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鴉と悪魔  作者: 勝月
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第六話「涙する者」

 年月が過ぎ、少女の一番上の息子が十歳になる頃だった。少女の夫の父、あの祭りで二人の結婚を発表した農夫が、嵐の夜に大怪我をして倒れた。意識は戻らず、村にただ一人の医者も助からないだろうと言った。


「天使様! 天使様、いらっしゃいますか!」


 必死の叫びが、降りしきる雨の中で響く。悪魔は聞いたことのない少女の声に驚いて、すぐに姿を現した。


「義父を、義父を助けてください! そのためなら私の命と引き換えにしてもいいんです。お願いです、天使様」


「落ち着け、大丈夫。君の心の叫びは神に届いている。神は私に、君が助けを求めたら救うようにおっしゃられた。すでに君の義父に忍び寄る死の闇は打ち払った」


「ほ・・・・・・本当ですか」


「私は天使だ。ウソなんてつかないよ」


「ああ、あぁあ天使様、天使様!」


 小柄な少女の体を、悪魔は優しく抱きしめて、あやすように背をなでてやる。


「けれど、本当に彼を救うのは君だ。先ほど、神より命を受けた。君には癒しの力を授けよう」


「え?」


「神の力、その一滴とはいえ分け与えるのだから、これは君の愛する人々のために使って欲しい」


 悪魔は少女の体を放すと、羽根を一枚彼女の中へと飛ばした。少女はこみ上げる熱さを感じたが、それもすぐに消えた。


「彼の苦しみを取り除いてあげなさい。君が願えば、神の力が君を助ける」


 少女自身、魂に宿った力を感じているのか、礼を言うと急いで家へと戻った。


 農夫は少女にとって本当の父親に等しかった。少女が10歳の時に、両親が相次いで病に倒れた。悪魔が少女に出会ったのはその直後からで、村人は皆少女を愛しんで育てたが、とりわけ農夫とその家族の愛情は深かった。


 少女が祈りの言葉を唱えながら農夫の手を両手で握ると、農夫の傷は見る間にふさがり、苦しみに呻いていた顔はおだやかさを取り戻し、静かな寝息を立てた。家族も、集まっていた村人も、奇跡を目の当たりにして驚いたが、皆が愛する慈悲深き少女が、神に認められたのだと納得をした。


 それからの少女は、医者ではどうすることもできない病人・怪我人を癒してまわった。天命のために死んでいく命を救う事はできないが、生から死へと転じるまでの痛みと苦しみを取り除き、安らかに天へと送ってやった。


 噂はやがて、周辺の町にも広がり、少女の日常は変化した。


 けれど、少女の人格は純粋なままだった。裕福ではないので、隣の村や近隣の町へ行くため、必要最低限は依頼者にお願いしたが、報酬の金銭は受け取ろうとしなかった。少女の家族も、神に感謝する日々を大切にした。


 少女はより多くの人々に愛され、慕われた。少女も皆を愛し、救い続けた。少女の一生は、このまま愛の中で満たされて終わるだろう。誰もがそう信じていた。




 少女が神の力を得て、三年が過ぎていた。村に似合わぬ豪奢な馬車が少女の家の前で停まり、そこから身なりの良い紳士が降りてきた。紳士は他の客と同じく、病人を治して欲しいと願い出た。


「私が神より頂いたこの力は、必ず命を救うものではありません。神がその方をお召しになる時、私は死の苦しみを癒すことしかできないのです。それをご承知下さいますなら、私は協力を惜しみません」


 紳士はうなずき、彼女は馬車に揺られて彼の主人の城へと連れられて行った。城主が突然病に倒れ、さまざまな治療をすれども効果がなく、絶望しているところへ少女の噂を庭師が町で耳にした。


 少女は城主の病を癒そうと祈った。城主の苦しみは徐々に去っていくが、顔色は一向に戻らない。


 やがて少女は城主の家族に頭を下げた。


「申し訳ございません。私ではお命までお救いすることは、できないようです」


 こういう時、いつも少女は心が張り裂けそうになった。少女を頼り、愛する者が救われると信じ、結果的に失ってしまうと知る時の家族の叫びは、聞くに堪えない。


 頭を下げる少女に、城主の妻は震えながらわめいた。


 きっと助けられるはずです。助けられないなんてウソ。そうだ、お金がほしいのでしょう。いくら欲しいの、言いなさい!


 どうしてなの。神の力を持っているのならば、助けられるはずじゃないの。確かに苦しみを取り除いてみせたけれど、死なせてしまうじゃないの。


 ああ、そうか、そうなのね。神の力だなんて言っているけれど、本当は魔女の力なんじゃないの。そうよ、そうなのよ、あなたは魔女であって聖女じゃないのよ。


 ほら、死んでしまった。私の大切なあの人が。許さない。あなたが私の夫を殺したのよ。この悪魔、魔女! 私はあなたを訴えます。そして、真実の神の元で裁かれて死ぬといいわ!


 少女は城主の妻の訴えで、裁判にかけられた。どれだけ少女を慕う人々が少女を救おうとしても、教会は少女を魔女と認めて牢屋に入れた。


「なぜだ。なぜ人間は正しい者を殺そうとする」


「天使様、嘆かないで下さい。これもきっと神のご意思なのですから」


「神はっ・・・・・・」


 悪魔は真実を言おうとして、口をつぐんだ。


 神はこの惨状をお嘆きになられている。


 神の意思だと信じている少女に、神も自分と同じく嘆いているだけだと言うのは辛かった。少女は多くの人々、他の生物にいたるまで愛し、守りながら生きてきたというのに、その少女の命を救えない自分には、少女の想いを否定する事はできなかった。


「天使様、私の最後の願いは聞き届けられるでしょうか」


「ああ、私が必ず伝えに行く。何でも言ってくれ」


 最悪の状況下にあるはずの少女は、子供の頃から何一つ変わらない優しい微笑みを浮かべた。


「私の大切な子供達を、家族を、私の代わりに見守っていてほしいのです。天使様に」


「そんなことで、いいのか?」


「泣かないで、天使様。私はあなたと出会えてとても嬉しかった。神様からこの力を貸していただいて、多くの人のために働けました。愛する人々を癒す事が叶いました。まだ幼い子供達を置いていくのは悲しいけれど、私は神様と天使様に感謝しています」


 少女が願っているというのに、悪魔は涙を止められなかった。何度も経験した痛みが、新しい傷と共によみがえる。


 神の力を授けたせいで、純粋な魂が、救おうとした人間によって殺されてしまう。


「約束する。君の家族を私は見守り続ける。きっと神も許してくださる」


「ありがとうございます」


 過去の日とは逆に、少女は悪魔を抱きしめて背をなでた。


 そして数日後、彼女は人々の涙と嗚咽の中で処刑された。


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