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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
黒狼の復讐

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カイのやり方(2)

 まだ放心しているアキュアルを連れて速やかに密林から離れる。

(一度戦わせれば納得すると思ってんのか? あいつは相当こじらせてんぞ。根っこはずっと深い)

 この時点でトゥリオはそう思っていた。それは一面正解ではあったが、根本的な部分で間違っていると言っていいだろう。

 カイがアキュアルに感じてほしかったのは痛みだった。


(魔獣を倒した。仇を討った。一番の望みを叶えた。届いた。)

 全ては自分が見ていた将来だ。そこにやっと行き着いた。なのにアキュアルは自分の中に痛みがあるのが不思議だった。そんなものが残るはずがない。あれが両親とムルクを奪っていったのは間違いない。それを討ち滅ぼしたというのに湧き上がるものが何もない。それどころか何かが壊れたような感覚がある。全く以って納得いかない。


「アキュアル」

 気付くとカイの懐の中でパープルの背に揺られている。

「解る? 痛んでいるのは身体じゃなくて心だよ」

「うん、痛い。カイ兄ちゃんはなんで解るの?」

「知ってるからだよ。君と同じ感情も、君と同じ衝動も、そして君と同じ痛みを」

 彼は自分もいつか通った道だという。同じ所を通ったからこそ同じ痛みを知っているという。その痛みの意味も。

「アキュアルは何か間違ったから痛いのか?」

「ううん、間違ってない。先にあるのがそれだっただけなんだ」

 そんな風に言われてもアキュアルには何が何だか解らなかった。

「それはただの結果。一度経験しないと感じることさえできない感覚だね」


 カイはアキュアルに語って聞かせてくれる。

 その痛みは魂の痛み。憎しみだけで振るった刃は自らの魂さえも傷付けてしまう、と。相手の命の尊厳を踏みにじった結果、自分に跳ね返ってきた傷。生の感情で、心が裸の状態だったからこそ負ってしまう傷なのだと。


「憎しみを捨てろなんて言わないよ。君の場合は親愛の裏側にあったものだからね。裏側を失えば表も失くしてしまうんだよ。だから、それも大事」

「うん、無理。捨てられない」

「それでもいい。ただ僕は君に、魂を切り刻みながら生きていってほしくないんだ。ずっと痛みを感じながら歩いていくのは辛すぎる。それは知っているだけでいい痛みなんだよ」

 少し抽象的なカイの言葉はまだ消化できない。でも、彼がどこかに導こうとしているのは分かる。

「アキュアルはどうしたらいいんだろう?」

「食べようか?」


 彼は微笑を浮かべながらアキュアルに問い掛けてきた。


   ◇     ◇     ◇


 アキュアルの目の前に取り出された、彼が屠った暴猿(バイオレントエイプ)は、冒険者たちの手によってあっという間に調理されていく。雑食性の暴猿(バイオレントエイプ)の肉はそれほど美味とは言われないが、彼らもナーフスを好んで食べるためか悪い味でもないほうに分類される。皮を剥がれて塊になった肉が焚き火の傍でじゅうじゅうと音を立てて焼けてきた。

 見るからに美味しそうな肉なのに、アキュアルの意識はそこに向かないでいる。ほんの少し前の感触が甦る。自分達の何倍もの膂力を誇る腕の力が。手の中に感じた弱まっていく鼓動が。徐々に失われていく身体の熱が。何もかもが失われていくその感触。

