猫人間
チャムが通りがかった、その小屋に毛が生えた程度の家屋からはずっとそれが聞こえてくる。
表現するならば、「にー」とか「みー」とかそれらが入り混じった大量の鳴き声のようなものが。好奇心に駆られたチャムは、そっと扉を開く。
「猫人間!?」
決して猫獣人のことを指しているわけではない。猫の集合体で人の形が構成されていたのだ。
具体的には仔猫の集合体で。しかも、その猫人間は話し掛けてきた。
「あれ? チャムも来たの?」
目を丸くしているチャムに猫人間はカイの声で訴えかけてきた。
「自分じゃどういう状態か解んないから、程よく剥がしてくれないかな?」
「なんでこんなことに?」
「僕が訊きたいよ」
頭辺りを剥がしてみると、確かにカイの顔が現れた。
剥がされた仔猫は今度はチャムの身体によじ登ってきつつある。
「ここは何なの?」
「解らない。中にはみっちり仔猫が詰まっていたんだ」
カイ曰く、チャムと同じく興味を惹かれてそこを覗いたらしい。大量の仔猫を発見した彼は何気なく家屋の中に入り、仔猫を愛でようと中ほどに胡坐をかいたら一斉によじ登ってきたと言うのだ。
「振り払うわけにもいかずに放っておいたらこんなことに」
「何なのかしら? この仔猫たちは人肌に飢えているの?」
「あら、どうなされたんです?」
二人が首を捻っていると第三者の声が掛かる。
事情を聞いたレレムはケラケラと笑いだして中々治まらなかった。
レレムに訊くと、この家屋は仔猫部屋と呼ばれるのだそうだ。生まれた仔猫は当然母親の手によって育てられる。
ただし、獣人の授乳期間は極めて短く、ほんの二~三往なのだそうな。急激に発達した仔猫の胃腸は固形物を受け入れるようになる。その期間を過ぎると母親は狩猟採集や家事に戻り、昼間は仔猫をこの仔猫部屋に預ける仕組みらしい。
仔猫部屋には担当者が決められていて、一陽に数度、肉や野菜、ツレ芋を柔らかく煮込んだ離乳食のような料理を与えに来ると言う。
「なるほど。ここは保育部屋なんですね?」
「そんな感じです。仔猫たちは大人が構ってやらなくとも、こうして纏めておけば自分たちで遊んでいるのです。その中で生まれる社会性というものもあるので意外とこの期間は大事なのですよ?」
そして、カイの今の状態に関しても言及してくる。
「実はこれはあまり外の方には話さないんですけど…」
猫系に関わらず、獣人にはある種の匂いが感じられるそうだ。その匂いはそれなりの強い力を持ち、かつ自分たちに絶対に害を与えない好意を持った者ほど強く発しているらしい。マルテが言っていた「匂い」はこれを指していたのだ。
仔猫部屋に入ってきたカイの発するこの匂いに強く釣られた仔猫たちは我先にと彼にたかったのだ。
「あなたはあのゴワントにさえ勝利した強者。そのうえにどうやらレレムたちに非常に好意を抱いてる様子。仔猫たちにはあなたは御馳走以外の何物でもなかったと思いますよ」
未だ顔以外は仔猫に覆われている状態では反論の余地がない。ちなみにリドは脇にはじき出されて、さっきから「ちー! ちー!」と抗議の鳴き声がけたたましい。
「そんな理由なので、このことを外で口にするのは暗黙の了解で禁じられています」
「なぜ? そんな匂いがすると言われて嫌がる人は居ないんじゃないかしら?」
「これを知られて、逆に仔猫にそっぽを向かれたら、そういう人だという結果になってしまうからです。人格に関わる部分を否定されれば、それはトラブルの元にしかならないでしょう?」
「あー、それはそうよね。ごめんなさい」
「別に謝るようなことではありませんよ?」
クスクスと笑いながらレレムは言い、この話はここまでになった。
この後、頭の分の仔猫をチャムに引き受けてもらい、リドの場所を確保したカイは心行くまで仔猫たちを愛でたのだった。
◇ ◇ ◇
「狩りに行くにゃ」
その陽はマルテからのお誘いがあった。
獣人たちも非常に不慣れな客人の扱いに戸惑い対応に苦慮していたところがあるが、そんなことは彼女はお構いなしだ。
遊びたい時は押しかけ、眠くなったら膝に入り込み、お腹が減ったら何かをねだる。こう聞くとぶしつけで困る相手に思えるかもしれないが、四人にとっては変に遠慮されるよりは距離が測りやすい。
何かと噛み付かれるフィノにとっては少々腹立たしいところもあるのだが。
数名の若い獣人たちと密林に向かう。
