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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
黒狼の復讐

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カイのやり方(1)

 アキュアルは自分のナイフがどこまで届くようになったのか少しは感じられるようになっていた。

 カイやチャムに届くようになったわけではない。未だ遠いそこに必死に手を伸ばしているような状態だが、どこへ向けて手を伸ばせばいいのかくらいは理解出来るようになったということだ。


 チャムにナイフを弾かれた。その振り抜いた右脇はがっちりと盾で防御されている。彼女はきっとそのままクルリと回転する。一瞬だけ左脇が見えるはずだ。そこに左手のナイフを滑り込ませようとした。

 気が付いた時には振り回された盾がアキュアルの側頭部寸前まで迫ってきている。地面を蹴り飛ばすようにバックステップすると、顎の先を盾で擦られて、激しい眩暈でいつの間にか尻餅をついていた。


「見えそうな隙を追いかけ過ぎてはダメよ。誘い込まれているかもしれないでしょ? 一点に集中しないよう、相手の身体全体をぼうっと見るの。あなたたちはものすごい反射神経の持ち主なんだから、相手の動き出しを見てからでも対処できるでしょう?」

 手を取って立ち上がらせながらチャムは注意点や悪かった点を教えてくれる。体捌きや武器の使い方の基本はあまり言われなくなったので、少しはマシになってきたのだろうと推測できた。指導は具体的なコツに関してに変わってきている。

「うん、解った!」

「まだ体力的には大丈夫みたいね」


 そう言うと彼女はカイを促して交代する。

 アキュアルと対する時のカイはシーグルの時とは違って実によく動いてみせてくれる。それは実戦での動きを彼の脳裏に刻み込むように続けられる。その時は完全に防戦一方になってしまうのだが、そのほうが動きはよく見える。


 チャムに言われたようにカイの身体全体を広く見るようにして観察すると、彼が実に多様でかつ効率的な動きをしているのかが解ってくる。一つの攻撃の重心移動が次の一手の布石になっていたり、攻撃の溜めにする捻りが次の回避のための重心移動に繋がっていたりする。

 相手がどんな攻撃を繰り出してこようが、回避し防御し迎撃して、簡単に引っ繰り返してしまうだろう。全てが攻撃のための防御であり、防御のための攻撃である。


 こんな相手を前にすれば、誰もがその固さに舌を巻いてしまうだろう。

 おそらく、その固さをアキュアルに身に着けてほしいと考えている。彼の俊敏さと反射神経があればそれが可能だと。アキュアルはその無言の教えに身を委ねるように、両手のナイフを持つ手に力を込める。


   ◇      ◇      ◇


 それは夕食の後のひと時の会話だった。

明陽(あす)は密林に行ってみようか?」

「そうね、頃合いかも」

 まるで散歩にでも行くような感じで交わされる会話に少々気が抜けそうになる。

「そ、それはアキュアルもついていっていいの?」

「当たり前じゃない。他の誰のために行くっていうの?」

「あ、やっぱり。えーと…、心の準備とかは?」

「ひと晩もあれば十分でしょ」

 それは厳しいかとも思う。

 アキュアルは午後もチャムの指導を受けていたのだ。結構疲れて食事中さえ時折り睡魔が襲ってきていた。こんな有様じゃ、寝藁に身体を横たえた瞬間に意識を失う自信がある。覚悟をする暇なんてありはしない。

「うん」

「じゃ、もう寝なさい。寝藁が恋しいんでしょ?」

 ピルスもフィノの膝で夢の国に旅立っている。しばらくすれば寝藁台に運ばれるだろう。

「おやすみなさい」


「意外に頑張ってるわよ、彼」

 フィノが二人ともの規則正しい寝息を確認して、戻ってきたところでチャムが言う。

「答えが欲しいんじゃないかな。今は鍛錬で余計なことを考えなくて済んでいるけど、いつまた衝動に捕われてしまうかはずっと不安なんだと思うよ」

「で、密林に放り込んでも死なねえ程度には鍛えたのか?」

「まさか。そんなの急には無理だよ。でも、知るくらいのことはできるはずだね」

「知る?」

「自分が戦うべき相手」

 アキュアルが自分の中のイドの怪物と戦うぐらいはできるのではないかとカイは思っている。


 明陽(あす)にはそれが解るだろう。


   ◇      ◇      ◇


 密林に着いてから彼らはセネル鳥(せねるちょう)の背から降りる。アキュアルだけは同乗していたパープルの背の上に残して。


 セネル鳥たちに追随してもらいつつ、密林に分け入っていく。アキュアルは後ろから冒険者たちが、単体や少数で現れる魔獣を打ち倒していくのを見ていた。

 想像の中でも脅威の対象であったはずの魔獣の動きが驚くほど見える。正確に言うと、鍛錬中のカイの動きのほうが速かったのだ。それに慣らされてきたアキュアルは、彼の指導にはそんな意味さえあったのかと感じ入っていた。


