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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
トレバ戦役

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ハイクムの賭け

「見ての通り、我らはホルツレイン軍の者です。食料の配給に来ました。冷静な対応をお願いしたいのですが、可能ならば入れてくださいませんか?」

 街門崩壊現場前でカイがそう告げると、街壁内から歓声が上がる。そこを固めていた市民たちの顔に喜色が浮かび、口々に「助かった」「やった」と言い交わしていた。

「俺がここを仕切らせてもらっているガルトンだ。食料を持ってきてくれたってのは本当か?」

「ええ。そうではありますが、ここで奪い合いになるようでは渡すわけにはいきません。整然かつ公平な配分は可能ですか?」

「何とかする。ちょっと待ってくれ。おい! 誰かマーファリーの旦那の所へ走ってくれ!」

 どうやら市民を取り纏める人物と組織が出来上がりつつあるらしい。


 現れたマーファリーと名乗る人物は商人だった。彼はトレバ体制の悪政に嫌気が差しており、暴動初期から市民を支援して物的・人的両面において全体を或る程度は制御していたようだ。少し話して信用に足る人物だと思ったカイは、彼に物資を引き渡して全体への分配を依頼する。マーファリーからは今後の支援も要請されたが、現状を考えるとトレバ軍の排除が済むまでは保証できないと納得してもらう。

 本来は同行した兵站小隊に配給まで担当してもらうつもりだったのだが、引き渡しだけで済んだので彼らと帰還することができる。ガラテアに心配事を残さないで済んだのは幸運だったと言えよう。


 感謝一頻(ひとしき)りのマーファリーを残して街壁面を踏み越えると、少し雰囲気が変わっているのに気付いた。

「少し急ぎましょうか?」

「はっ!」

 しかし軍営への帰途を辿り始めると、トレバ軍の一部が動き始めた。


(暗黙の了解も通用しないか)

 青旗を掲示した兵を攻撃するようであれば、無法の軍と断じられる。逆に何をされようと抗弁さえできなくなるのだ。そんなリスクを冒してまでも部隊を動かすとは相当追い詰められていると解る。追い詰めた本人がそんな風に考えるのは別として。


 トレバ軍とはかなり距離を取っていたのだが、二千ほどの部隊が鬼気迫る形相で迫ってくる。ここは兵站小隊を逃がすべく、カイが足留めせねばならないかと向き直る。パープルの口からは既に紫電が迸り始めている。

 ところが、先頭を走ってきた騎馬の人物は剣を鞘に納めると2ルステン(24m)の距離を置いて停止し、言い放ってきた。


「お待ちを。銀爪とお見受けする。我ら二千、ホルツレイン軍に投降したい。お受け願えないだろうか?」

 刹那の沈黙が、続く拒否の言葉を連想させて先頭の男、ハイクムの背筋を凍らせる。

「剣を抜いてください」

「む、皆に剣を納めさせれば了解願える……」

「後ろから魔法で狙われます。剣を抜いて追撃の態勢を取って付いてきてください」

 カイはハイクムの言葉を遮るように理由を説明すると指示してきた。

「かたじけない」

 ハイクムは感激の涙を堪えて剣を抜き、大音声と共に剣を振り下ろす。

「追撃せよ! 押し包め!」

 遣り取りを聞いていた前列付近の者が後方の者に耳打ちして状況を伝えていく。彼らはハイクムを頭として内密に離脱を算段していた者たちだ。連携も素早い。


 パープルの背のカイは、兵站騎馬小隊を引き連れて一目散に逃げていく。それを二千のハイクム分隊が追い掛ける構図が出来上がった。


   ◇      ◇      ◇


 その状態を本営から見ていたクラインは慌てる。

「カイが襲われているぞ! 軍務卿、救援隊を出せ!」

「ちょっと待つさね」

「何を言っている! 急がないと……」

「あの子が逃げ出すんなら、必ず殿しんがりを務めるはずさ。なのに先頭を走っているよ。これは何かあるさね」

 それはカイが軍本営に向けたメッセージだ。それをガラテアは正確に読み取る。トレバ軍から距離が出ると変化が表れた。彼が何か合図を送ってきている。

「待って。あれは光述筆記体魔法文字よ」

 通常の刻印魔法に使う魔法文字はブロック体のものだが、チャムが使う光述魔法に用いられるそれは一筆書きが出来る形に崩した筆記体だ。これを読める人間は、ここにはチャムしか居ない。