彼らは走って狩場に向かうのだ。カイ達もトレーニングがてら一緒に走ると彼らは驚いたような呆れたような顔を見せる。人族が身体能力で自分たちに付いてくるなど予想だにしていなかったらしい。
セネル鳥たちは不満気だが、獣人たちとの距離を詰めるには丁度いいと思っていた。
密林入り口に着くと若い獣人たちはそれぞれナイフを手にして入っていく。四人はとりあえず様子見に彼らの戦い方を観察させてもらう。不用意に混ざって戦おうとすれば無駄な混乱を招き、最悪お互いを攻撃してしまう恐れもある。それを避けたいチャムからの提案だった。
密林内で彼らは非常に巧みに戦っている。
樹間の狭い密林では大振りな攻撃はできない。コンパクトな振りで素早さを活かし、更に樹林をも足場にすることで三次元的な攻撃を繰り返す。これには頑強で走るのも速い魔獣も傷を増やしていくしかなく、いずれ倒れてしまった。
これは冒険者の戦い方とは全く違う。基本的に陣形を用い、主火力を魔法に位置付ける冒険者は二次元的な戦いになる。そのために敵を引き付けておく盾役が生まれ、足留めされた敵を攻撃する方法が主になったのだ。
戦い方が大きく異なる両者が共同戦線を形成するのは困難かと思われたが、獣人たちを高速の前衛に見立てることでそれは解消される。トゥリオがいつも通り盾を前面に立てて魔獣の群れの出足を止めると、次々に獣人たちが攻撃しては退きを繰り返す。それで倒せるものはそれで良し、警戒して塊になった群れの残りにはフィノの魔法が炸裂した。
彼らはいつもより効率的な狩りが成功すると共に、打ち解けていくのだった。
「大きな群れが来るよ」
それまでは十頭足らずほどの群れの相手をしていた彼らだが、今回はそうはいかない。
吠え声を響かせて迫ってくるのは暴猿の群れだ。
「マルテとペピンで枝を伝ってくる奴を地面に落として! バウガルとガジッカはそれを倒す!」
マルテと同じヤマシマネコ連の少女ミルムが指示を飛ばす。ペピンと呼ばれたのはシロネコ連の少女。同じくシロネコ連の少年バウガルが下で待ち構える。もう一人はキイロオナガネコ連の少年ガジッカだ。
「あっちに進路を曲げるわよ」
「はい!」
チャムは近くに居たペピンに声を掛けて誘導方向を指示する。
枝から跳ねて襲ってきた暴猿を一閃の下に両断する。ペピンも手傷を負わせて叩き落とし、後続の群れに避けさせることで進路を変えさせる。その先に待っているのはトゥリオの盾とその後ろのフィノの火力だ。
この頃にはもうチャムも樹上戦闘に慣れてきている。マルテとミルムも連携良く暴猿を追い込んでいる。フィノが掲げたロッドをクルリと回して発動準備が整った合図を出すが、少し間延びしてしまった群れが魔法一発での撃破が困難なことを示唆している。
盾に向かって狂乱状態で突き進む暴猿は、横合いから現れた新たな獲物に目標を変更した。先頭の三頭が一気に襲い掛かる。
三連の肉を叩く鈍い音が鳴り、吹き飛ばされた暴猿は或る個体は樹幹に激突し、或る個体は地面を跳ね飛んで行きしてそのまま動かなくなる。
その腕にごつい武具を装備した新たな敵は残りの暴猿にたたらを踏ませるには十分な衝撃を与えた。
「爆炎球!!」
その決定的な隙にフィノが放った紅球が突き刺さり、巨大な爆発を引き起こす。半数以上がそれで爆死し、残りのもうろくに動けない個体も獣人たちとチャムで止めを刺されていった。
大成果に獣人たちは喜びあっている。カイたちとも手を合わせ、勝利を分かち合うと暴猿の死体を回収して密林を出る。既にいつに無い結果は出しているのだ。
これ以上の殺生にはあまり意味がない。
◇ ◇ ◇
「みんな集まるにゃ」
密林から距離を取ったところでマルテが集合を掛ける。口々に疑問を呈しながら皆が集まると彼女は告げてきた。
「カイたちに美味しいもの、食べさせてあげるにゃ」
「僕たちにかい?」
マルテは背負い袋から黄色い果物を取り出して差し出してきた。
「どこから持ってきたの、マルテ!?」
「倉庫から勝手にひと房だけ貰ってきたにゃ」
「ダメじゃないの、それ! ミルムたちみんなが怒られちゃうわ」
ミルムがマルテの悪さを窘めに掛かっているが、それはカイの耳には入ってこず、彼を固まらせていた。
(これ…!)
カイは心の中で快哉を叫ぶ。
(バナナじゃないか!)
仔猫部屋の話です。本当は猫達磨にしたかったのですが、達磨の定義が難しかったので断念しました。そして獣人達の食事情に新たな展開です。




