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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
黒狼の復讐

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見えない将来

 カラパル郷は一般的なごうだった。

 犬系の連の四つからなり、二百人近い郷民を抱えている。それぞれの連の距離感も程良く、バランスの取れた郷運営がされているように見える。現在は周囲の開墾作業に忙しく、アキュアルが急に姿を消したのに気付いている者は少なかった。だが、彼が四人の冒険者に連れられて帰ってきたとなれば騒ぎにはなってしまう。


「君たちがデデンテ郷の客人だったという冒険者かね?」

 カラパル郷の長を名乗るスクレトというハイイロシマイヌ連の獣人が尋ねてくる。

「はい、よくご存じで」

「スクレトはレレムをよく知っている。あれは立派な長だ。尊敬もしている。レレムを信頼しているからこうやってデデンテ郷の見学もせずに、彼女の言う通りにしている」

 以前の長会議で彼女と懇意にしてその人柄に感銘を受けたというスクレトは、何の疑念も抱かないまま郷の改革に乗り出した。実際に、初期に植え付けたナーフスは既に根を張り成長を始めているの見て、更に信頼度は高まっているという。

「そのレレムが君たちのことを絶賛していた。スクレトも信じたいと思っている」

「それはありがとうございます。ピルスのことが心配なので、郷に立ち入る許可だけ先にいただいてもよろしいでしょうか?」

「そうか。許可しよう。アキュアルを連れ帰ってくれたことを感謝する」


 急いで向かったアキュアルの家の前に着くと中からは泣き声が響いてきている。

「ピルス!」

「あんちゃーん!!」

 部屋の中で、アキュアルの衣類だろうか、それを掻き抱いて丸くなって号泣していた獣人幼女は、兄の姿を確認すると跳ね起きて飛びついてくる。

「ごめん…。ごめんよ、ピルス」

「ひっく、寂しかったわん。あんちゃん、急に居なくなっちゃ嫌だわん」

 激しくしゃくり上げる妹を抱いてやっていると、自責の念が込み上がってきていたたまれない気持ちになる。


(自分はピルスを放り出して何をしようとしていたのだろう?)


 心の底から湧き上がってくる復讐の念と親愛の情に板挟みになり、もう何をしたいのか解らなくなりそうだ。こんなに苦しまなければならないほど、この世は生き辛くできているのだろうかと誰かを詰りたくなる。


(違う! きっとムルクも同じような気持ちを抱いていたはずなんだ。なのに自分たちにはそんな素振りは全く見せずに笑顔を見せてくれていた。そんなことも解らずにアキュアルは…)


 自分の幼さ加減に嫌気が差してくる。

「ありがとう、姉ちゃんたち。アキュアル、すごい馬鹿なことをするところだった」

「いいのよ。私たちが先に気付いただけで、いずれ君は自分で気付いたでしょ?」

「解らない。アキュアルは馬鹿だから突っ走っていったかもしれない」

「そんなことは無いわ。ちゃんと解っているから、あそこでまごまごしていたのよ。止めてほしかった君を丁度止められる位置に居たのが私たちだったというだけ」

 それでも自分は幸運だったとアキュアルは思った。


 宥めているうちに泣き寝入りしてしまったピルスを寝藁台に横たえると、改めて恩人たちを家に招く。チャムが枕元に座ってピルスの頭を撫でてあげていると、断続的にしゃくり上げていた彼女の寝息も落ち着いてきた。

 フィノは台所を借りるとお茶の準備をして振舞う。勝手知ったる構造の獣人家屋に懐かしさを禁じ得ない彼女の顔には微笑が浮いていた。


 カイとトゥリオは大事無いのを確認すると、再び長に滞在の許可を貰いに行っていた。

 スクレトからは空き家の貸与を申し出られたが、広さ的に問題無さそうだったし心配でもあったので、アキュアルの家に滞在させてもらう旨を伝えて許可を得る。ついでに開墾地の様子を見学し、堆肥の詳しい作成方法を問われて注意点などを与えていく。

 今は兄妹を落ち着かせるには女性陣のほうが適任だろうと時間を潰している。急に大人たちに囲まれてしまっては、ピルスぐらいの子供はプレッシャーを感じてしまうものだ。

 何分、今のカラパル郷は変革の最中だ。時間潰しには事欠かない。トゥリオは柵の敷設を手伝い、カイも土魔法で穴を掘っていく。休憩時間にはいつもの体育会系ご挨拶もあり、打ち解けるのには時間は掛からなかった。カラパル郷は比較的温厚な連が多いと感じたが、休憩時間には休憩させてほしいと思ったのは内緒だ。


