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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
黒狼の復讐

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アキュアルの道

 カラパルごうに戻ったアキュアルは憑き物が落ちたような晴れ晴れとした表情をしていた。

 それを一番喜んだのはピルスである。アキュアルが抱えていた内奥の闇は表に漏れ出て、彼女さえ近寄り難くさせていたのであろう。抱きついて離れないピルスの思いはアキュアルを後悔させたが、彼はもう衝動に捕われることは無いだろう。

 暴猿(バイオレントエイプ)の魔石は彼のお守りとして革袋に入れられて首に掛けられている。


 郷の開墾にも積極的になったアキュアルを郷民たちは良い傾向だと歓迎する。それまで協力を拒んでいた彼を寛容に受け入れていた彼らだが、全く不満が無かったわけではあるまい。

 実際のところ、彼の生い立ちのことを思ってスクレトが説き伏せていたのだ。郷民もアキュアルの家族を守り切れなかったことに忸怩たる思いを抱えているだけ、長の判断に従わざるを得なかった部分もある。

 しかし、郷に宿っていた不協和音も、流れ者の冒険者が解消してくれた。


 スクレトは、デデンテのレレムが彼らを絶賛していた意味が実感できていた。


   ◇      ◇      ◇


 アキュアルはその後も鍛錬を受けている。

 心の枷が取れ、無駄な力の抜けた彼の刃筋は鋭さを数段増している。真剣のまま続けるのに困難さを感じるチャムは刃潰しの長剣を用いるようになっていた。それでも斬り込んでくるアキュアルの才能は脅威以外の何物でもなかったが。


「やっぱりアキュアルはカイ兄ちゃんみたいになりたいや」

 組手が一段落して汗を拭った彼はポツリと伝えてくる。

「どうしても冒険者になりたいのかしら?」

「ううん、違う。別に冒険者じゃなくてもいいから、守りたいものを何でも守れるようになりたい。もっと強くなりたいんだ。そうすればカイ兄ちゃんに少しでも近付けるような気がする」

「そっちのほうが余程大変な道だって解って言ってる?」

 彼はもうそれが一つの覚悟なのだと解ってるように、真剣な顔で頷いてくる。

「どうしたらいいのかしらね?」

「だよなあ、俺らの旅はのんびりしたもんだが、それでも危険は隣り合わせだし」

 アキュアルはもちろん、ピルスまで連れ歩くとなれば、それはいささか無謀に過ぎる。


「どうする? 行ってみるかい、アサルトさんのところに?」

 カイがそんなことを言い出した。確かにここはスーチ郷に近いため、距離的な不都合は無いのだが、獣人郷の習慣としてそういう勝手が通るのかが解らない。

 それで少し迷ったのだが、アキュアルはそれどころではないようだ。

「カイ兄ちゃん、アサルトのこと知ってんの!!」

「うん、ちょっと縁があってね」

「フィノのお父さんなのですぅ」

「え ── ! フィノ姉ちゃんはあのアサルトの子供だったの!」

 更に驚愕の事実を伝えられてアキュアルの目は見開かれたままになってしまう。

「そっかぁ、凄い人のところにはやっぱり凄い子供が生まれるんだな」


 あの狩りの中で、フィノの実力を目の当たりにしたアキュアルは彼女も尊敬していた。

 彼女の活躍を、身振り手振りも加えてピルスに語って聞かせるアキュアルの横で、彼女は真っ赤になるしかなかったのだ。その後も兄妹の尊敬を集めて、いたたまれない気持ちになる時がある。


「郷の移住には何か制限があるのかな?」

「基本的には無いです」


 獣人郷はどうしても仲間意識は強くなりがちだが、それだけでは血が濃くなりすぎるきらいがある。そのために長会議などで積極的な交流や婚姻も推されているし、それを受け入れる仕組みもある。

 郷渡りの婚姻では、郷内の婚姻同様に新婦方の連に加わることになる。母系が基本ルールなのだ。外見に母系が強く出る獣人ではそれ以外の選択肢が無かったと言ってもいいのかもしれないが。


 婚姻以外の郷渡りも無くは無いがどうしても少ないのは否めない。普段は郷の名を家名に使ったりはしない彼らだが、それを捨てるとなると多少の覚悟が必要になってくる。有れば有ったで時に足を引っ張る「しがらみ」だが、失うとなると孤立無援の恐怖感は伴うのだ。