 少し深く入ったところで強い気配が近付いてくるのに気付いた。隠そうともせず、鳴き声を交わして連携を取りながら「それ」は接近してくる。

 暴猿(バイオレントエイプ)の群れだ。両親を殺し、姉を殺し、彼を不幸にした象徴が襲い掛かってくる。

 冒険者たちは盾役を中心にスッと開く。その前にカイが指を一本立てたのに、チャムとフィノは頷き返していた。彼らは順調に一頭一頭倒していっている。トゥリオの大盾に取り付けばフィノの魔法で同時攻撃を受け、回り込もうとすればチャムの剣やカイの拳打に掛かっていく。


 その時、一頭の暴猿(バイオレントエイプ)が冒険者の陣形を抜いてきた。咆哮を上げてパープルに飛び掛かってこようとした暴猿(バイオレントエイプ)は、彼のひと蹴りで打ち落とされた。腹部に蹴爪しゅうそうで穴を開けられてうずくまると、近付いたパープルのクチバシに頭を咥えられて、嚙み砕かれた。

 濃厚な血臭がアキュアルの鼻を突く。彼の中で血が騒ぎ始める。


(あれは敵だ! お前のかたきだ! 屠れ! 復讐しろ! 今がその時だ!)

 アキュアルの中から何かが呼び掛けてくる。興奮して開いた瞳孔に一頭の暴猿(バイオレントエイプ)が映る。


 群れはその一頭を残して、全て平らげた。その一頭も足に手傷を負わされ完全に包囲されている。

「おいで、アキュアル。出番だよ」

 しかし、彼はそんな言葉も耳に入ってこないようだ。両手にナイフを取ると、恐ろしげもなく暴猿(バイオレントエイプ)に近付いていく。


「ギイッ!」

 その一声が合図だったかのように、暴猿(バイオレントエイプ)がアキュアルに襲い掛かる。暴猿(バイオレントエイプ)は、まだ身体の小さい彼を舐めているのか、周囲のほうを気にして掴み掛かってきた。

 ところがアキュアルはそこから更に踏み込み、素早い動きで肘の内側を薙いだ。左手が利かなくなった敵の脇を潜って背後に走り抜けると、振り返り様に左のナイフを突き込む。が、それは読まれていたか、転がるように横へ逃げる暴猿(バイオレントエイプ)


 仕切り直して、今度は自分から仕掛けるアキュアル。身体は燃えるように熱く意識は何かに支配されたかのようなのに、頭の片隅の一部分だけ冷静なのが不思議だ。

 恐くないのだ。それは激情に支配されてのことではなく、勝てる相手に見えた所為だと思う。カイとチャムに鍛えられたことに感謝する。それが無ければもう完全に怒りに飲まれていただろう。

 唯一残った右手が掴み掛かってくる。左手のナイフを逆手に変えてカウンター気味に敵の右手を斬り裂くと、そのままに右手のナイフを腰溜めにして飛び込む。


「ギャヒィッ!!」

 右手を斬り裂かれた痛みに悲鳴を上げる暴猿(バイオレントエイプ)の胸の中央にナイフが入り込んでいくのがスローモーションのように見える。切っ先が吸い込まれ、ゆっくりと根元まで埋まる。身体毎ぶつけると、手首を捻ってナイフを抉り込む。

「ガアアァァァ…」

 切っ先から響いてきていた鼓動が不規則になり、失われる。


 目の前で命が零れ落ちていった。

アキュアルの戦いの話です。待望の戦いの中で彼は何を得るのでしょうか? それは次話に引っ張ってしまいました。すみません。この辺りは、って言うかこのエピソードそのものが心理描写に傾けている所為で全体に難産に苦しんでいます。情感を主眼にした話を書いてる人って大変なんだろうなぁ。

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