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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
帰ってきた少年
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諏訪田道場

 生活も少し落ち着いてきた頃、高校から一度帰宅した櫂は、以前は毎日の習慣であった諏訪田道場に足を向けた。

 安物のロードバイクに跨った櫂の背にあるリュックの中には母に持たされた菓子折りも入っている。その帰り道で消息を絶ったのだから、当然警察の事情聴取が道場に及んでいたのは間違いないだろう。

 しかし、失踪直後の家族には諏訪田道場に謝りを入れる余裕もなく、しばらく経ってから父が一言謝罪電話をしただけだった。久しぶりに顔を見せる櫂が自ら迷惑を詫びるのは当然と言えよう。


 道場主・諏訪田剛人は言うなれば格闘界の異端児だ。

 出身は極真空手で比類なき強さを誇ったが、フルコンタクトでさえ競技だと言って憚らず、自分の武技の在り方を貫こうとした。

 結果、はじき出されるのも然りとなり、その後は自己流の鍛錬を続ける。


 その過程で自分を確かめるように道場破りを繰り返した。

 飛び込む道場はその種類を選ばず、剣道場や居合い道場も含まれ、その全てに勝利してきた。

 道場破りと言っても昔ながらに看板を頂戴したり破壊したりするものではなく、ただ組手を望むものだったので大きな問題にはならなかったのだが、そんなことが続けば嫌われるのは自明の理。

 時を置かず相手にされなくなった諏訪田は道場を構えて、子供たちを集めて鍛えて糊口をしのぐようになる。特に問題を起こしてドロップアウトしかけているような子供が親の手によってその道場に放り込まれて現実を見させられるケースが多い。


 その諏訪田道場に於いて、自ら望んで道場通いをする流堂櫂のような弟子は珍しい。

 他の子たちにしてみれば「何を物好きな」と思うのだが、入門直後はともかく、あっという間に頭角を現し誰も勝てなくなった櫂の行動を揶揄できるような強者つわものも居らず、ほどなく諏訪田の一番弟子となった櫂だった。


 開け放たれた道場に入り、最奥に座している諏訪田の前で膝を折り一礼した櫂は声を掛ける。

「ご無沙汰しておりました、師匠」

「戻ったか」

「これは母よりの心づけです」

 封筒と菓子折りを差し出す櫂に、「余計なことを言わねばいいものを」と思うが迷惑料代わりとして受け取る。

「父母は息災か?」

「家族皆元気です。心労を掛けた身でそう言うのも憚られますが」

「その気持ちがあれば伝わるのが家族というものだろう?」

「おっしゃる通りだと思って甘えています」

「なら良い」


 諏訪田は40近くになるもまだまだ若々しい顔に人好きのする笑顔を浮かべる。そんな風でありながら対峙すれば剣呑さを感じさせるのが諏訪田という人間だ。


「明日からまた来るんだろうな?」

「よろしいんですか? 破門だと思っていたのですが」

「構わんよ。そんな尻の穴の小さい男に見えたか?」

「鍛えなおしていただけると嬉しいです」

 諏訪田の申し出は予想できるものだったが、実際にそれを聞いた櫂は本当に嬉しかった。

 ただ、その先に続いた言葉が油断した櫂を貫く。

「鍛えなおす必要があるのか? 何人か殺してきたようなツラ構えになってるぞ」

「……」

「言いたくなければ言わねばいい。一手合わせれば分かることだ」


 師匠の指示で予備の胴着を纏った櫂は、諏訪田と一礼を交わす。

「よろしくお願いします」

「来い」

 短い応えに櫂は構えを返す。

 左半身から拳でなく軽く開いた左手を突き出すような構えは諏訪田の教えたものではない。


「変な癖が付いてるな」

(だが隙は無い)

 そう諏訪田は感じる。

 それはそれで良いのだ。諏訪田の流派に定型の構えはない。そこからきちんと攻撃なり防御なりにスムーズに移行できれば何の問題も無い。


 極端な左半身は、武器を持つ敵手に適応した形に見える。しかし開いた左手は打突時の握り込みに一瞬の遅れを生じされると懸念される。

 自分の一番弟子がそんな効率の悪いことに気付かない訳がないと知る諏訪田は、そこに潜む理由を推量できないでいた。


 瞬時に踏み込んできた櫂にカウンターで左拳を送り込もうとすると、その軌道は簡単に逸らされた。

 突き出した左手を擦らせて攻撃を逸らした櫂がそのまま肘を打ち込んでくる。堪らず右半身にスイッチして躱すと、通り抜け様に今度は右肘が飛んできた。

 何とか飛び退いて躱したが追い打ちは来なかった。


 櫂の戦法は腕の長さの距離で攻撃を送り込んでくるものだ。それより離れれば仕切り直す。やはり武装した相手に対する、より実践的な型に変化していた。


「解った。今日はもう良いだろう」

「ありがとうございました」

 櫂が一礼して離れる。


 死線を潜り抜けてきたようなその拳に、背中に嫌な汗をかいている。

 もう一段考えを進めなければ彼の前に立つのは難しそうだ。いずれは、と予想していたがこんなにも早くその時が来るとは思っていなかった諏訪田はそっと苦笑いを浮かべるしかない。


 その事実は武人として師匠として嬉しいものでもあるのだった。

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