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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
流堂 櫂

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事件の決着

 日本中が敵に回った。

 一場、河野、草田の三家の人間はそう思ったと言う。


 新暴行動画の影響は一気に膨れ上がって、狂騒が湧き起こる。

 状況を抑えきれないと判断した警察は早々に動き出した。暴行動画内の証言だけでは逮捕の根拠にはならないので、虐めの加害生徒の中学校に乗り込んで独自に証言を集めようととする。すると聞いて回る必要もなく、向こう側からどんどん集まってきてそれぞれが自分が見た事実を警官に我先にと証言し始める。その全員が訴訟となれば証人となっても構わないという。

 それまでは恐れていたと言うのだ。三少年が退院してきた時に余計なことを喋っていたら、どんな報復が来るか解らないで口を閉ざしていたそうだ。しかし、誰もがこの状況に三少年の罪は覆し難いと思ってもう恐れるものが無いと思い始めたらしい。そうした心の動きは後ろめたさを基にしていたのだが、いつの間のか正義感の発露に変換されて彼らを興奮させる。

 その熱狂が警察官に大波となって迫ってきたのだ。


 十分過ぎる証言が集まった警察は直ちに入院中の三少年の聴取に至り、彼らの回復を待って逮捕する方針だと会見を行った。

 こういった大衆迎合は国家権力機関の在り様としては決して褒められたものではない。しかし、この問題の解決に関して、中学校・県教育委員会共に匙を投げて、警察に全面協力の方向になだれ込んでしまったので、完全に聖域が解放された状態になってしまったのだ。

 警察上層部はこの一件を足掛かりに学校という聖域に切り込む姿勢を示す思惑があったのかはどうかは判然としないが、思い切ったことをしたのは確かだった。


 こうした世論の動きに迎合するのは、ネット世界も同様だ。あっという間に三少年の名前や住所、行状など様々な事実が次々と暴き立てられ、一気に三家に押し寄せる。

 固定電話は鳴りっぱなしで耐えきれずに電話線を抜く。携帯電話の電源を入れるなどもってのほかだ。外からは罵詈雑言の声が響き渡る。それでなくともカメラの砲列が並んでいて、外出も儘ならない。全てを閉め切って、家族が手を取り合って震えていることしかできない。

 だが、それも長続きするものではない。耐えきれなくなった家族は呼び出したタクシーに乗って何とか三少年のもとに駆けつけると、強い言葉で糾弾する。お前の所為でまともな生活も送れなくなった。責任を取れ、と。


 彼らは話し合って、採れるべき唯一の手段に訴える。警察に、流堂櫂に対する告訴取り下げの申請だ。

 暴行傷害罪は非親告罪ではあるが、被害者からの告訴取り下げが有れば起訴には至らないのが通例だ。警察が犯行事実の確認ができれば処理の続行は可能だが、現状はそれは全く得策ではないと容易に判断できる。少年犯罪の習いで、家庭裁判所への事実の送致こそ行われたが、結果的には無罪放免となる。


 櫂は前科が付くことも無く、釈放となったわけだ。


   ◇      ◇      ◇


 帰宅した櫂はまず修の前に正座して姿勢を正し、頭を下げる。


「大変申し訳ないことをしました。幸い、こういう結果にはなりましたが、僕が父さんの顔に泥を塗ったことには変わりありません。覚悟はしておりますので、どうぞお好きなようになさってください」

 殴るなり何なり自由にしろと言うのだ。

「何をしたところでそれに意味があるとは思えん。お前自身は悪いことをしたとは欠片も思っていないだろう? そんな人間に言って聞かせられる言葉など持っていない」

「確かに悪事とは思えないでいます。ですが道徳に反する行動だとも解っているつもりです。それを認めるようでは、父さんの立場が無いのでは?」

「認めるどころか擁護したいくらいのなのだ。お前にどう見えてるかは解らんが、拓己のことでは私もはらわたが煮えくり返っている。そんな人間に何が言える?」

「僕は父さんという人間を少し誤解していたのかもしれません」

「よくやった。だが外ではこれは言ってくれるな。私にも体裁というものがある」

 ニヤリとしながら修が言う。その言葉に櫂は誓いを立てる。

「口が裂けても」


 後は、泣く礼子を宥めなければいけないが、家長の許しが出たのだから大手を振って生活できる。最悪、勘当される覚悟くらいはしていたのだ。それと礼を言わなければいけない相手がもう一人。流堂家にPCで動画をアップできるような人間はもう一人しかいない。