 そんなものを知っていながら、その亡骸で自分の欲望を満たせるわけが無いと思えてしまう。その肉を口にしたって味なんて感じないはずだ。


 差し出された焼肉は良い香りを漂わせる。ここまで気遣いされれば拒むわけにもいくまい。一応、格好だけでも食べてみせようと思う。

 ひと口齧った肉の味が口内で弾ける。どうせ砂を噛んだような味がすると思っていた。が、それは大きな間違いだった。

 気付けばアキュアルはぽろぽろと涙を零していた。彼にはその理由が解らない。


「カイ兄ちゃん、変だよ。肉が美味しいよ」

「良かったね」

「アキュアルはなんで泣いてるの?」

「君の身体が、それが正解だって言っているからだよ」

「!!」

 目の前で零れ落ちていった命が手の中に戻ってきた。それが自分の中に落ちていくのを感じる。その瞬間に暴猿(バイオレントエイプ)の命の意味が再び生まれたのだ。


「ああ、そうだったんだ。アキュアルはやっと解ったよ」

 狩る者と狩られる者の関係。命をいただくことの意味。以前から知っていたはずなのに、それがちゃんと理解できていたのではなかったことを。

「命と命で向かい合っているからこその戦いなんだ。感情で相手の命を蹂躙しようとするのは冒涜なんだ。そんなことしたら人はその代償を払わなきゃいけないんだね、カイ兄ちゃん」

 まくし立てるアキュアルをカイは後ろからそっと抱いて頭を撫でる。その慈愛の表情に自分がちゃんと正解に辿り着けたことを知った。


 彼は涙を流し続けながら、思う存分肉に嚙り付くのだった。


   ◇      ◇      ◇


 アキュアルはパープルの背の上の、カイの懐の中で深い深い眠りに落ちていた。

 ずっと張りつめていた心が解放されて休息を望んでいる。彼はその本能に身を委ねて、安らかな眠りを享受している。

 リドがカイの膝に立って、アキュアルの頭を撫で撫でしてあげている。

「疲れているんだよ。そっとしておいてあげてね」

「ちゅ」

 小さく鳴いて、そっと撫で続ける。彼女もアキュアルの中に何かを見たのかもしれない。


「俺には解らなかった。こいつがちゃんと理解していないのが見て取れていなかったんだ。大人から教わった理屈をなぞっていただけなんだな」

 トゥリオが反省の弁を伝えてくる。

「仕方ないかもね。人間って、概念を理解するのが上手な生き物なんだよ。経験を積んで大人になればなるほどなおさらね。感覚的にある程度把握できてしまう」


 それは概念でも感情でも同じだとカイは言っている。実体験せずとも理解できてしまう。ただ解った気になってしまっているそれは、本物の深い理解には及ばない。いざ、それと対すると希薄に感じられてしまう。

 だが、認めたくない事実でもあるのだ。だから背伸びをしたくなるが、それは危険を孕んでいる。


「解らない者同士があーだこーだ言ったところで、変なとこに迷い込むだけか」

「特に子供はね、経験値が足りないままに強い感情に晒されるとおかしな風に消化して落し処を間違ってしまうことも多いんだよ」

「それを上手に誘導してやるのも大人の仕事ってか?」

「そうだね」


「だが、俺は鈍いんだろうなぁ。同じものを感じててもいいはずなんだがなぁ」

「違うと思いますよぅ」

 自分もドロタフ相手に同じ経験をしたはずなのに、そこで学べなかったのを悔やむトゥリオだったが、それをフィノがフォローしてくれる。

「トゥリオさんは優しいから、やり過ぎてしまわないからじゃないですか?」

「度胸が足りねえか…」

「そうじゃなくて、カイさんは人族も獣人族も魔獣でさえ命を等価だと考えています。感受性の高い子供だと同じように感じてしまうでしょう? それを真っ正面から体感したアキュアルは強くその影響を受けたんだと思いますぅ」

「強い感情を知らない俺は、意識の持ちようを変えなきゃいけねえんだな」


 感じられるうちに感じられなかった人間は免疫ができていない。アキュアルのような件に関わるのなら変わっていかなければならないとトゥリオは強く感じていた。

 彼の仲間たちはこれからそれを見せてくれるのだろうか? それならば自分はもっと成長していける筈だ。アキュアルを通して自分にも将来が見えた気がする彼は未来に期待を掛ける。


(あいつの覚悟がその強い感情に基づくものなら、あいつも何とかしてやらなきゃいけない気もするんだがな)

 そうトゥリオは思う。


 それは彼には少々重荷だが、この仲間たちならできる気もするのだった。

答え合わせの話です。アキュアルは一つの結論に達しました。それが絶対の正解だとは間違っても言いませんが、自分の中に一つの基準を持っていなければいけないと思っています。これでこのエピソードは一応の決着に至りました。カイ自身が答えに至った話は、少し先の日本過去編に綴りたいと思います。

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