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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
釣り人の幸福

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魚を食べるには(地図)

挿絵(By みてみん)


 その()、彼らは大河に突き当たり、遺跡橋を求めて川沿いに移動していた。一刻(72分)ほどで遺跡橋のたもとに着いた一行は、頃合いと見て昼食を摂る。壮大な川の流れを眺めながらの食事は一つのスパイスとなり、目と舌を楽しませてくれた。

 食休みに、思い思いに寛いでいた彼らは、内一人が変わったことを始めたのを何気なく観察している。というのも、その一名が時々変わったことを始めるのは日常茶飯事であり、今更騒ぎ始めるようなことでもないからだ。いつも通りなら付き合うのは、彼にべったりのリドくらいのものだろう。


 ところが、その()彼が始めたのは、珍しいようで誰もが一度は目にしたことがある行動だった。

 取り出したのは釣り竿である。だが、それの構造がヘンテコだ。釣り竿の先に結び付けられるべき釣り糸は、釣り竿に複数取り付けられた輪っかを通って手元の糸巻きに通じている。更に糸の先には直接、針が結び付けられているわけではなく、そのうえ、餌を付ける様子さえ見られない。そこには金属製の流線形をした部品が括りつけられ、それに引っ掛け針のようなものが取り付けられている。


 そう。カイがやろうとしているのはルアーフィッシングだ。もちろんそんなものはこの世界には無い。この道具は、前に転移した時に作って、お遊びで池や沼で使っていたものだった。

 釣り竿は、靭性じんせいの高い木材に樹脂をコーティングして水濡れに強くし、耐腐食性の合金を輪に変形させて取り付けてある。糸巻きに関しては、リールなんて呼べるような物ではなく、単に釣り糸を収納しておけるように糸巻きドラムにハンドルを付けただけの構造。これもガイドと同じ錆びないだけの金属製だ。

 釣り糸は、ナイロン製とはいかないので、魔獣由来の素材をそのまま用いている。具体的には王蜘蛛(キングスパイダー)の巣から採った糸を固定化して多少強化してあるだけなのだが、元が高強度の糸なだけに太さの割にナイロンどころでない強度に達している。柔軟性も十分だ。

 疑似餌ルアーだけはそれっぽく作ってあり、目玉の様な模様まで塗料で描かれている。これだけは軽さ重視でミスリル銀製。


 こんなものを持ち出したのは、カイが魚に飢えてきたからだ。南部で仕入れた大型魚メンパルはとうの昔に平らげてしまった。それからは海水魚など仕入れられる機会は無かったので結構な期間、魚を口にできていない。生まれも育ちも日本のカイにはそろそろ限界だ。魚を食べたい欲求は、彼の中でずっと燻っていたのだ。

 皮ブーツを脱いで、ズボンも太腿まで捲り上げてザブザブと川に入っていくカイ。足場の確保に問題無い位置まで進むと、糸を繰り出し始める。


 釣り具(タックル)はこれだけ簡易な構造なので、普通にルアーを投げることはできない。投げ方だけは少し違うやり方になる。

 あらかじめ糸巻きから5ルステン(60m)くらい糸を出しておいたら、竿先10メック(12cm)くらいにルアーを垂らして、竿を握る右手人差し指で糸を固定。釣り竿を振り出すタイミングに合わせて指を離せばルアーは飛んでいく寸法だ。

 後は、竿を握ってない左手で糸を手繰ってルアーを引いて、魚が食い付くのを待つ。ルアーフィッシングはこれを根気よく繰り返して魚を誘うのだが、この世界の魚と言えばルアーに全くスレていないので面白いくらい掛かる。


 一投目から手応えを感じたカイは竿をあおってフックをしっかりと魚の口に引っ掛ける。とりあえずはまあまあの引きに満足して糸を手繰っていき、獲物を捕り込んだ。釣り上げたのは25メック(30cm)くらいのマスのような魚だった。軽く塩をして焼いただけでカイの舌を楽しませてくれることだろう。


 想像するだけで唾液が湧いてくるとカイが思っていると、水音と共にセネル鳥たちが集まってきた。

「欲しいの? ちょっと待ってね」

 ルアーを投げ入れて、数度置きに魚を釣り上げては彼らの口内に投げ入れていく。むしゃむしゃバリバリと咀嚼音を立てて小気味いいくらい平らげていくセネル鳥に(そういえば魚が主食の鳥類も多かったな)と思い当たる。クチバシの形状からして彼らが魚専門で無いのは明白だが、食料として適しているのはその反応からよく解る。

(もっともっと!)と騒ぐ彼らのためと自分の分を確保するには少し頑張らねばならないと気合を入れる。リドだけはちゃっかりパープルの背の上で一匹に嚙り付いて満足気だが。


