ベイスン
ほぼ身内とは言え、カイたちが謁見の栄に賜れたのは凱旋から三巡も経った頃だった。それには理由があって、アルバートの謁見の後に王家の関係者周りだけの内々の晩餐会が予定されていたからだ。
謁見では、ガチガチに緊張したフィノがしどろもどろに挨拶を済ませた後、ホルツレインの聖印を賜って感激して泣き崩れるという一幕もあり、権威に煩い一部の重臣たちを満足させた。
最初からふてぶてしかったどこかの英雄様とは違うと囁かれて、本人は憮然としていたが。
晩餐会の会場はちょっとした会合に使われるような広間で、この陽は椅子が運び出され島のように配置されたテーブルの上が山海の珍味で彩られていた。王宮の参加者は皆忙しい身であり、最初から顔を出していたのは冒険者たち四人とエレノア母子くらいであった。
「フィノ、美味しいわよ、これ。何て魚か解らないけど蒸し焼きにして濃厚なソースが掛けられてる。すっごい柔らかい」
「そうですねー。フィノも初めて味わう味です。クリームみたいなソースが堪らないです。はい、あーん」
この陽もゼインはフィノにべったりで、餌付けされる動物のように差し出される物をどんどん食べるだけになっている。
「普段食べているのも素材的には劣らないはずなんだけど、こうも手間暇は掛けられないから繊細な味は出せないんだよね。王宮の料理人さんたちは頑張ってるねぇ」
「ああ、さすがだぜ」
無造作に食べるトゥリオは身体に合った大食漢ぶりを発揮している。カイは給仕したがるセイナをあしらいつつ料理を楽しんでいた。色んなテーブルに手を引かれていっては少しずつ突くという贅沢に時間を費やしてる。
「楽しんでおるか?」
「お先にやっていますよ、陛下。やっと解放されましたか?」
「財務卿が煩くてな。確かに今は出ていくばかりだが、すぐに取り返せるというのに」
「それがあの方のお仕事なのですから、陛下が器量を見せて差し上げねば」
愚痴一つとっても零せる相手が限られており、ここぞとばかりにぶつけてくる。
「これだけ税収が上がっておるというのに何が不満だというのか? 何かにつけて貯め込みたがるというのは敵わんぞ」
「そういう所がしっかりした方だからこそ陛下も登用されたのでしょう?」
「それはそうだが使うべきところには使わねばいけないのだよ。そうですよね、陛下?」
新たな声が会場の空気を震わせる。
「来たか、クライン。そなたも解るようになってきたな」
「陛下に鍛えられましたからね」
「口まで達者になってきおって」
親子で徒党を組まれればフォローにも限度がある。財務卿には泣いてもらわねばならないだろう。
「ところで、カイ。政務卿と遠話で話していた発明品とは何だ? 余にも見せよ」
「あれ? クライン様にお聞きにならなかったのですか?」
「私は見ていないぞ?」
トゥリオが使っているのを見て不自然に感じなかったらしい。
「これですよ。反転リング」
「反転リング?」
カイが実践してみせると二人は利点や問題点で討議を始める。指摘しなくてもそれの内包する危険性を感じ取る辺りは二人共さすがである。カイの販売方針に賛意を示してくれた。
「そしてこれが、フリギアが交易の目玉にしてくるであろうナーフスですね。味見してみてください」
「ほう、これは果実か?」
「厳密に言うと野菜になりますが、食べ方としては果実に近いでしょう」
ついでに反転リングに入れていた残り少なくなっているナーフスを取り出してみせると、トゥリオは嫌そうな顔をしている。手の内をバラされるのが負けた気分になるのかもしれないが、ホルツレインで生産されていない以上、その価値は変わらない。逆に先にこうやって商品紹介されていれば、売り込みもしやすくなるだけなのだが。
「うむ、優しい甘さだな。柔らかくて食べやすく、ほのかな酸味も良い。トゥリオ殿、量的には確保出来そうか?」
