第九話「見透かす者」
思えば悪魔は気が長かった。
最初の約束通りの、厳しい悪魔の言葉が辛くなり、幾度も醜く悪魔を罵り、責めた自分を、常に最後は許してくれた。もしカラスが悪魔の立場なら、とっくにカラスの願いを放り出しているだろう。悪魔の表面的な態度は優しくないが、自分が気付かないところでも助けてくれている。
カラスは何かあるたびに、悪魔の心の美しさと、自分の醜悪さを比べた。時に顔を見るのも嫌になり、悪魔本人に八つ当たりをしたが、悪魔は微笑んで言うのだ。
「そうやって本心だけを口にしていればいいものを、隠せないなら隠すだけ無駄なんだ。私に腹が立つなら、いつでも、いくらでも言えばいい」
みじめだった。悪魔はカラスを同等に扱うが、カラスは悪魔がたどり着けない雲の上にいるのだ。
みじめな自分を誤魔化すために、カラスは友達をたくさん作ろうと思った。自分の価値を高められる、唯一の方法と信じた。
悪魔は、とても冷たい雰囲気を持っていた。紫水晶の瞳がそう見せるのだ。不遜な態度で、マイペースにお茶を飲んでいる姿も災いする。カラスはカラスの友達に言わなければならない。
「あぁ見えて、あいつは優しいんだ。確かに多少キツいところはあるけれど、あれほど素直な奴もいないくらいだ。でもな、態度が大きいからすぐ誤解されてしまってな。フォローするのも大変なんだよ」
「へぇ、カラスも大変だな」
「別に。私はあの悪魔が大好きだからな」
そうだ。カラスだって悪魔を助けているではないか。悪魔とて誤解されやすいのだから、カラスが守ってやらなければ嫌われ者になってしまう。
これはお互い様なんだ。ああそれに、社交性のない悪魔の面倒を見てるのは自分じゃないか。
ならば、世話をしているカラスの願いを聞いてくれてもいいだろう。人の役に立ちたいという素晴らしい願いを、断る理由がどこにある。礼儀礼儀とうるさいが、悪魔こそ礼儀がなってないのではないか。
「お前は、価値観というものが万人共通だと、思いたくて仕方がないんだな」
「私の友達にまで大きな態度でいるお前を、なんとか良く見てもらいたいだけだ」
「それはこの俺が、お前の友達に、何か失礼なことをしているということか?」
していないとでも思っているのか。それとも、悪魔こそが自分が正しいと「思いたくて仕方ない」だけだろう。
カラスは不機嫌に悪魔を見やった。
「ならば、その友達に謝罪をしておこう。誰が怒っていたのか、教えてくれ」
「皆だ。皆。皆が言ってる」
思わず偽ってしまった。本当は誰も言っていない。カラスが愚痴をもらすのを、ただただうなずいて賛同しているだけで、「そうは見えないのにね」「優しいと思ってたのにね」と、残念がりながら悪魔を褒めるのだ。
悪魔は、動揺して慌てふためくカラスに、くつくつと笑った。
「その皆に、俺が謝罪すると言えば、お前はどうするつもりなのだろうな?」
カラスは硬直した。見透かされている。どこまで?
「お前、俺が何も知らないと思っているのか、それともこれも、思いたいのか。どこまでも愚かな事だ。お前はなぜ、自分の長所を見ようともせずに、他者を貶めて成り上がろうとする。その心に、美しい光は存在しているのに、自ら光が洩れないようにと閉ざす」
「うるさい! そんな光なんて私にはない。ないものをあると言って、私を惑わし、私に迷惑をかけ、私より悲しい過去があるのを口にして、私から甘えることを奪い、力だって少ししか与えてくれないから、結局今までと変わりない」
以前に感じた嫌な気持ちが鮮明になっていく。特別なものになりたいのだ。誰からも必要とされる自分に、なりたいだけだ。もがいて、戦っている自分は、これ以上なく頑張っているではないか。
報われたい。不幸な自分。汚い自分。どうしても逃れられないものを抱えて、必死に生きているのだから、幸福を与えてくれて良いはずだ。
身の内に、暗い炎が灯っているのを、カラスはついに自覚しようとしなかった。
悪魔は罵倒されるままに罵倒され、嘴で体中を突付かれようと、最後まで抵抗ひとつしなかった。