各国の対応
息せき切って駆け込んできた政務大臣バルトロ・テーセラント公爵の姿を見て、フリギア国王サルームは危急の報があるのを悟った。
「陛下! たった今、魔闘拳士殿から連絡がありました。ロアジンの西にて進発準備中の軍二万五千を確認したそうです。直ちに対応の協議を!」
その報せは全く想定外のものではないものの、異常事態には違いない。
「ルファンめ、性懲りもなくまたもや我がフリギアに牙を向けようというのか!? 誰か!」
立哨衛士を呼び寄せ、指示を飛ばす。
「国境警備部隊に急使を送れ。トレバに対する防備を固めよ。斥候による偵察及び監視の強化。敵大軍を察知したならば一度退いて他部隊との連携を取れ。レンギアからの増援を待て、と伝えよ」
「は、繰り返します!」
衛士の復唱を確認した後、他の衛士も走らせる。にわかに騒がしくなった国王執務室へは、多くの王城衛士が集まりつつある。
「緊急の協議を行う。重臣全てを第一会議室に集めよ!……スタイナー伯爵も呼べ」
居並ぶ重臣たちの前にサルームが姿を現すと、皆が起立し一礼する。
「良い。この場は儀礼を排す。皆、積極的な意見を述べよ。政務卿、報告を」
バルトロがカイたちからの連絡について報告を行うと会議室がさざめき立つ。
「またもか!? トレバめ」
「弱体化した彼の国に我らがフリギアが屈するとでも思っているのか?」
それぞれの罵りが口を吐くが具体的な意見はまだ出てこない。
「軍務卿、迎撃部隊の編成に如何ほど必要か?」
「城門外駐屯地の兵はいつでも進発できます。しかし、二万規模の軍による編成を考えますれば、二陽ほどいただきたく存じます」
軍務卿は国境警備隊と合わせて三万の軍での迎撃を考えていた。周辺の国境警備隊を糾合して一万、そのためにレンギアから送る増援は二万の計算になる。
ドロタフ拘束後の新たな軍務大臣に就任したのはルメイテン侯爵になっている。彼は武門の名家の当主ではあったが、地味で堅実な指揮が目立つ人物であった。
時には大胆さも必要となる軍の指揮に当てるには不安の声もあったが、内々に伺いを立てたスタイナー伯爵が固辞したこともあり、そのスタイナー伯の補佐を得てルメイテン侯爵が軍務大臣に就く形に落ち着いたのだ。
この時も、地に利のある自国内での対応にかかわらず、敵二万五千に対して三万での迎撃を進言する。この判断には賛否両論あろう。速やかな増援を考えるならば一万でも構わないという意見もある。
もちろん軍務卿に賛同して三万での迎撃ならば、万が一も突破されて国民に被害が出る可能性は下げられる。どちらが正解だとも言えない議論だが、国王の一言で二万の増援を送る決定が為される。
この決定の大きな要因となったのは急報の早さである。この時期なら編成に手間取っても致命的な迎撃の遅れにならない。国境の突破は許すしかないが、深く侵入される前には迎撃できるものと考えられる。ならば安全策を採ってでも確実な状態での対応ができる方法を選ぶべきだろう。
足音高く会議室に駆け込んできたのはスタイナー伯爵であった。
重臣ではない彼はほとんどの時間を自宅か城門外駐屯地で過ごしている。時々は前城に詰めていることも無くは無いが、奥城を闊歩している様子はまず見られない。
この陽、招致の連絡を受けたのは駐屯地で汗を流している最中だった。それから最低限身なりを整えて会議室に出向くとなれば遅刻は免れない。それは会議室に集まる者たちも承知の上でのことであり、誰も彼を咎めることなどしない。
「遅れまして申し訳ございません、陛下」
「良い、構わぬ。今決したところだ。貴公は兵二万を率いて迎撃に当たれ」
「御意! しかしてどちらに?」
この辺りが、スタイナー伯爵が生粋の軍人たる所以である。行けと下命があれば行く。それがどこで何が目的かなどは二の次なのだ。
ルメイテン侯爵より詳細を聞いたスタイナー伯爵は鼻息荒く足を打ち付ける。
「トレバ皇王めが。幾度退けられようと懲りぬとは、聞きしに勝る愚かさよ。此度もその侵攻軍、粉砕してくれようぞ」