 そんなこんなで熱中していたら、いつの間にか仲間たちも集まってきていた。皆、それぞれの格好で川の中にまで入り込んできている。

「それ、何なの?」

 こういうことに真っ先に興味を示して口を出してくるのはチャムが多い。

「何って言われても、見ての通り魚を釣っているんだけど」

「そこまでは解るわ。何で魚が釣れるのかを訊いてるの」

 どうやらこっちも釣れたようだ。カイはニヤリと笑って説明を始める。

「これね。ルアーっていう疑似餌で魚を誘って釣る方法なんだよ」

「るあー?」

 チャムから見るとそれはただの湾曲した流線形の金属板だ。目玉っぽいものが描かれてはいるが、表面は普通の金属光沢に輝いている。中程と尾部には、三方向に伸びた特殊な形状の針がぶら下がっており、魚の口から外れにくいよう返しまで付いている。

「これをね、こうして引っ張ってやると…」

 竿先からぶら下げたルアーを水中に浸し、左右に振ってみせる。すると湾曲に水の抵抗を受けたルアーはユラユラクルクルとした動きを見せた。

「これが見た目に弱った小魚みたいに見えるみたいなんだ。だから小魚を主食にする中型以上の捕食魚が『捕りやすい絶好の獲物が居る!』って思って食い付いてくる寸法。そうすれば、この二ヶ所の針のどこかに掛かって釣り上げることができるんだよ」

「ほえー、よく考えたものねー」

「僕の故郷じゃ、こんな餌を使わない釣り方も色々あるんだよ。同じ魚を釣るのでも大仕掛けにならないで、お手軽にできるから便利なんだ」

「なるほどね。私にもできるかしら?」

「そうだね。釣れない時なら色々と小細工が必要な場合もあるけど、ここならたぶん簡単に釣れるよ」

「やる! 教えて」

 トゥリオとフィノも興味を引かれているようだ。


 とりあえず躓くところは投げ込みだろう。チャムもそこで多少苦労した。指を離すのが遅過ぎてそのまま目の前の水面に没したり、早過ぎてほとんど直上に飛んで少し先に着水したりする。何度か試したところで、やっと綺麗な放物線を描き3ルステン半(42m)くらい先まで飛んだ。

「そうそう、そんな感じで」

「よし! 大体掴んだわ」

「そしたら、あまりルアーが沈まないうちに引っ張るんだよ。こうやって」

 カイは背後から竿に手を添えて糸を手繰ってみせる。チャムはすぐに真似をして自分でルアーを手繰り寄せる。

「後何回か練習したら問題無く投げられそうだね。理想は狙った所に…」

「!!」

 その時、ググッと竿がしなり、彼女は重い手応えを感じる。

「竿を引いて!!」

「やっ!」

 竿をあおると食い付いた魚の口に針掛かりし、ブルブルと暴れる感触が糸を通して竿先を経由しチャムの手を刺激する。

「!?」

 その瞬間、何かが彼女の背筋を駆け上がる。ゾクゾクとした感覚に全身の毛穴が開きそうになった。

(これは!!)

 その独特の感触にチャムは慄く。


「無理しないようにそのまま取り込もうね」

 彼女はコクコクと頷いて返すだけだ。かなり集中している。

 慎重に糸を手繰っていくと水中に銀鱗のきらめきが見えてきた。

「そのまま寄せたら僕が捕まえるから」

「お願い」

 無事に取り込んだ魚をチャムに手渡すと、かなり興奮した様子で上に掲げてみせた。

「はい、初釣果おめでとう!」

「おめでとうございます!」

 皆から拍手を受け、誇らしげに胸を張る。こういう所が可愛らしいとカイは思うのだが、なかなか見せてくれない一面だ。


 チャムが釣ってみせたことで、他二名も俄然興味が湧いたようだ。

「これ、予備の釣り竿。やり方は解ったはずだから二人で頑張ってみてね」

「おう! ありがとな。借りるぜ」

 少し離れた場所で試行錯誤を始めるトゥリオとフィノ。

「待ってなさい、ブルー。すぐに釣り上げてあげるわ」

 チャムは自信を持ったのか、少し余裕を見せてブルーに約束している。自信を見せただけあって、今度もルアーは4ルステン近く(50m)飛んで着水した。

 ふふんと鼻を鳴らしてルアーを手繰り始めるが、しばらく引いたところでゴツンと引っ掛かったような感触がする。反射的に彼女は竿をあおるが、ウンともスンともいわない。

「ありゃー、水底の石か流木に掛かっちゃったかな?」

「ど、どうすればいいの?」

「糸を切っちゃうしかないね。大丈夫。ルアーも代わりがあるから」

 明らかにショボンとして項垂れる。相当ショックだったようだ。自信が付いたところで鼻っ柱を折られた気分なのだろう。


 しかし、落胆して手放した手元の釣り糸がスルスルと伸びていっているのにまだチャムは気付いていなかった。

魚釣りの話、一話目です。実はこのエピソード、閑話扱いにしようかとも思ったのですが、ずっと先に繋がる伏線でもあるし、割と大事な設定を放り込む予定なのでそのまま本編にすることにしました。獣人居留地編と呼ぶには獣人が出て来ないので変かもしれませんが、場所がそうなだけという事でご勘弁を。

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