製造工程
まずは硬度の高い合金を針金に変形させる。正確に一定の長さに切り離していくと、それらを真球にしていった。
できた真球の大きさをチェックしたら、リングを二つ作る。大きなリングの内側に入る大きさの小さいリングを作ったら、接する面に半円の高精度な溝を作り、大きなリングに作っておいた穴から真球を入れ込んでいく。
真球が詰まったら、穴は変形魔法で潰す。小さいほうの内接リングを指に填め、外接リングを擦るように指で弾いて、円滑に回る大きさに僅かずつ調整していく。
カイが作っているのはボールベアリングだ。
機械部品の中でもかなり高い精度を要求される部品。自転車等、身近な道具に多用されていながら、なかなか目に触れられない部品でもある。円滑な回転を必要とする場合には必ずと言っていいほど使用されるこの機構を彼はゼロから再現しようとしている。
構造はタブレット端末で調べて頭に入れた。
一番精度を要求される真球作りも、これはイメージの問題なので解消できる。ただ、全く同じサイズの真球を多数作り上げねばならない所に苦心した。
最初は両天秤測りを使って調整していこうと考えたのだが、それでは調整が微妙過ぎて手間が掛かり過ぎる。そこで彼が思いついたのが先程の、素材を一定の細さの針金に変形させ、それを正確な長さで切り分けることにより、同じ量の素材を多数準備して真球に仕上げる方法だ。
カイは確かに知識としては過去の産物を転用していることが多い。だがそれを実行するにはこういった知恵も必要なのだ。ただ他人の褌で相撲を取っているわけではない。
シャーっと軽快な音を立てて回転するボールベアリングを満足気に眺めたカイは、それの量産作業に入っている。
横ではせっせと糸玉から糸を巻き取る作業も行われている。こちらは大変なのは、糸が自由に解けるよう糸玉の角度を調整しているトゥリオだろう。巻き取るチャムは完成品の釣り具を想像して鼻歌混じりなのだから。
「これ、凄いですねえ」
気付いたら完成品のボールベアリングを手に取ってフィノが感心していた。パーティー中、一番知的好奇心の強いのは彼女だ。チャムも好奇心は強いが、彼女の場合は偏りがある。フィノのほうがやはり広く興味を示すのだ。
「うん、軸を簡単に回転させる方法だよ。どんな所に使えると思う?」
「一番に思いつくのは荷車とか馬車ですねぇ。後は水車とか。車って名の付く物には何でも使えるんじゃないですかぁ?」
「正解だね」
彼女の洞察力は極めて高い。全く知らない機構のはずなのに、使い処を正確に言い当ててくる。
「カイさんの故郷にはこんな仕組みを考える人が居るんですねぇ」
「うん、凄いよね。尊敬するよ」
「しますぅ~」
微笑みを交わしているとトゥリオが不満気にこちらを窺っている。彼女を促して糸巻き作業に戻しておく。
ボールベアリングの量産が済んだ頃にはいい時間になっていた。
その陽の作業は終わりにして夕食作り。蜘蛛の脚は、焼きのほうが向いているようだった。試験的に作った鍋は甘みが強過ぎて味の調整が難しく、今一つ。こんな失敗も未知の素材を料理するなら日常茶飯事だ。
色々と忙しかった一陽も終わり、皆が疲れた身体を心地よい眠りに委ねる。
◇ ◇ ◇
目覚めると、珍しく朝から雨が降っている。遺跡橋の下で夜営をしていたので夜中に起こされることは無かったが、鬱陶しいのには変わりはない。それでもその陽に移動を計画していなかったから、良しとすべきか。
三人は糸巻きの続きがあるが、昨夜聞いたところではもう佳境らしい。
「全部巻き取ったら中から骨が出てくるわよ。人間の骨じゃないといいわね」
「嘘ですよう。この辺は郷が無いから誰も居ないはずですぅー」
チャムが嚇かしている。それに応じてちょっとビクついてるフィノ。「出てきたらお墓を作って差し上げないと」と泣きそうな声が漏れ出ている。
「それは嘘だよ。蜘蛛は消化液を打ち込んで獲物を溶かして啜るから、骨も残ってないはず」
「そっちのほうが怖いじゃないですかぁ~!」
(あれ? フォローしたつもりなのになぜ僕がポカポカ叩かれてるんだろう?)
