仕事
途中までチャリを漕いでいたが
しんどくなって、俺は降りてそれを押し始める。
ほんと、春もはよから何やってるんだろうな……
周りを見回す、寒いので桜の花はまだ咲いていない。
ふーめんどくせぇなぁ。
しかし!!唯一の収入源であるこの仕事を諦めるわけにはいかんのだ!!
今更まっとうな職に就くのも何かアレだしな。
よくわからないやる気が出て
俺は再び、団地の長い坂道をチャリにまたがり登っていった。
生ぬるい風が頬をなでる。
登りきった後に大きな十字路を右に曲がれば二丁目だ。
和江おばさんの家はさらに奥地の景観がよい場所にある。
元地主の一人なので、よい場所に家を建てられたのだ。
「お、あったあった。山花っと」
この地域では見慣れた表札を見つけて
俺はガチャっと門を開けて入った。
きっちりと盆栽や花壇の花が並び、よく手入れされた庭である。
家の玄関外に設置されたチャイムを鳴らしてた。
中でドタドタと人が出てくる音がする。
「どうもーっ。山花ですけどー」
ガチャリと玄関が開く音がして、
「お、和明やないか。どしたんや?」
とふくよかな中年のおばさんが出てきた。和江さんである。
ちなみに俺は山花和明と言う。もちろん全て仮名である。
「このバットなんすけど、これ、どやってつかうんすか?」
俺は背負っていたバットを縦にもって和江さんに見せる。
「ああ~。それねぇ。納屋から出てきたやつやわ。
お父さんいたらわかるんやけどねぇ……」
「おじさんは出勤中?」
「会社いっとるわね」
確かにまだ正午前だから当たり前である。
「そっすか。おばさんはこれ、使うとしたら殴ると思います?」
「ジロザエモンさんのアレやろ?」
六代目関連のことを集落の人たちは皆「ジロザエモンさんのアレ」という。
様々な呪いに付き合いなれているので愛着さえあるらしい。
「そっす。去年から俺も担当なんで」
「そやねぇ……殴るんやないかねぇ……」
「ういっす。とりあえず殴ってみまっす」
「和明、張り切りすぎて無理したらいけんでぇ?」
「あざます。がんばりまっす」
最近まで小遣い貰いまくってたのもあって、
俺は親戚たちに頭が上がらないのだ。
「瑞江さんによろしくねぇ」
「ういっす。伝えておきます~!」
俺はそそくさと和江さんの家から退散した。
瑞恵さんは都会帰りの大学院卒で、何やら俺のよく分からない
民俗学と言うものにも詳しくて、集落の皆から頼りにされている。
要するに彼女が頭脳で俺が手足みたいな感じだな。
うん。我ながら中々いい例えだわ。
チャリにまたがり、近くの団地内の中央公園まで突っ走る。
自販機から缶コーヒーを買いつつ、瑞恵さんに報告のメールだ。
「おばさん使い方分からず。とりあえず殴る」
と短い文を送ってベンチでコーヒー飲みながら待っていると
「了解。死ぬなよ」
と不吉な文面が帰ってきた。死なねぇわwwww
……いや、死にたくないです……
ほんと洒落にならないんで……。ほんとそういうの止めて……。
団地の公園からチャリを再び走らせて
俺は底なし沼を目指す。
ここからなら、北の四丁目をから降るのが早いだろう。
そのまま農道を突っ切って
外れたところにある山の中に入っていき、
山道を少し上へ登れば、青柳家がある場所だ。
山林の開けたところに一軒だけあるその家は
何も知らない人たちが見れば、
羨ましく思うような場所に建てられている。
とても広い庭の先には一望とまでは行かないが、
集落のほぼ全ての場所が見渡せる景色が広がり、
敷地の中には、横幅の広い大きな二階建ての家が立っている。
毎度思うのだが、青柳さんたちはメンタル強いわ。
脱サラして買った家と、六代目の呪いを天秤にかけて
ここに住み続けることを選んだんだからな。
集落に住む俺ら山花族に一目置かれているのもよく分かる。
とりあえず俺は、青柳家のインターホーンを鳴らす。
「どもーっ。山花ですー。瑞江さんから言われてきましたーっ」
ガラガラガラと玄関が横に開けられ、
血色の良い顔にウェリントンメガネをかけ
耳まである白髪を横分けにした六十弱のおじさんが出てくる。
いかにも作家といった知的な雰囲気だ。
「おお、和明君。わるいねぇ」
「いやいや、仕事っすから」
俺はとりあえず、おじさんの勧めに従って
家にお邪魔して状況を聞くことにした。
「で、どうなってるんすか」
「裏手にある沼に出た」
「ですよね。どんな感じですかね?」
「でかいねぇ……ちょっと、まずいかもしれない」
俺は驚きで少し身体を引く。様々な呪いを見てきている
強心臓な青柳さんの口から
まさか"まずい"と言う言葉が出るとは思わなかった。
聞きたくないけど一応聞いておこう。
「どんな形ですか?」
「こう……靄がかかって見えないんだけど
遠くからおぼろげに人の形をしているのは分かるよ」
「……!!」
「すいません。ちょっといいですか」
俺は青柳さんに断って、瑞江さんに電話をかける。
「瑞恵さん……大きな人型だそうです」
「……まずいなぁ……知能が無ければいいけどねぇ」
人型+巨大の場合碌なことにはならないのは
我が集落の先人達の様々な犠牲によって分かっていることだ。
形式が生物から遠いほど扱いも容易くて
逆に遠くなるほどに難しい。と俺もガキのころから耳にタコができるほど
集会で酔っ払った大人達から聞かされてきた。
「とりあえず接触してみます」
「了解。葬式はまかせとけ」
「いや、ちょ……」
そこで電話を切られた。
何度も言うけど元ニートにも人権はあるんですよ!!