「長に相談すればいいのだろうけど、その前にアキュアルの気持ちを聞かないとね」

「そうですね。どうしますか、アキュアル? 父は多忙かもしれませんが、頼ってくる者を見捨てたりはしません」

 彼は一瞬も迷ったふうも見せず、目に決意を宿らせる。

「行ってみたい。それがアキュアルの目指す道へ通じてるなら」


 しかして、長の許可は容易に出た。一気に心の成長を見せたアキュアルのことを惜しむ言もあったが、彼が決めた進路を喜ぶ気持ちのほうが大きかったようだ。


   ◇      ◇      ◇


「ピルスは仲良しさんと別れても大丈夫?」

「あんちゃんといっしょならどこでもへいきだわん」

 意外とあっけらかんとしている。それほどまでに兄への信頼度も増しているということか。

「そうですね。また新しいお友達を作ればいいんですものね」

「うん」

 膝の定位置で頭を撫でられ、気持ち良さそうにしている。


「スーチ郷に入るのは僕だけにしとくよ。フィノ、何か言付けはある?」

「…手紙を書きます。母には心配を掛けていますし、辛く寂しい思いもさせていると思います」

 しばらく考えてから伝えたい思いもあることに気付く。

「それはいいわね。フィノのお母さんってどんな人?」

「柔和でとても母親らしい母親でした。泣きじゃくるフィノを抱き締めてくれた温かさが今でも忘れられません。どこまでも柔らかくて…」

「どこが?」

「いやだから、あなたはその癖を何とかしなさい!」


 何だか久しぶりに叱られた。兄妹はキョトンとしていたが。


   ◇      ◇      ◇


 カラパル郷を辞去して草原を行く。


 めったにない遠出にピルスはご機嫌で、鼻歌が漏れている。それに合わせてイエローが歌い出すとセネル鳥(せねるちょう)が皆、歌い始める。彼らは歌が好きだ。リドが合わせてくねくねと踊り出し、それを見たアキュアルはケラケラと笑っている。彼らの旅立ちに悲壮感は無い。新しい環境に希望を抱いているだけだ。


 セネル鳥の足で数刻(数時間)も行くとスーチ郷が見えてきた。他に比べると少し小規模な郷だろうか?

 フィノの顔に特に感情は浮かんでいない。その内では様々な思いが渦巻いているのだろうが、複雑過ぎて彼女にも全ては把握できていないのかもしれない。


「じゃあ、行ってくるよ。ここで待っててね」

 カイが魔獣除けの魔法陣を起動して、そう言ってくる。

「はい。ではピルス、お兄さんと一緒にあそこに行くのですよぅ」

「あそこのうちにいくの? フィノは?」

「フィノはまた今度にしますぅ。元気でね?」

「うん! またね!」

 フィノはピルスに思いを託す。彼女が母の癒しになってくれればフィノも少しは救われた気分になるだろう。


 突然現れた冒険者の青年にスーチ郷はざわついたが、彼がアサルト宅を尋ねると納得したようだ。彼がフリギアで活動する時の知り合いだと思ったのだろう。

 ノックをすると、アサルト本人が出てきた。丁度、在宅していたようでカイは助かった。

「ん! どうした、カイ?」

 彼も少なからず驚いた様子を見せたが、すぐに招き入れてくれる。兄妹を連れてお招きに与ると、宅内にはフィノによく似た柔らかな印象のする女性が居た。

「あれ、フィノ? ちがうわん、ごめんなさい」

「良いのよ、あなたはフィノを知っているのね?」

「さっきまでいっしょだったわん。びっくりしたわん」

「そう。ウィノというのよ。フィノのお母さん」

「ウィノー!」

 屈託もなく抱きついていく。本当の家族のような光景に、場が一気に和やかになる。


 カイはアキュアルの事情をアサルトに詳しく語り、彼に預けたい旨を伝えた。

「解った。うけたまわろう」

「ありがとうございます。あなたに託せるなら僕も安心です。アキュアル?」

「よろしくお願いします!」

 彼は憧れの人との対面に少し緊張しているようだが、ウィノの様子を見ると馴染むのにそう時間は掛からないはずだ。


 カイは弟妹の頭を撫でて別れを告げる。アキュアルは、目指すべきその人には感謝の言葉しかない。いつか立派になって報いられる時が来ることを願って頭を下げる。カイは笑って手を振りながら去っていった。彼にとっては救いの手を伸ばしたことなど何でも無かったことのように。


「あれが、あなたが言っていた方ですか?」

「ああ、彼にフィノを預けた。信頼できる男だ」

「はい、あなたの気持ちがよく解りました」


 後に、アサルトがアキュアルを密林に連れていっても、まだ幼い彼が遜色なく戦えることに驚かされるのはまた別の話である。

アキュアル編の最終話です。彼は道を選んで新天地に移りました。一つの目標を見据えて。さて、獣人居留地編はもうちょっとだけ続きます。

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