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鴉と悪魔  作者: 勝月
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第五話「聖なる者」

 神は信じるもの達の信じる姿で存在している。その事を人間は知らないが、多くの生き物は知っていた。


 現在の悪魔の友人の神などは、ごく少数の村人が今も守る社の神だと言っていたが、悪魔が最初に見た神は、唯一無二の絶対神と、人間からは思われていた。


 その頃の悪魔といえば、白い翼を持った天使だった。天使の頃の悪魔の仕事は、神の意思をあらゆる生物へ届ける事。また、生物達の行いを神に報告する事だった。


 悪魔は幼き子供の嘆きに耳を傾けた。


「ママが死にそうなの。お願い神様。ママを助けてください。苦しみを消してください」


 神はそれを哀れに思い、願いを叶えてやるように言った。


「神はおっしゃった。あそこに見える崖の上にある薬草を煎じて飲ませれば、お前の母親はきっと助かるだろう」


 言葉通り、子供が傷だらけになっても取りに行った薬草で、母親は助かった。悪魔は喜び、子供の神への感謝を報告すると、神は満足気に微笑んだ。


 しかし数日後、子供は死んだ。


 同じ村に、母と同じ病で倒れた者のため崖へと向かい、足を滑らせて落ちたのだ。


「何と哀れな子供だろうか。しかしその行いは美しく、魂は汚れを知らぬ純粋さ。天の国の門を開き、またいつか生を得るその日まで、楽園を与えよう」


 神の意思に従って、悪魔は子供の魂を天へと運んだ。残された母親は嘆き悲しみ、絶望から這い上がる事もできぬまま、孤独な人生を送った。


 また別の地で、悪魔はさまざまな動物が、人間の矢に倒れるのを見た。人間達はそれを遊戯として楽しんでいるが、射られる動物からすればただの虐殺である。


「神よ、なぜ人間は食しもせぬ命を殺し、笑っていられるのですか。あれは悪魔の所業に思えます。人の行いは、いつも悪魔に似ている」


「悪魔と、悪魔に近い人間を嫌っているのか? 人は物質世界での頂点。善悪共に持ち合わせてはいても、制御できずにさ迷っている。そのため、自らをも焼き尽くす人の魂を導くことこそ、またお前の仕事であるぞ」


 悪魔は一心不乱に仕事に打ち込んだ。多くの嘆きを耳にしては、神との橋渡しをしてやり、時に悪魔と戦い、やがて疲れ果てた。


 確かに救っているはずなのに、悪い結果が出ることも多い。そのたびに精神は疲弊した。




 そんな悪魔の目の前に、一人の美しい少女が現れた。慈愛に溢れ、どんな時も微笑みを絶やすことがない。決して見返りを望む事なく、正直に生きる少女の姿が、悪魔には特別貴重なものに見えた。


 悪魔は少女の成長を見続けた。少女は幾つになっても心の美しさを失わず、それどころか輝きを増していった。慎ましく、神に祈りを捧げ、まっすぐな少女は皆に愛された。


 いつの頃からか、少女は悪魔に気付いて声をかけるようになっていた。悪魔が他の誰にも見えない存在であることは承知しているので、森の決まった場所で、誰もいないことを確かめて、少女は悪魔に話す。少女の、村人たちへの唯一の隠し事で、特別に大切なひと時だった。


「天使様、今年は豊作になりそうなんです。きっと秋のお祭りは盛大になりますわ」


「それは楽しみだな」


「来て、くださいますか? お祭りの時に私、とっておきの幸福をお伝えできるんです」


「とっておき? ならば来ないワケにはいかない。約束しよう」


 少女はこれまでで一番の笑顔を見せてくれた。


 約束の秋になり、村は天候に恵まれ、実った作物の豊富さに喜び、いつにも増して盛大な祭りを催した。


 軽快な音楽にのせて踊る村人たちの中には、少女の姿もある。子供達は駆け回り、男達は酒を酌み交わし、女達はおしゃべりに花を咲かせる。夜になっても賑わいは途切れる事がなく、悪魔はながめているだけで楽しかった。


 大きな炎が焚かれ、祭りも最高潮に盛り上がると、一人の農夫が壇上に上がった。


「うおぉーい、我が愛する村の仲間たちよ、よっく聞けよ」


「なんだなんだ。ヘタな歌でも聞かせるつもりか、おい」


「うるせぇなぁ。歌ならあとで嫌でも聞かせてやるさ。まぁまぁ静かに聴け兄弟」


 軽いヤジに悪態をついた年配の農夫は、全員の注目が集まったところで、ニタリと笑う。


「我が息子と我が村の天使が、ついに結婚する事になった! 悪いな悪たれども!」


 村の端まで聞こえそうな大声で農夫が言うと、半瞬静まり返った村人達は、わぁっと歓声をあげた。周囲の村人達が、少女と少女の婚約者の腕を引っ張り、背を押して、農夫と同じ壇上にのぼらせた。あちらこちらから、祝いの言葉とからかいが飛んでくる。


 ああ、これか。


 悪魔は少女の言った幸福に納得をして、こちらに気付いた少女に向かい、その白い羽根を一枚飛ばした。羽根は少女の耳元ではじけて消えたが、驚いた表情をして、それからゆっくりと、これまでで一番の笑顔のあと、涙を流した。


「おめでとう。君の一生が幸福でありますように」


 少女の耳にだけ、優しい悪魔の声が聞こえたのだった。


 それは、少女のおかげで心が癒された悪魔の、ささやかなお礼であった。


「素晴らしい少女だ。もしその少女が助けを求めてくる事があれば、お前は迷わず少女を救うが良い」


 神の命がなければ動けぬ天使だが、神から許しを得て、悪魔は少女が、やがてその心そのままの美しい女性に成長していく様子を見守った。少女や少女の夫に似た子供達も産まれ、また健康に育ち、幸福な時を過ごしていた。

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