ちょっとした不条理を感じながらその陽の作業が始まる。
まず、糸巻き部分を作る。コの字の軸受けにボールベアリングを仕込み、軸を通してスプールを固定する。回転ハンドルを軸に取り付けて、ツマミだけ硬質な木材で作った。
次に靭性の高いバネ合金を使って逆回転防止機構を組み込む算段をする。
スプールの内壁には三角歯車が仕込んである。軸受けに折り畳んだ板バネ部品を付けて、三角歯車にバネに付けた留め突起が噛み合うようにする。屈曲した板バネはそのまま前方まで伸びているので、伸びた状態なら逆回転不可能で、バネを指で引き上げると逆回転可能な形になる。
バネ部品には、スプールの三角歯車に釣り糸が当たらないような幅に設定したガイドも取り付けた。ここに糸を通しておけば擦れによる糸切れも防げるはずだ。
コの字軸受けの背に、竿に固定する脚を取り付けたら出来上がり。ハンドルを回すとカリカリと軽快な音を立ててスプールが回転する。思ったよりちゃんとしたリールができてしまった。
「何か凄い物ができたわね」
糸巻き作業を終えて見学に移っていたチャムが言う。ハンドルをカリカリと回してご満悦の様子だ。
そのまま遊ばせておいて、同じものを四つ組み上げていく。
「ちょっと疲れてきたかな? お茶が飲みたいな」
すぐさまいそいそとお茶の準備を始めるチャム。今陽は大概の要望なら聞き入れてもらえそうだ。
ついでに竿に取り付ける輪も作っておいたら、メインイベントに移ることにする。ここからはカイも全く未知の領域なので、少々慎重にならざるを得ない。
何に使おうと思ったのかは忘れたが、仕入れておいた石炭を取り出す。
この異世界でも石炭は広く用いられている。主な用途は金属精製だ。そのくらい使用範囲なので露天掘りか浅掘り程度で採掘出来る量で十分賄えているらしい。
ちなみに原油も一応は発見されているようで、『石炭液』と呼ばれて燃える液体として知られているようだが産出量が微量なため、実用はされていないと書物にあった。
原料が、昔の木材と海洋プランクトンとで全く異なるのに、同じような扱いの名称が付けられているところを見ると、ほとんど研究されていないのだと解る。
何せ異世界には魔法がある。大熱量を生み出したいなら、そちらの方が手っ取り早いので仕方ないだろうとカイは思ったものだ。
石炭から変性魔法で炭素以外の不純物を追い出していく。残ったほぼ純粋な炭素を粉に変形させると、樹脂を繋ぎに入れて練り込んでいく。この時点では黒い粘土の出来上がりだ。
少しだけ取り出して棒状に伸ばすとカイはフィノにお願いする。
「これ、焼いてほしいんだけど、どのくらいの温度なのかよく解らないんだ。ごめん」
「解りました。低い温度から試してみますね」
知性の高い彼女は、この辺は阿吽の呼吸で解ってくれる。
実験の結果、割と高温での焼成が必要だと解った。焼き上がった細い棒はかなりの弾力性を示してくれる。
「これで釣り竿を作るのね。石炭が出てきた時にはどうなることかと思ったわ」
「あはは。だろうね」
やっと竿本体の製造過程に移れる段階まで漕ぎ付けたカイだった。
釣り具製造過程の話です。久々にがっつり地の文での内容。しかも工業的製造過程というファンタジーにあるまじきものを放り込んでみました。さて、読者様の目にはどう映るものやら。しかし、まだ竿が出来ていないし(笑)。