「畏れながら当座は国内消費の具合を見ながらになるので、それほどでもないかと思われます。生産量が軌道に乗って安定してくればかなり輸出にも回せるはずです。お気に召されたのであれば打診してご報告させていただきますが」
「頼んでおこう。しばらくは贅沢品になるか。価格監視の仕組みを作っておかねばならんな」
「そうですね、陛下」
バルトロが苦労している点を、何も言わずとも指摘してくる辺りに底知れぬものを感じてしまう。治世の要点がこうやって受け継がれてきているのだろう。油断していれば飲み込まれかねない恐怖を感じてバルトロに警告しておかねばならないと思うトゥリオだった。
「遅れました。申し訳ありません、陛下」
最後にグラウドがアガートを伴って入ってくる。
「構わぬ。苦労を掛けるな」
「いえ、今後のことを考えれば今が大事な時です。ここを乗り越えれば安定成長の道が見えてきますぞ」
アルバートもうんうんと頷いている。
「それよりも、このために一度屋敷に戻っていたのです。来なさい」
「はい」
開かれた扉からは小奇麗な服を着て、瞳に理知的な光を宿した少年が入ってきた。
「初めまして、国王陛下。ベイスンと申します。卑小な身なれど、御前に上がることをお許しください」
「おお、そなたがグラウドが新たに入れ込んでいる少年か?」
「ええ、優秀ですよ。将来は間違いなく陛下のお役に立てるものと思っています」
「頼もしいな」
それを聞き捨てできなかったのはカイだ。
「どういうことです、侯爵様?」
「カイさん! 酷いですよ!」
「あれ?」
文句を言おうと割り込んだところでいきなり怒られて面喰うという珍しいカイの姿が見られる。
「僕は侯爵様に伺うまで、貴方が魔闘拳士様だと知りませんでした。何で教えてくださらなかったのですか?」
「だって僕はトレバじゃ蛇蝎のごとく嫌われていたでしょ? 名乗ったら付いてきてくれないかと思って」
「トレバにだって吟遊詩人くらい来ます! 大した歓迎はできませんけど、お酒でも出せば『魔闘拳士のサーガ』くらい唄ってくれるんですよ。そりゃ、辺りを憚らずとはいきませんが、男の子にとって英雄は英雄なんです。憧れもします」
ベイスンはえらい剣幕で捲し立ててくる。
「僕はそういうのに疎くてね。ごめん」
「別に謝ってほしいわけじゃないですけど、悲しかっただけです」
「まあまあ許してあげて、ベイスン。この人だって面倒臭い立場なのよ」
噛み付くベイスンの背後から肩に手を置いて抑えに掛かるチャム。
「あ、チャムさん。皆さんもご無沙汰しております。あの時は助けてくださってありがとうございました。皆さんのおかげで今、こうして元気でいられます」
「おお、とびきり元気そうで何よりだ。こいつをとっちめられるくらい元気ならもう心配要らねえな」
「顔色もずいぶん良くなって健康そうですぅ。良かったですねぇ?」
フィノも瘦せ細っていた少年のことが心配だったらしい。
「はい、ありがとうございます」
「ベイスンー!」
ゼインが彼に抱きついていく。エレノアが侯爵邸に戻ることは多いので二人は面識がある。ゼインはベイスンによく遊んでもらっているのであった。
「ゼイン様、ご機嫌ですね?」
「ベイスン、怒ってる? 兄様のこと嫌い?」
「そんなことはありません。尊敬しているからこそ秘密にされると悲しくなることがあるのです」
恨みがましい目で見られてカイは頭を掻く。
「困ったな。騙してたつもりは無いんだよ。見ての通り、英雄扱いされるような武人っぽくないでしょ?」
「もういいです。きついこと言ってすみませんでした。感謝しています。これを」
ベイスンが差し出すホルツレインの聖印を受け取る。
こうして聖印は三往余りの時を経てカイの手元に返ってきたのだった。
身内の晩餐会の話です。ベイスンの再登場回です。実は彼は使い捨てのゲストキャラでなく、ホルムトレギュラーの一人になります。彼の今後は次話で語ります。




