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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
流堂 櫂

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議論の行方

 次の質問者は女性だった。どこの局なのかは存じ上げないが美人なのは間違えようがない。女性局アナと女性タレントの境い目が曖昧になってきて久しいが、知性が伴っているならば櫂にはどちらでもよいことだ。


「さっきから聞いている話だと、あなたにとって虐めは正義の執行対象になるのでしょう?」

「『虐め』と限定されると答え難いのです。それってお姉さんの中でもきちんと線引きできている問題ですか?」

「あー、そう訊かれると確かに答え難いわね。じゃあ、何か解りやすい基準がある?」

「僕基準にはなってしまうのですが、理不尽な行動全般がそれです。今回失ってしまった僕の大切な友人に関しては、明らかに理不尽な暴力が感じられました。だから僕は行動したんです」

「そうね。その考え方だと悪質な虐めは理不尽の最たるものかもね。よく解ったわ」


 彼女は納得してくれたようだが、そこで違う意見が出てくる。

「じゃあ訊いてみたいんだが、君は虐めに関しては加害者側が一方的に悪いと考えているようだね? それでいい?」


「どういう意味です?」


   ◇      ◇      ◇


 そこで北井は櫂が諏訪田と似たような剣呑な雰囲気を纏い始めたのを感じて少し距離を取る。


(ヤバい。ここにも馬鹿が居やがった)


「これは一般的にある一説なんだが、虐められる側にも問題があるんじゃないかって話だ」

「なるほど。被害者にも何か原因があるってあなたは思っているわけですね?」

「いや、僕が主張しているわけじゃないが、一理あるんじゃないかとは思っているよ」

 表の顔としては認める気は無さそうだが、胸には一物持っていそうだ、

「その理屈を僕にも教えていただけませんか?」

「例えば社会性や協調性だね。それがきちんと備わっていれば、加害者側ともきちんと話し合えるわけだろう? そうすればお互いの誤解は解けるんじゃないかな?」

 質問してくる記者はまだ櫂を子供だと侮っているようだ。諭すように主張してくる。

「どうもあなたは理不尽の言葉の意味が理解できていないようですね? 悪質な虐め加害者というのは、いつも狩りを行っていないと落ち着かない狩人みたいなものですよ。常に標的を探しているんです」

「狩人と獣に例えるのは飛躍がが過ぎないかな? 我々は知性ある人類だよ。話し合えば解り合えないことは無い」

 勝ち誇った色が見え隠れする。

「それは言葉が通じている場合に限りますよ。その理屈で行くと、虐めの理由が生意気だからとか、癇に障るからだとかなら説明ができますが、例えば相手が他の人とは少し違う趣味をしているからとかいう場合はどうなんです? 趣味嗜好の違いなんて十人十色でしょう? それが理由だと言われて、あなたならどう反論するんですか?」

「そ、それは特殊なケースじゃないかな?」

「そうでもないですよ。あなたは現実を知らなさ過ぎる」

 記者は子供に反論されて、さすがにむっとしたようで更に言い募ってくる。

「じゃあ、どうなんだ? 虐められるのが嫌ならなぜ抵抗しない。相手が反論したり抵抗しないから加害者は嵩に懸かってエスカレートするんじゃないかね?」

「面白いことをおっしゃるんですね。では試してみましょう?」


 その瞬間、空気が変わった。櫂から得体のしれない何かが噴き出しているように感じられる。

 記者にしてみれば、目の前に居た少年がいきなり違う生き物に変化したかのように見えた。それは間違いなく捕食者だ。自分をその咢に入れ、簡単に噛み砕いてしまう肉食獣だ。生まれてこの方出会ったことも無い人類の天敵がそこに居る。


