初戦
【僕たちでひと当てします。合わせてください】
「解った! ガラテア! 魔闘拳士が来るぞ! 合わせろ!」
「承知っ!!」
クラインは意図的に大音声で呼び掛ける。その声は響き渡り、余波を広げていく。
(魔闘拳士が来たって!?)
(我らが英雄がやってきたぞ!)
(無敵の銀爪だ! これで我々の勝ちだ!!)
それは軍団中に速やかに広まっていき、皆を奮い立たせる。
これこそが自分の仕事だとクラインは弁えている。
北に当たる右方に目をやると、確かに四騎が駆けてきているのが見える。内二騎が加速すると突出してきた。
◇ ◇ ◇
「行くよ!」
「解ってるわ! ブルー!」
「キュイッ!」
チャムは弾箱を鉄弾に換装する。これは戦争だ。手加減無用である。つまらない慈悲心を持っても返ってくるのは無慈悲な刃でしかない。
加速したパープルとブルーは敵軍と接触する前に、翼の角度を上げて舞い上がり、半ルステン上空を滑空する。ブルーの吐き散らす紅球はそこら中に着弾して爆発し、パープルの吐き出す紫電のビームがトレバ兵を薙ぎ払い、バタバタと打ち倒していく。
カイの撒き散らす光条に焼かれた者たちはけたたましい悲鳴を上げてのた打ち回り、チャムのプレスガンの一撃を受けたものは声も無く倒れ伏していく。彼らが上空を通り抜けた後には、死者と負傷者の道ができている有様だ。
「いきます! トゥリオさん」
「やっちまえ!」
「雷電球マルチ!」
トリガー音声と同時にフィノの周囲には多数の紫電球が浮かび上がり、振られたロッドと共にトレバ兵のもとへ送り込まれる。紫電球からは更に多数の雷撃が迸り、周囲のトレバ兵は痙攣すると棒のように倒れていく。それはフィノを中心とした扇状に広がっていき、いとも簡単に数百単位の兵を戦闘不能にしていった。
討ち漏らしたトレバ兵が僅かにフィノに殺到しようとするが、その全てがトゥリオの剣の前に倒れる。
「次っ! 投炎槍マルチ!」
彼女の上空に浮かび上がった無数の炎槍が次に自分たちに死を撒き散らすと知るとトレバ兵の腰は完全に引けてしまうのだった。
滑空距離が終わりに近付くとカイは一つの方向を指差し、パープルは方向を調整して舞い降りる。ついでとばかりに騎馬上の騎士を蹴り飛ばしてパープルが地上に降り立つと、目の前には羽根飾りをつけた立派な兜を被る騎士。驚いた顔を眺めたのは一瞬で、カイが横に振るったマルチガントレットの一閃でその首は舞い飛んだ。
「ひえっ!」
「ぎ、銀爪の魔人だ!」
「銀爪の魔人が来たー!」
指揮官を失った兵達は容易に崩れたつ。次々と背を向けて逃げ散ろうとするが、その背さえ光条によって薙ぎ払われる。
そして、その空いた空間には美しい死天使も舞い降りる。彼女が剣を一閃する度にトレバ兵は一人一人と召されていく。それは違えようのない事実のように確実に。
「まさか! 冗談じゃねえよ!」
「役に立たないよ!こんなもん!」
盾を翳そうが、その向かうから剣閃が走り、盾ごと斬り裂いていく。そんな現実を見せられた兵たちは盾を投げ捨てて逃げ回る。しかし運の悪い者はその先に光剣の光輝を見ることになるのだ。
そしてトレバ軍は崩壊の序奏を終える。
「突撃せよ!」
ガラテアが振り下ろした剣を合図にホルツレイン軍が一気に襲い掛かってきた。これだけ崩れていればもう陣形も何も無い。カイたちかフィノたちに気を取られていたトレバ軍は立て直す間もなく、ホルツレイン軍の波に押し潰される様に散り広がっていく。こうなるともうまともな用兵などできるものではない。崩れたつ兵たちはどれだけ叱咤しようとも立て直しなど望むべくもない。この時点でもう掃討戦に移ったと言っても過言ではないだろう。
