討伐完了
態勢を崩した俺に、ピンク魔人の右腕のラリアットが
襲い掛かる。
何度も戦って予想していた動きに
目を閉じて、思いっきり身体を後ろにのけぞる。
イナバウアーみたいな態勢だ。きっとニートじゃなかったら
スケート選手に俺はなっていたかもしれない。
パーカーの胸部分が若干焼かれたが
何とか避ける事ができた。
後ろに飛びのいて距離をとる。
くそっ、外すとは。
ぐぬぬ。じゃあこれならどうだ。
青柳さんから貰った霊水をバット全体に思いっきり振りかける。
そして再び、俺に殴りかかってくるピンク魔人の右腕に向けて
再びバットを振り下ろす。
当たった。
「ぐ……」
ピンク魔人の嗚咽が漏れ、怖気づいて若干背後へと後退する。
だが浅いバットに伝わった振動は
太いゴムを全力で叩いたときのようだ。
クリティカルヒットしたときは、もっと金属を叩き割るような
凄まじい手ごたえがある。
くそー。こんなことなら先週この仕事やめときゃよかった!!
俺は後悔しながら、青柳家の広い庭を逃げ回る。
ピンク魔人は、今当たったダメージなど無かったかのように
俺を追い回している。
ふと窓を叩く音がして、青柳家の二階をみあげると、
青柳のおじさんがバケツを手にもって手招きをしている。
オッケー!!把握しましたよっ!!
俺はおじさんの居る二階の窓の下まで逃げてくる。
ピンク魔人も追いかけてきて、俺はギリギリまで奴をひきつけ
そして窓が開く音とともに、飛びのいた。
二階から大量の水がピンク魔人の頭上に降り注いだ。
霊水だろう。俺にもかかったが、俺は呪われていないから問題ない。
彼女居ない歴=年齢の身体も神聖な元ニートである。
ただ望んでこうなったわけじゃない。不名誉な神聖さである。
呪われてもいいからむしろ教えて欲しい、
彼女ってどうやって作るんですか!
シューシューと焦げた音を立てているピンク魔人を二階から
見た青柳さんは
「やったか!?」
と二階から確認してくる。
……たぶんまだだろう。俺は
「窓をしめてください!!」
青柳さんが言われたとおりに素早く窓を閉めると
二階の窓の前まで飛び上がった
皮膚全体が焦げて溶け出し、さらにゾンビみたいな恐ろしい見た目になった元ピンク魔人が
窓越しに室内を恐ろしい顔で睨みつける。
このままでは二階に居る青柳さんが危ない!!
俺に注意を向けるべく叫ぶ。
「山花次郎左衛門滅ぶべし!!」
「ウぬは滅ス!!!!」
五メートル以上の高さから直線で物凄い速さで飛んでくる
元ピンク魔人を俺はやぶれかぶれで
バットの先を突き出して激しく元ピンク魔人の突き出した右拳を突いた。
その先から金属をへし折っていくような激しい衝撃が指先に伝わる。
「!!?」
元ピンク魔人は俺のバットによって、右拳の先から綺麗に二つに裂けていって
やがて空中ではじけるように消えた。
「や、やったのか?」
釈然としない俺は、その場で立ち尽くした。
青柳さんが家の勝手口から出て駆けてくるのか見える。
その後、原付で駆けつけた瑞恵さんも交えて、
青柳さんの家の居間で、今回の件の事後処理と検証をした。
「ふーん、ニート君は今回も生き延びたのね」
「ちょ、やめてくださいよ。マジでギリギリだったんですから」
本気で嫌がる俺の二の腕を隣に座った瑞恵さんはニヤニヤと肘でつつく。
「いやー、よくやってくれたよ」
青柳さんはよく冷えたお茶を三人分ちゃぶ台に置いた。
「さっそくで悪いですが、彼はバットで突きました?」
「二階から見たからから、正確ではないかもしれないけどそうだね」
「いや、俺の報告信じてくださいよwww」
「社会に出たこと無い人は黙ってて」
「はい……」
瑞恵さんはこういう検証は厳しいのだ。
何でも多角的に分析したいらしい。
意味があるかはよくわからないけど。
「そうか……先端に何らかの呪術がかかっているのね」
「このバットって霊体に効果あるの先っちょだけなんですか?」
「そうみたいね。早めに分かってよかったかも」
それでフルスイングした時にスカッたのか。
先っちょを上手く当てないといけないのか。
「霊水は効きましたか?」
手元のバットを眺め回している俺は無視して
瑞枝さんは青柳のおじさんに訊ねる。
「そうだね。けっこう効いたよね。ね、和明君」
おじさんがウインクして俺の弱い立場を助けてくれる。
「めっちゃ効きましたよー。ナイスチームワークのファインプレイでしたよ」
俺たちは二人でガッツポーズをする。
「バケツ一杯分で皮膚を焼く量か。ふむ……これは使えるかも」
瑞恵さんはクイッと指でメガネの角度を上げて
一人で、何かを思いついたようだった。
もちろんこちらは見ない。
青柳のおじさんも両手をあげて"ダメだこりゃ"
と微笑む。
二人で「ご協力ありがとうございました」
と頭を下げて、玄関をガラガラと閉める。
原付で颯爽と帰っていく瑞江さんの後ろ姿を見ながら
俺はチャリンコにまたがり、ゆっくりと山道を下る。
村の財政的にガソリン代は一人分しか出ない。
そして瑞恵さんはそれをほぼ全て研究費にまわしている。
なので節約のために彼女は原付で、俺はチャリンコなのである。
ん、給料いくらだって?
一月十三万だよwwwwwボーナス?んなもんねぇすよwww。
命の危険がない分、ふつうにバイトした方が割りがいいような気がするんだが……。
それを言うたびに村のみんなから退職を止められている。
「一応、正社員待遇で、保険料や年金がある分マシだ」
と皆言うのだが、何か腑に落ちないような気がしてならない。
もしかしてブラックなんちゃらな環境なのではないだろうか……。
……うん。多分気のせいだろう。俺の精神衛生的にもそう思おう。
呼び出されるまでマイホームでゲームとネットし放題だしな。
働く時間自体は短いのだ。いや、短い気がする……。
張り込み二日間とか、長いときは酷く長いが……。
山道を抜けて、農道へと出た俺の自転車は
春の空気を目一杯浴びながら、
自宅へと走っていく。