「読んでくれ!」

「攻撃……無用……。防御? いえ、保護……請う……者……」

「投降者か!?」

 魔法刻印記述に用いる単語に知識が偏って、まだ語彙の少ないカイの光述に解読の困難さが伴うが、何とか意味は通じた。

「全軍、警戒! 何か仕掛けてくるかもしれないよ!」

「トレバ本隊の監視を厳にせよ!!」

 ルッテスの号令で警戒態勢に移行する。

「合流前に停止させて武装解除しな。検分する」

 ガラテアの表情に鋭さが増す。ここは手を抜いてはいけないところだ。誤れば全軍を危機に陥れる可能性がある。


「さて、聞きましょう」

「何も聞かずに連れてきたのかい?」

「そんな時間的余裕は皆無でしたよ」

「まあ仕方ないさね」

「どうかお願いします……」

 話が纏まったところを見て取ってハイクムがここまでの経緯を話し始める。

「そうか。スタイナーの爺さんにやられたか。固い戦をするからな」

「はい、最後のほうはもう何と戦っていたのか……」

 驚愕と空腹と迷いと戦い、何も得られないまま敗走し、更には無法の捨て駒に使われる。彼らの辛さは生半可なものでは無いだろう。離脱を計画するのも致し方ないこと。

「多くは望みません。どうかお慈悲をください。せめて部下たちに何か食べさせてくだされば皆には逃げ散るよう命じます。そしてこの命、差し出しましょう」

 無言で貫くような視線を向けてくる女性指揮官に、ハイクムは真摯な目で全てを受け止める姿勢で挑む。

「良し。投降を受け入れる。何か食わせてやれ。後方に回して監視を付けておくさね」

「感謝致します」


 一瞬の空気の緩みを縫って動いた影があった。

 ホルツレイン軍幹部やカイたちの向こう、近衛に守られた司令官クライン王太子に凶刃を突き立てるべく。

 しかし、その胸からは光で形成された剣が生えている。隙を突いて同時に動いたはずの男は青い髪の女剣士に横真っ二つにされている。


「な……ぜ……」

「馬鹿にしてるんですか?君たちは気配が無さ過ぎるんですよ。表面上は芝居している分だけ浮いていましたよ」

「く……」

 事切れて落ちた死体に冷たい目を向けるカイ。

「ああ、これがアレかい? トレバの暗殺部隊ダイン」

「このような者が紛れ込んでいたとは! いつの間に?」

 驚愕に目を見開いたハイクムは言い訳もできない事実に臍を噛む。これで全ては泡と帰すのかと暗い考えが頭を支配する。

「これで全部かい?」

「そうですね。見当たりません」

 暗殺者の存在に気付いていたカイは、チャムにそっと耳打ちし対処を頼んでいた。それで全く油断をしていなかった彼女は瞬時に動いたのだ。


「名のある存在なんですか?」

「トレバの暗部さ。情報工作・破壊工作・暗殺、何でもござれの奴らさね」

「捕らえたほうが良かったですか?」

「無理さね。こいつらは何も知らない。言われたことをやるだけの手駒さ。片付けな」

 ガラテアは跡始末を指示するとハイクムに向き直った。

「本当に捨て駒に使われたね? これでもうあんたらはトレバじゃ居ないもんにされた。後ろでメシ食って養生してな。あんたらの扱いは戦後のことにする」

「感謝の言葉もございません……」

 ハイクムはもう堪えることさえ叶わず、滂沱の涙を流していた。これがガラテアの人心掌握術なのだろう。今後の彼らはガラテアに無心の忠誠を誓うかもしれない。


「らしくないわね。どうしたの?」

 運ばれる死体を目で追うカイに、チャムは疑問を呈する。

「うん。もしかしたら精神構造で言うと彼らが一番僕に近いのかもと思ってね」

「暗殺者に?」

「ただ諾々と指示に従う人間と、信念こころの命じるままに動く僕にどれだけの差があると思う?」

「善悪の問題でしょ? あなたはそれが判断できる。私が見ている今は道を誤る心配は要らないわ」

 それを聞いてカイはとても嬉しそうに笑った。


「それは心強いね」

ハイクム絡みの顛末の話です。実はナガルエピソードとこのハイクムエピソードは完全にアドリブです。執筆ページを開いてからストーリーを考え始めました。プロット段階でも、本筋の詳しいストーリーを決めた段階でも影も形も存在していませんでした。トレバ戦役編に入ってから、ここは大胆に膨らませても無駄に長くはならないと気付いてからは、こういう肉付け的エピソードも入れようと狙っていたところがあります。ただアドリブで書いても執筆時間に大差が出ないのは不思議なんですけど。

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