「頼もしいな、ドリスデン。貴公にも遠話器を授ける。軍務卿と連絡を密に対応せよ。ルファンめに我が国の力を思い知らせるのだ!」
「おお!」
会議室に唱和の声が響いた。
◇ ◇ ◇
思い立って遠話器を取る。
「ごめんなさい、クライン様。今、大丈夫かしら?」
ほとんど待たせられずに相手が応答してくれて少し驚く。
【おお、チャムか。元気そうな声だな。今は御前会議の最中なのだが……】
「あら、ごめんなさい。掛け直すわ」
【いや、構わん。……陛下、チャムです。少しお待ちを……。済まんな。内容に関してはどうせ同じことなんだ。先ほどレンギアから第一報を受けているから】
「そう、無駄だったのね」
【そんなことは無い。詳細を聞きたかったところなんだ。今、君たちはどこに?】
「ロアジン西から少し北上した所よ。私たちはこれからトレバ国内状況の調査に切り替えたところなんだけど、もう少しロアジンの様子を探ったほうが良かったかしら?」
【いや、それで正解だ。実は四往前からトレバに潜入させている手の者からの連絡が途絶えている。どうも消されてしまったらしい。ロアジンはあまりにきな臭さが過ぎる。近付かないでほしい】
仮想敵国に潜入させている間者だ。相当の手練れを送り込んでいると思っていいだろう。
その者が消されたとなれば只事ではない。そういった手合いの炙り出しが大々的に行われたのだろうと予想できる。それはつまり、この出兵へと繋がっている情報なのだとチャムは思った。
「なるほどね。そんな情報こっちに回して良かったの?」
【どちらにせよ既に手遅れだろう? 結果論にしかならない。それより今だ】
「建設的ね。私見だけども、正規兵は二割ほどだと思うわ。後は農兵と徴用冒険者、少々の傭兵ってとこでしょうね」
【その規模ならフリギアはそうそう後れは取るまい。トレバは完全に奇襲を狙っていたんだ。そんな所に君たちという西方最高の観察者が居るとも知らないでね。そこにこの遠話器という情報網。奴らは完璧に読み違えたな】
トレバの思惑では、突如の大軍の猛攻で一気に押し込むものだったと予想できる。事前に察知されてその想定が崩れ、更にその情報が神速を以ってフリギアにもたらされたとあってはこの段階で失策は確定だとクラインは言っている。
「そう思いたいわね。あ、今、フリギアの対応の連絡をカイとトゥリオで受けていたんだけど終わったみたい。代わるわ」
【例のフリギア貴族くんだね。どんな様子?】
「思ったより冷静ね。ちょっと意外。……カイ! クライン様よ! あっちにも連絡行ってたみたい」
「あれ、一足遅かったかぁ。……代わりました、クライン様。聞いてたんですね?」
【チャムの気遣いは有難かったのだ。君からも礼を言っておいてくれないか? ……はい、陛下、カイです。ええ、代わりましょう。……陛下に代わるぞ】
「はい……、ご無沙汰しております、陛下」
【苦労である。たまには余にも遠話を寄越さぬか? 冷たいな、そなたは】
ホルツレイン側にはまだ余裕がある。アルバートも軽口で応じるくらいの状況なのだということだ。
「御多忙な陛下のお耳を煩わすほどの事件なんてそんなにはありませんよ」
【そなたの思い遣りと思っておこうか。セイナが逐一語ったことを聞かせてくれるのでそちらの動向も知っておることだしな】
「おや、それでは帰った時に陛下へのお土産話に困ってしまうではないですか?」
【なに、根掘り葉掘り聞いてやるから覚悟しておけ。まあ、それはいい。此度のこと、ホルツレインは介入の方向で協議しておる】
「え? 介入ですか?」
それはカイに仰天の声を上げさせるに十分な内容だった。
フリギア・ホルツレインの動向の話です。頭の中ではさらっと流している部分が遅々として進みません。ポイントになる台詞は決めていても、会話の流れは即興で書いてますからね。ポイント台詞を流れに組み込む為の繋ぎの会話でボリュームが膨れ上がっています。まあ、地の文で繋いでポイント台詞に絞ると味気なくなってしまいますもんね。ゆっくりやりますか。




