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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
釣り人の幸福

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秘密の調べもの

「なんでよーう! 頂戴よーう! カイのケーチー!」

 完全に駄々っ子のように手足をジタバタさせて不満を露わにするチャム。

 彼女にしてみれば、こういうお願いを彼が拒むなんて思いもしなかったのだ。ちょっと意識して可愛げを出してお願いもしたのに、一言のもとに却下するとは何事か。恥ずかしさを返せと言いたいところだった。


「作ってあげるよ」

 そんなチャムの様子を見ても幻滅などせず、からかうような笑みを浮かべていたカイが言う。

「え?」

「そんな玩具みたいのじゃなくて、ちゃんとしたチャム専用の釣り具(タックル)を作ってあげるから」

「本当!! 絶対に!?」

「そんなつまんない嘘吐かないさ。ただ、作るには材料が心許なくてね…」


 金属素材は小まめに入手している。狩りの途中だって広域サーチに反応があればできるだけ回収するようにしているから、そう困ることは無い。

 しかし、いかんせん釣り具に必要なのは糸巻き(リール)と竿に付けるガイド疑似餌ルアーを除けば金属以外の材料が必要になってくるのだ。特に木材関係なんかは全くストックしていない。


「今すぐ取りに行きましょう!!」

「今からは勘弁してくれ! もう夜だぜ」

「そうです。危ないですよう」

 多数決で負け。

「くっ! この私を阻むとはいい度胸ね。夜の黄盆(つき)の分際で!」

「あれを責めるのは勘弁してあげようよ」

 夜空を指差して敵対意思を示すチャムに皆が苦笑い。


「どっちにしろ、ちょっと何が要るか頭を整理したいから、ひと晩考えさせてくれる?」

「待つわ。ひと晩だけなら」


「締切厳しいなぁ」


   ◇      ◇      ◇


 用足しに行く振りをして、焚き火の傍を離れる。

 本格的な釣り具となるとカイにも新たな挑戦となるのですぐにとはいかない。調べもの(・・・・)が必要だ。


 焚き火から十分に距離を取ると、彼は『倉庫』から書類サイズの板を取り出す。電源ボタンに触れるとバックライトが明るく照らし、画面が浮かび上がった。

 そう、それはタブレットPCだ。

 日本で過ごした最後のお正月のお年玉でどうしても欲しかった物というのはこのタブレット端末だったのだ。

 日本で教育を受けたカイだって、もちろん何でも知っているわけじゃない。むしろ詳しいこととなると何も知らないと言っていい。それでも異世界でやりたいことをやろうとするには知識は必須だと彼は思っている。だからタブレットを異世界に持ち込んだのだ。


 当然、異世界には公衆無線LANは飛んでいないし、インターネットにも接続できない。しかし、カイは日本にいる間に集められる限りの百科事典や各種専門書を購入して、タブレット端末の容量が許す限りに落とし込んであった。今まではそれをこっそり利用して色んな物作りや策に活用していたのだ。

 つまり、カイは悪く言えばカンニングしていたのである。だが、まあ人ひとりの知識量など限界があるのだ。ここは見逃してあげてほしいところである。

 そのタブレット端末には充電部に見慣れない物が取り付けられている。魔石を中心としたその部品は、小電力を発生させる雷系刻印が為されている。充電端子部に金端子を伸ばすその部品で充電を賄っているのだ。


 とりあえずは日本で一般的に用いられている竿を調べてみる。古くから活用されているのはやはり竹だ。この異世界にも竹に似た植物はある。しかし、カイはそれを使用しなかった。変形魔法が得意な彼にとっては、素材の形状などどうでもいいことなのだ。優先したのは耐腐食性と靭性じんせいだったが、後に樹脂をコーティングする手法を覚えたので、前者は無視しても良い特性になってしまった。

 今回に関しては更に考えを進めることができる。なにせタブレット端末を用いれば、近代製法による素材を利用してより高性能の釣り竿を作り出すのも可能なはず。


(あー、グラスファイバーって案外面倒臭いなー)

 ガラスを線維の細さまで加工するのは、カイには鼻歌混じりにできるほどの作業だ。ただ、それは一本一本の話なだけで、大量に用意しなければならないとなれば機械製造のそれには遠く及ばず、大変な手間暇が掛かることになる。

(あれ? 高級品であるカーボン竿ロッドの製法のほうが僕の魔法の応用で比較的楽に作れそうじゃないか?)