 そんな風に過ごして再びアキュアル宅に戻ると、隣に兄を座らせて手を繋いだピルスの機嫌は完全に直っていた。

 それどころかフィノの膝に納まった彼女は破顔してはしゃいでいる。フィノに姉や母の思い出を重ねているのかもしれない。子供には食事と同じように愛が必要なのだ。特に女性の母性に基づいた愛情が。


「ご機嫌だね、ピルス。僕はカイだよ。君は幾つ?」

「かい…? 四歳」

「四歳かぁ。お兄ちゃんが好き?」

「あんちゃん大好きだわん。かいは何する人?」

「そうだね。アキュアルの友達かな? しばらくここに泊まらせてほしいんだけどいいかな? お姉ちゃんたちも一緒だよ」

「やったー! 一緒だわん!」


 フィノに抱きついて喜びを表す妹の姿にアキュアルはホッとしていた。


   ◇      ◇      ◇


 夕食を済ませて後のひと時に、カイは思い出したように訊いてみる。

「君は幾つなんだい、アキュアル?」

「アキュアルは十歳だ」

「十歳か。人生を決めてしまうには少し早すぎるね」

「カイ、アキュアルはどうしたらいいんだろう?」

 真剣な顔で質問してくる彼の顔に内心の葛藤が表れている。捨てられない感情の波との争いに抗えないでいる。それ以外を捨ててきてしまったために捨てられなくなった一番大きな感情に。

「一緒に考えよう? 僕は君の感情を否定する気は無いよ。それも君には必要なものだ」

「待て、カイ! お前、復讐を肯定するのか?」

 慌ててトゥリオが止めに掛かる。

「トゥリオ。それは後で」

 トゥリオは更に何か言い募ろうとしてきていたが、騒音に妨げられる。大きな音を立てて扉を開いたのは年若い獣人だった。


「アキュアル、お前、郷を飛び出していったって本当か!?」

「シーグル」

 どうやら彼がアキュアルを制止していた、ムルクの幼馴染だという獣人らしい。シーグルはアキュアルに詰め寄ってくる。

「あれだけ相談しろと言っていただろう? 今は我慢の時なんだ。耐えれば将来さきがあると何度も言ったはずだ」

「ごめん…」

 既に打ちひしがれているアキュアルは反論の力もない。しかし、そこにカイは割って入る。

「そんな正論じゃ彼は止められませんよ?」

「何だ、お前は! 余所者が出しゃばるな!」

 アキュアルを掴む手を強引に解かせると、シーグルの矛先はカイに向いてくる。

「そうやってあなたがアキュアルを抑え込んできたから、彼は自分の感情の持っていき所を失ってしまっています」

「アキュアルが飛び出したのはシーグルの所為だっていうのか?」

「ある意味ではそうです。この厳しい地で生きる獣人族の精神は理解したいと思っています。同族の、そして家族の死をいつまでも引き摺っていれば生きていけないと。でも、それを子供にまで押し付けるのはいただけない。もっと寄り添ってあげられなかったのですか? 彼の姉のように」

「人族などがムルクを語るな! 何が解る!」

「うわ ── ん!」

 大人の争いを不安気に黙って見つめていたピルスが、限界を迎えて火が付いたように泣き出す。


「シーグルって言った? あなたは出ていきなさい! 幼い子供の前でその家族を問い詰めるようなことが大人のやること? それくらい解らなければ大人だなんて言わせないわよ?」

 チャムに一喝されたシーグルはその迫力に圧倒される。

「いや、シーグルは…」

「抗弁なんて聞かないわ。さっさと行きなさい!」

 彼もまだ十代半ばのはずだ。チャムの気迫に抗する術もなく、すごすごと去っていった。

 ピルスはフィノに頭を撫でられ、カイに宥められて嗚咽を残すだけになっている。アキュアルもひどく疲れた顔をしていた。

「アキュアル、もう休もうか。明陽(あす)、ゆっくり話そう?」

「うん」

「フィノ、頼める?」

「はい、ピルスは大丈夫です」

「ごめんね」


   ◇      ◇      ◇


 アキュアル宅を出て、郷民たちを騒がせない辺りまで歩く。二人だけにするのを危険だと思ったのか、カイとトゥリオだけでなくチャムも来ている。

 トゥリオも少し反省していた。彼がしようとしていたのは、シーグルと大差無かったからだ。それでも次にカイの口から出た台詞は聞き捨てならないものだった。


「トゥリオ。復讐はそんなにいけないことかな?」

カラパル郷に帰る話です。アキュアルはやりたい事とすべき事の狭間で苦悩します。まだ彼も理屈や体面を考えて行動できる歳ではありません。ままならないものに搔き乱され道を見失っています。そして道を照らしてあげるべき大人も…。

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