「ひっ! ひいぃぃっ!」

 記者は腰を抜かしてへたり込む。更に必死で後退りしようと腕を突っ張るが、それも上手くいっていない。ただ、全身の震えにガクガクと揺さぶられているだけしかできない。

「よ、寄るな! 来るなぁっ!」

 櫂がゆっくりと歩み寄ると記者は顔を歪めて丸くなってしまう。

「どうしたんです? 抵抗してくださいよ。僕はただあなたを『殺そうと思っている』だけですよ?」

「止めてくれ。ゆ、許して……」

 これはもう限界だ。そのまま続けば取材なんかにはならないと思った北井は決死の思いで少年の腕を取る。

「悪かった。もう勘弁してやってくれ。使いもんにならなくなる」

「そうですね」

 周囲の空気はすぐに元に戻ったが、項垂れた記者はもうしばらく立ち上がれなさそうだったし、他の者の雰囲気も容易には戻らない。

「それが恐怖というものです。これに暴力が伴った状態で簡単に抵抗しろとか二度とおっしゃらないでくださいね?」


(こんな危険生物が居るなんて思わなかったぜ。あの道場主のおっさん、よくこんな怪物飼ってやがるな)

 失礼ながら、そんなことを思う北井である。


「あー、解った解った。お前さんは自分の正義を貫くためにそこまで鍛えたってことだな。そしてそれを実践した。子供っぽいっちゃ子供っぽいが、それがお前の……、なんだ、信じる道ってやつなんだろ?」

「それできっと間違いないと思いますよ。僕はきっと同じことを何度でもやってしまう」

「頼むからほどほどにな」

「ご期待に沿えるよう頑張ってみます」

 皆を恐がらせないように視線を逸らして川面を眺める櫂が、「ひとこと言い添えるなら」と続ける。

「今回の僕の行動を見て、全国の虐め加害者の人たちが自分の行動を見直し、少しでも虐めが減ってくれれば恥を晒した甲斐があると思います」


 振り返って、「もう構わないでしょうか?」と問い掛ける櫂に、圧倒された記者たちはカクカクと頷いているだけだ。

 ただ、一人の記者が勇気を振り絞って最後の質問というかお願いをする。


「君はもう容疑者でも何でも無いし、世間の人は皆が期待している。君の顔をそのまま放送に使っても構わないだろうか?」

 櫂は少し考えてから答える。


「僕は少し前まで拘留されていた未成年の刑法犯だった人間ですよ? それでも僕の顔を放送に乗せるのがあなた方の正義だと言うのなら構いません」


   ◇      ◇      ◇


『こんばんは、サタデーナイトスクープの時間です。私、古井がお届けします。

 今夜はこの話題から。


 本日、長らく沈黙を保っていた暴行動画の投稿者である少年が

 カメラの前に姿を現しました。

 まずはその模様をご覧ください。』


 櫂のインタビュー映像が流される。彼が記者の一人を脅した下りは編集されているが、結構長く使われている。


『ご覧のように反省の様子は見られませんが、しっかりとした受け答えが返って参りました。

 今夜のコメンテーターは俳優の富倉さんです。お願いします。』

『はい、こんばんは。よろしく』

『富倉さんはこの少年に関してどう思われしたか?』

『いやあ、とんでもないクソガ……、いや生意気な奴が出てきたもんですねえ。』


 コメンテーターとして報道番組に出演する時は、非常に辛口で知られる富倉だ。この日も臆面もなくそんなことを言う。


『随分と筋道の通った台詞がスラスラと出てきたもんです。

 この質疑応答の脚本を書いた人間と演技指導した人間に

 会ってみたいもんですなあ。

 この子も少し揉んでやれば良い役者になりますよ。

 君、その気があるならウチに来なさい。』

『富倉さんはこの応答は彼のほうで事前に準備したものだと?』

『そうでなきゃこんな子供がここまで喋れるもんじゃないでしょう?

 記者さんたちも手玉に取られたようでご愁傷様。』

『なるほど。私共としてもこんな風に言われてしまうと余計に

 彼の顔を放送に乗せるわけにもいかず、苦慮致しました。

 会議の結果は御覧の通りになりましたが。』


 報道番組で櫂の顔を放送した局は無かった。最後の一節まで編集してしまった局も有る。


『まあ、若い時はこのくらい尖がっていてもいい。

 将来の肥やしになるからね。』

『貴重なご意見ありがとうございました。

 では次の話題はこちら。』


 こうして櫂の存在は一時的な話題として全国を席巻したのだった。

論客との対決の話です。作者自身は虐めに於いてどちらかに大きく傾いた経験は持ちませんが、櫂はこういう風に捉えているのだと思って読んでください。こういう問題に完璧な正解など無いと思っているので、これも一つの考え方だと思ってくだされば幸いです。

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