「お帰りなさい、姉さん」

 大学から帰ってきた礼美に挨拶し、頭を下げる。

「帰ってたの? 長いお勤めだったのね。この逮捕少年」

「ありがとう。釈放まで漕ぎ付けたのは姉さんの一手が決め手だったよ。嬉しかった」

「何てこと無いわ。それより櫂が居ないと困るのよ。用を言いつける相手が居ないじゃない。全部自分でやらなきゃいけないなんてゾッとするわ。感謝なら態度で示して頂戴」

「うん、当分は姉さんの言いなりかな? 何でも言ってね」

 そう言う櫂の満面の笑顔がとても拓己のそれに似ていて、礼美はドキッとする。

「か、覚悟してなさいよ……」

 礼美は涙を堪えきれそうになくて脱兎のごとく部屋に戻り、枕に伏せて声を上げて泣いた。


(良かった! わたし、櫂を守れた! 今日だけは心から自分を褒めてあげられる!)

 何でもない日常がこんなに大切だなんて思いもしなかったが、これからは充実した人生が送れそうだ。


 とりあえず、就職活動を頑張ろうと礼美は思う。


   ◇      ◇      ◇


『始まりました。ニューストゥルータイムの時間です。ご案内は私、沖田です。

 今日も皆さんに真実をお届けする時間がやって参りました。


 まずは暴行動画事件の続報です。

 被害少年側からの告訴取り下げ申請を受けて本日の午後、投稿者の少年が釈放されました。

 我々も取材を試みましたが、少年の人権保護の観点から警察は自宅まで護送したようで、

 マイクを向けるどころかその姿を確認することさえ叶いませんでした。


 逆に暴行の被害少年だった三人は、暴行傷害及び恐喝、更に自殺教唆の容疑で、

 家庭裁判所への非行事実の送致が行われた模様です。

 彼らの状態が回復し次第ということになりますが、警察は逮捕起訴の方針のようです。

 既に自供も始めているとの警察関係者からの情報もあり、

 こちらは確実な状況だと言えるでしょう。


 さて、本日もコメンテーターをお願いしたのは鉢山さんです。

 急転直下の展開となりましたが、どうお考えでしょう?』

『どうも、鉢山です。

 あの新暴行動画の影響は恐ろしく大きいものになりましたね。

 彼らの家族にしてみれば、想定外どころではない状況だったでしょう。

 告訴取り下げはそれ以外にない苦肉の策でしょうから。

 しかし、今回の警察の対応の早さは意外でしたね?』

『そうですね、私も少し意外に思いました』

『私の睨んだところ、どうも警察はあの女生徒拉致未遂に関わる情報を

 掴んでいたのではないかと考えております。』

『ほう、なるほど』

『少年の身柄は押さえて自宅の家宅捜索も行われているわけですから、

 くだんの動画のオリジナルも押収されていたはずなんです。』

『確かに。では警察側はその事実を知っていながら隠して捜査を進めていたのでしょうか?』

『はい、おそらくは。

 今回の事件では警察は常に後手後手になっていましたからね。

 少年たちに対する容疑を起訴に足るところまで固めた後に発表して、

 失点を回復する目論見だったのではないかと思われます。』

『それもまた後手に回ってしまったわけですね?』

『結局、世論に押される形での決着になってしまったわけです。

 関係者は苦々しい思いで事態の推移を見ていたことでしょう。』

『なるほど。面白いご意見を頂戴したところで、次にニュースに参りたいと思います。』


 事件としては一応の決着は見たが、報道は鵜の目鷹の目で櫂に注目してくるだろうことは容易に想像できるのだった。

決着の話です。事件としてはこれで終結ですが、過去編としてもうちょっと語らねばならない事が有るのでお付き合いください。

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