよ。僕がそれを望むなら」

「チャムさん?」

「大筋で間違ってはいないわ。彼の言う通りよ」

 フィノは目を見張った後、とても悲しそうな顔になる。


「別に自虐的になっているんじゃないよ? 僕は全然、希望を捨てていないんだから」

「え?」

 フィノは混乱してキョロキョロと二人を交互に見る。

「簡単でしょ? だって、チャムの予想の上を行けばいいだけじゃないか? そうすれば彼女は僕を絶対に手放せなくなる。僕の側に居るのが一番の近道だって思わせれば、ずっと側に居なきゃいけなくなる。離れるわけにはいかなくなる。それは僕の望み通りだ」

「なんて…」

「すごい自信家ね」

 チャムは本当におかしそうにクスクスと笑う。

「そして全てを成し遂げた時に功労者の僕が告げるんだよ。『君が好きだよ』って」

「気の長い話ね」

「何か聞いてて恥ずかしくなってきましたぁ」

 意外なことを言われたように肩をすくめてみせるが、すぐにニヤリと笑うカイ。

「でもさ、女の子ってそんな状況での告白を拒めるほどに豪胆なのかな? そこまで持っていけば答えが決まっている質問をするだけでいいんだよ?」

「狡い人」

「そこまで計算ずくですか!」


 本人たちがケラケラ笑っているのを見ると、自分がやっていることが馬鹿らしくなってきてしまうフィノなのだった。

想いの話です。珍しく恋愛パートです。この本筋とは別なようで密接に繋がっている話。結構自分の中では重要な位置にあって、構想段階から主要な台詞まで決めてありました。後は繋ぐ台詞と、どこに挟み込むかが調整すべきところだったのですが、ほぼ想定通りの所に入れられました。想定外なのは、やはり一話に収まらなかったところくらいです。

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