人は鉛の玉ではないんですよ!!
うな垂れている俺の肩を青柳さんが優しく叩く。
「使えるか分からないけど、これもってって」
「水……ですか?」
綺麗なガラス瓶に青い水が三分の一ほど入っていた。
「霊水だよ。けっこう効き目はある。
我が家ではファ○リ○ズの変わりに除霊に使ってるやつ」
うむ。○ァブリー○というのが少し危うい気がするが。
貰えるもんは何でも貰うのが、ニート歴の長い俺のいいところである。
俺は持ち前のナイススマイルでガラス瓶を受け取ると
仕事場へと決然と向かっていった。
青柳さんと家の裏手に回り、
そこから生い茂る山林の間にある小道を五分くらい上がると
緑色の巨大な沼が見えてくる。
……たしかに全体がピンク色のもやに覆われてるわ。
「青柳さんは、三十分して俺が戻ってこなかったら
瑞江さんに連絡お願いします」
頷いた青柳さんは、こちらを心配そうに振り返りながら
ゆっくりと元来た道を帰っていく。
さぁ、どうすべか……。
モヤ殴ってもしかたあるまいよ。
俺がそう考えながら沼を見ていると、次第にモヤが中心部に集まり
人のかたちになっていく。
バットを両手で握り締めながら、注視していると
上半身筋肉ムキムキでスキンヘッドの全身ピンク魔人みたいな形に固まっていく。
「……」
顔の形がはっきりしたピンク魔人はその堀の深い
黒人ボディビルダーみたいな厳つい顔で俺に
「ウぬハ、我が仇カ。否か」
と野太い機械合成音と肉声が混ざったような
不快な声で訊いてくる。
いつものことだ。こいつはまずは選り分けから入る。
「さぁ?どっちすかね」
すっ呆けると、沼の中から大量の小石が飛んできた。
バチバチバチッと激しい音を立てて、俺が立っていた場所の地面に穴を開ける。
ほんと、いつか死ぬんじゃないか俺は。死んだら間違いなく天国だな。
と思いながら、事前に五歩横ほどずれていたので
何とか当たらなかった。
別に運動能力は高くはないし、体力も人並み以下だが
経験って言うのは大事だと思う。さすがに一年もこれしてたら何となくコツが分かる。
問題は予測不可能なものが来たときなんだが。
「ウぬハ、我が仇カ。否か」
もう一度だ。今度は斜め後ろに下がるか。
藪蚊もそろそろでるからなぁ……。
沼の周囲は草が狩られているとは言え
飛びまわれるほど広くは無い
少し下がれば草むらである。
「どすっかねー。優柔不断でね」
そこらじゅうの草が鋭利な刃物になり俺に襲い掛かる。
ジャンプしたが右足が間に合わなかったようだ。
お気に入りのジーンズがズタズタである。
っていうか沼の中心地に居座ってるから距離があるなぁ。
動かないことには殴れない。
しゃあないな……。
「ウぬハ、我が仇カ。否か」
「我は貴様の主で山花次郎左衛門の仇であり、山花を憎むものだ!!」
「……あイ分かッた」
ピンク魔人のその言葉と同時に、
俺は山道を全速力で駆け下り始めた。
青柳さんには悪いけど、あの家の庭は広い。
バットをフルスイングしても大丈夫なはずだ。
多分、過去の経験から推測するに
あいつはロックオンしたらどこまでも追尾してくるはずだ。
「すいませーん!!連れてきちゃいましたー!!」
びっくりして家の勝手口から飛び出てくる青柳さんに
「庭でやります!!中に居て、窓全部しめといてください!!」
(余談だが窓鍵閉めは、霊体入れないのに意外と効果あるぞ。やってみろ)
と大声で断って、バットを握り締め
広い庭の中心部に立つ。菜園などは脇の方にあるし
遮蔽物がまったくないので、ある意味どこからでも狙い撃ちにされる状況だが
下手に隠れるよりはるかに安全であるというのは、
経験でなんとなくわかっている。
さぁ、問題はどこから来るからだ……。
と集中していると
バッドを握り締めている右脇の下から
"カタキハコロカタキハコロスカタキハコロス……"
と小さくさっきの不快な声が聞こえてくる。
瞬時にすぐ横に飛びのくと、ちょうどそこの地面から
ピンク魔人の巨大が俺を突き破らんばかりの勢いで飛び出してくる。
あぶね。下からか!!まぁ分かってたけどね!!(冷や汗)
上空2メートルに浮かんでいる魔人に
俺は7メートルほど距離を取り、
バットで殴りつける時を待つ。
何とかに飛び込むなんちゃら虫みたいに(すまん。頭悪いから忘れた)
バットを構えている俺にピンク魔人が飛び掛ってくる。
今だ!!
「うりぁあああああああああああ!!!」
ブンッ!!と魔人の頭めがけて当たったはずの
腰の入った会心のクリティカルフルバーストホームランスイングが
全力で空を切って、魔人の身体をスカッた。
「え……えぇぇ……」
予想外すぎて俺は変な声が出る。




