トゥリオの見せ処
報せを持ってスーチ郷へ戻るアサルトを見送って、ようやく騒動が収まったらしい隊商用地に足を向ける。人だかりの中心には商人たちが縛り上げられて纏められていた。
しかし、獣人たちもそこまでやったところで、この後をどうするのかは決められないでいる。何せ長会議と重なっているこの時、それだけの獣人を仕切れる人間などこの場に居なかったからだ。両者共に何らかの打開策も見出せないまま膠着している。
そこへ乗り込んでいったのはトゥリオだった。彼は獣人たちのほうへ向くと現状を伝える。
「ここの状況はフリギア王国の本意ではない。ここに居る一部の商人たちがつまらぬ悪事に手を染めていただけだ」
それでも獣人たちからはブーイングは上がる。彼らにとって、そこにどんな仕組みがあろうが人族のやることは人族の総意に見えてしまう。いきなり人族がしゃしゃり出てきても、この場を誤魔化そうと考えていると思われても仕方ないかもしれない。
「俺はフリギア王国デクトラント公爵家次男のエントゥリオだ。さっき、王国の政務大臣バルトロ・テーセラント公爵に現状報告をした。この状況を把握した彼は遺憾の意を示した。彼に代わってここは俺が頭を下げておく。済まなかった」
深々と腰を折って謝意を示すトゥリオに獣人たちはざわつく。まさか人族の、ましてや貴族が自分たちに頭を下げるなど思ってもいなかったのだ。
「新たに隊商用地に送る商会に関しては、今後は王国が審査を行う方針だ。だが、その対応には二~三巡は掛かると思ってほしい。それを踏まえて、今捕われている者の内、面接を行って幾人かは隊商用地の運営維持に当たらせようと考えている。それを了解してくれ」
ざわつきの中に不安と疑惑を含む声も混ざってくる。が、それらを払拭するようトゥリオは続けた。
「その前に一巡ほどで衛士隊が到着する予定だ。彼らによって罪の重い者は捕縛されて王国に連行される」
獣人たちの中には歓声を上げる者も居た。
「それまで働かせる商人に関しては俺自身が留まって監督する。正当な商いをさせるからそれで勘弁してほしい」
ここまで話を進めるとトゥリオを認める空気が強くなってきているのが感じられる。
「それ以降は担当商会の者が到着するまで衛士隊の責任者か誰かを選任して監督を行わせる方針だ。俺の考えではそれで問題無く隊商用地の運営は回るはずだ。どうだろうか?」
獣人たちからは賛意が届き、説得は何とか成功したとトゥリオは思った。当面、これで彼らに不便を掛けないで済みそうだ。
「次に悪徳商人共の当面の処遇だが…」
トゥリオは振り返って遠巻きにしている警護要員の冒険者たちの方を向く。
「お前らがやれ。捕縛者の監視と世話は責任持ってやるように」
「そう言われてもお貴族様、そんな依頼は受けてないんでできませんぜ。俺らが受けたのは商人たちの護衛だけでそれ以外のことをやっても1シーグにもならねえって分かってらっしゃいますか?」
少し譲り合うような様子を見せていたが、一人の年嵩の冒険者が進み出て言ってきた。
「なめんじゃねえぞ。俺だって徽章持ちだ。それがタダ働きだってよーく知ってるぜ」
「なら、話は早ぇ…」
「黙れ! 直接関与してないから無罪放免だと思うなよ? お前らも見て見ぬ振りした時点で同罪なんだよ」
「そんな馬鹿な話があるもんか! フリギアにそんな法律は無いはずだぜ」
興奮してきた冒険者は、目の前の男がフリギア貴族だと失念してるようで言葉がぞんざいになってきている。
「無ぇよ、確かに。だが、お前ら、レンギアに帰ったら冒険者ギルドに出頭するしかねえんだぜ。冒険者の社会貢献義務って覚えてねえのか? 犯罪を見逃したお前らはその義務違反ってやつに問われる」
「…くっ!」
「この事で王国は間違いなく冒険者ギルドに厳重抗議をするぜ。そうなりゃ、お前らはギルドの面子を潰したってことになる。どうなると思う?」