 どうやら原料素材からカーボンを純化する過程で線維化するようだ。詳しく調べようとするとかなり難解になってしまうので理解が及ばなかったが、おそらく何らかの過程で繊維のような形状を取るということなのではなかろうかと思う。

 炭素カーボンを格子結晶化すればダイアモンドになるのは知っているが、他の結晶ではどんな形状を取るとか学校ではやらなかったと思い出す。高純度の炭素って言えば鉛筆の芯に使われる黒鉛とか、後は石炭だったり備長炭だったりその辺りしか思いつかない。


(繊維っていうとそのまんま糸っぽい物を連想するけど、食物繊維とか普通に液体に溶け込んでいたりするもんな。粉っぽくても繊維は繊維なのかも?)

 彼の知識ではこの辺りが限界みたいだ。


(そうなると炭素原料にはアレが使えそうだから、足りないのは糸そのものと樹脂原料の補充かな?)


   ◇      ◇      ◇


 焚き火の傍に戻ったカイはフィノに訊いてみる。

「密林に大型蜘蛛系魔獣って居るのかな?」

「聞いたことがあります。たぶん居ますよぉ」

「解ったわ。そいつを狩ればいいのね」

 張り切っているチャムに引き気味のフィノは押されるが、それでも仲間思いの彼女は忠告も忘れない。

「良い魔石は採れるらしいですけど、強敵だって言ってましたから気を付けないと」

「今の私に敵う魔獣なんてそうは居ないわ」

 根拠のない自信まで付いてくる始末だ。本当に無敵モードかもしれない。

「気合入っているのはいいけど、蜘蛛本体じゃなくて巣の糸に用があるんだからね?」

「……」

「糸」

「そ、そうよね。本末転倒はいけないわね」


(まあ、どうせ巣に近付けば襲われるんだろうから構わないか)とは思う。


   ◇      ◇      ◇


 密林に入ってすぐに見つけた倒木から、さっさと天然樹脂を回収して奥に歩を進める。今回は蜘蛛探索が目的なのでセネル鳥(せねるちょう)に騎乗して広範囲を移動しなければならない。彼らには頑張ってもらうべく朝食は奮発しておいたので体力的には問題無いだろう。

 大きな戦闘は回避するよう群れは大きく避けて進んでいく。まさか大型蜘蛛魔獣が群れているとは思えないので見落としは無いと思いたい。


「意外と居ないわねぇ。蜘蛛」

「そうですね。フィノも直接知らないので、どんな所に居るのかまでは。お役に立てなくてすみません」

「気にしないで。ごめんね、焦っちゃって」

「とんでもないですぅ」

 乙女二人が懸命に蜘蛛を探すのもどうかとは思う。普通なら嫌悪の対象だろう。


 蜘蛛の巣には出会えず仕舞いでお昼休憩を過ごして再び探索に移る。こういう時に魔獣除け魔法陣は特に役立ってくれる。危険地帯でも落ち着いて食事が摂れる。

 更に進むと川に突き当たってしまった。支流の川幅1ルステン(12m)くらいの流れだ。


「川は違うわよね。もっと鬱蒼とした感じの所を探さなきゃ」

「いや、ちょっと待てよ。あれ何だ?」

 河岸に出て見通していたトゥリオが先を指差している。皆が続いて指差す先を見ると、川の両岸を繋ぐようにキラキラと光る糸の壁が見えた。

「でかしたわ、トゥリオ! 珍しく!」

「最後が余計だろ!」

 チャムも熟練冒険者だ。いくら夢中になっていてもここで突っ込んだりはしない。

「カイ、居る?」

「居るね、木に隠れてるっぽい」

「もしかして水王蜘蛛アクアクイーンスパイダーって奴か。俺も聞いたことしかねえが」

 よく見ると水中にまで巣が張り巡らせているようだ。水場の動物だけでなく、魚まで食べる種類の蜘蛛なのかもしれない。

「ねえ、トゥリオ。役立ちついでに、巣に掛かって誘き出す囮役もやってくれない?」

「嫌だよ! そんな役立ち方!」


 戦闘前なのに緊張感に乏しい面々だった。

秘密兵器の話です。ここまで不自然に感じられていた読者様も居たと思われますが、つまりこういう事でした。そりゃ、高校も卒業してないカイが何でも知っている訳が無いですもんね。再転移の時に彼が持っていたリュックの中身は、アルバート陛下に渡した地球儀とか、このタブレット端末とかでした。

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