ガラテアが副官に指示を伝えると、旗手が翻した旗を合図にして全軍に一定のリズムを刻む笛の音が鳴り響く。それは「小隊を更に分け、五人単位で行動せよ」という合図。決められていた二十人隊長以下の補佐が纏め役になって四人を率い、バラバラになった敵兵を各個撃破していくというもの。少数対多数の優位性を保ちつつ、効率的に掃討戦を行うための指示になる。
乱戦の様相を見せつつ、ロアジンのある西へ徐々に移動していく戦場に、取り残される形で冒険者たちは再集結する。既に彼らの出番ではない。対多数戦であれば飛び道具や魔法を多用する彼らでは、乱戦に切り込んで行くのは同士討ちの危険しかない。後は集団戦の専門家たちに任せておけば問題無いだろう。
「やり過ぎさね。あたしにも獲物を残しといてくれないとストレス溜まってしまうよ」
「それは申し訳無かったですね、ガラテアさん。ご無沙汰です」
「ああ、久しぶり。あんたは輪を掛けて凶悪な戦力になってるじゃないさね? トレバの連中を全部食われるんじゃないかと思って気が気じゃなかったじゃないのよ」
「まさか。万単位の兵相手に四騎でできることなんて知れてますよ」
さすがにそれは過少申告だとガラテアは思う。実際に二千近くの敵が彼らの手によって戦場に転がっている。特に魔法による攻撃は被害甚大だった。一撃で優に百単位の兵が簡単に失われていくのは堪ったものではないだろう。
初めて見る大盾の男の後ろに隠れるようにしている魔法士は、ホルツレインではほとんど見られない獣人少女だ。そちらをチラと見ると冗談交じりに問い掛ける。
「あの子、おくれよ」
「ダメですよ。僕の大切な仲間は渡しませんからね」
「そのくらい良いじゃないさね。あんたは幾ら言ってもあたしの下に来てくれないんだから」
「そういう問題じゃありません。ガラテアさんには十分な権力があるんだから頑張って育ててください」
軍のトップに居るからこそ、才能の発掘には苦心している。あまりに運の要素が絡む魔法士の人材育成は金が掛かる割に成果の出難い分野なのだ。
「ちぇー、ケチー」
「駄々を捏ねたってあげませんったらあげません。後で紹介くらいはしてあげますから、今は自分の仕事をしてくださいね」
「んー、もうあたしの仕事なんて大して残ってないさね。後に死傷者数の報告受けるくらい?」
それはガラテアが普段からどれだけ練兵を行って、軍が機能的に行動できるか確認している結果の表れだ。終盤の指示を送った後に出すのは撤収の合図くらいのものだと思っているのだろう。
「閣下、そろそろでありましょう」
「うん? いいよ。引きな」
「撤退の合図を!」
戦場の様子を窺ったガラテアは撤退の許可を出す。残った敵はロアジンに逃げ帰るだけだろう。そこまで深追いすればさすがに増援を繰り出してくるだろうから、味方にも少なくない損害を見込まねばならなくなる。それは完全に悪手だ。
「負傷者の収容、急ぐんだよ。治癒魔法士の準備はできてるね?」
「はっ! ご指示通りに!」
「もうダメそうな敵兵には情けをくれてやりな」
手隙の兵に、瀕死の敵兵の止めを刺す指示を出す。苦しませないようにする配慮だ。軍の指揮官が背負うべき責任の一つである。これを躊躇えば個々の兵にその責務を負わせることになり、戦後に心の傷を負った兵が出てきてしまう。その心の負担を減らしてやるために、指揮官がその死を命令という形で担うのだ。
或る者は失った腕の切り口を押さえ、或る者はほとんど動かなくなった足を引き摺りながら皇都に少しでも近付こうと死に物狂いに動かない身体を動かす。
戦場とはこうも無残なものなのだ。
ホルツレイン戦線開戦の話です。まさに鎧袖一触という感じになってしまいました。でも、彼らの戦闘能力を普通に使うとこうなっちゃうんですよね。読んでもらうと解ると思いますが、本当に特別な事やってないんですよ。強いて言えばフィノちゃんがちょっと本気みたいなところかな?カイの過去に触発されて義侠心がむくむくと?