既に顔を顰めている冒険者が多くなってしまっている。彼らも馬鹿ではなかったらしい。
「お前らの社会貢献義務違反は徽章の中に刻み込まれて外れなくなる。護衛依頼やギルドの公式依頼は絶対に受けられなくなるぜ。残りの人生、魔獣と切った張ったでしか稼げなくなるな。そいつぁ楽しそうじゃねえか?」
いやらしい笑みさえ浮かべてトゥリオは脅しを続ける。どうせ護衛の冒険者は口止め料も兼ねて、依頼料とは別に包んでもらう算段になっていたのだろうから遠慮する必要はない。
「嫌なら情状酌量を勝ち取るべく、ここで貢献しといた方が良くねえか? それなら多少は口利きしてやらんこともない。さあ、どっちが利口か考えろ。別に逃げ出したって構やしないぜ?」
結局、冒険者全員が協力を申し出た。店舗の一つを軟禁場所に決めて、そこへ捕縛者を放り込み、交代で監視する段取りにする。だが、その前に面接して数名は使える商人を選出しなければならない。正直、トゥリオは面倒臭いと思っていた。
「手伝おうか?」
そこへ後ろでこそこそと始めていたカイとチャムが声を掛けてくれたので少しホッとする。
「実はあの後、ミルムたちに頼んでほとんどの店舗を回ってもらってたんだ」
「姿が見えないと思ったら、そんなことやってたのか?」
人族相手では対応を変えるかもしれないので、ミルムたちを使って独自に調査をさせていたのだと言う。
「じゃあ、ミルム、比較的まともな価格で商いをしていた人を教えてくれないかな?」
「はい」
ミルムは二十名は居る商人の中で七名を選び出していく。
「意外に居たわね。てっきり口裏合わせをしてるんだとばかり思っていたけど、彼らも一枚岩ってわけじゃなかったのかしらね」
「みたいだね。後の人物確認はトゥリオに任せよう」
「助かる。手が抜ける」
正直なところ、感謝しかない。この後はグダグダとつまらない言い訳ばかり聞かせられるのだと覚悟していたからだ。それでも言った以上はやってみせなくてばならない。
その時、こそっと近付いてきたフィノが小声で言ってきた。
「トゥリオさん、格好良かったですよ。見惚れちゃってました。獣人のこと、こんなに考えてくれてありがとうございますぅ」
「これくらいはお安い御用だぜ。任せておけよ」
「頼もしいです」
途端に元気になって舞い上がるトゥリオ。それがチャムの差し金だとは少しも思わない辺りが彼らしい。そうは言っても、言葉自体はフィノの本心だから、後々面倒臭いことにはならないだろう。
ただ、この後、自分一人が隊商用地に取り残されるとは思っていない辺りも彼らしいと言える。
◇ ◇ ◇
「トゥリオ、こっちの人はちょっと借りるね」
既に捕縛が解かれている七人のうちの一人を指し示してカイが言う。
「別に構わねえが、何かあるのか?」
「ちょっとお願い事」
その商人は、彼らが隊商用地に来た時に、小麦粉を買った商店の店主だった若い商人だ。彼を囲いの外に招いて、話ができる位置まで移動する。
「お名前を伺っても?」
「はい? ええ、キルティス・クラビットと申します」
皆が自己紹介を済ませて続ける。
「実は僕たちは今、こちらのデデンテ郷にお世話になっていて、そちらで商談があるんですがお付き合いお願いできませんか?」
「商談ですか? 私はただの隊商長をしているだけの人間ですよ?」
「今、必要なのはそういう伝手なのです。話を続けても?」
「それでしたら」
一応はキルティスが納得したようなので話を進める。
「あなたに商ってほしいのはナーフスです」
隊商用地の事後処理の話です。しばらく不遇をかこっていたトゥリオ君に活躍してもらいました。珍しく今回は従順な彼でしたが、あまり重用するとまた作者の手を離れて暴走するかも分かりません。あ、もうこの先の話に思い当たる節があるのに気付いてしまった(笑)。




