第四話「知ろうとする者」
「本気」の意味が分からなかった。
カラスは確かに、真実、「悪魔になりたい」と望んでいる。賢く強く、誰かに必要とされる存在になりたい。あの紅茶好きの悪魔のような存在に。
悪魔はカラスが「悪魔について何も知らないくせに」と言ったが、「悪魔」がどういう存在であるかくらい、カラスだって理解していた。
悪魔は悪しき方向へと人々を誘い、堕落させる。
けれど、カラスの知っている悪魔はあの悪魔一人で、これまで思っていた悪魔とは違う。一般的に言う悪魔になりたいのではないから、悪魔について今さらどうこう聞いても仕方ないはずだ。
カラスは一晩考えた後、その疑問を悪魔自身にぶつけてみた。常日頃、悪魔は分からない事は質問しろと言っていたからだ。
「結論から言うと、やはりお前は悪魔になるべきではないな」
「なぜだ」
「お前は自分を変えたいと言った。お前の言う悪魔が俺のことならば、俺のようになることとお前が自分を変えることは別だからだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「誰かのようになるのではなく、お前が望むお前にならなければ意味がない。お前が世俗的な悪魔になりたいと願うなら、方法を考えてやらない事もなかったが、俺になりたいのならやめておけ。俺は俺にしかなれぬ。お前もお前にしかなれないだろう」
「ではどうすればいい。私はしょせんカラスにすぎず、お前のように特別な力もない。誰かを助けて必要とされるには、材料が少なすぎるんだ」
自分に自信だけはまだ持てそうにない。
「お前は見当違いをしているんだよ、カラス。今のお前が無力なのではなく、無力だと思いたい心があるから無力なんだ。言い訳を考えている内は、望みを叶える事は難しい。お前がやるべきは、あらゆる真実を貪欲に知ろうとすることだ。必要なものは多すぎて、自分に不要なものを探す方が、うんざりするほど大変なんだ」
「そう言われても、私はそんなに強くない。お前のように強くないんだ」
「・・・・・・お前は悪魔の能力を手に入れられれば、それで強くなれるというのか」
「ならば、あんたはどうなんだ。悪魔であるからこそ強いのではないのか? その力が無くても自信を持っていられると?」
カラスがきっと美しい鳥であったなら、誰からも愛されただろう。この根暗い感情が生まれる要因もなく、人間に追い立てられることもなかった。心が萎縮することも。
「今と同じ自信でなくとも、また別の自信を得る。個性の形が変われば、お前はただの黒い鳥ではなくなる」
「あんたは強いからそう言うのだ」
「だが、お前はそう言い切れるほど、俺のことを知らぬだろう。確かに私は強いけれど、誰しも苦難を乗り越えて手に入れるものではないか。労せず力のみを手に入れようとは、厚顔すぎる」
悪魔が言う事はもっともだった。カラスは悪魔の過去を何も知らず、出会って半年もたっていない。その間、一度も悪魔は自分から過去を話したりはしなかったし、カラスも訊ねなかった。自分のことしか考えていなかったのだ。
苦難。物事に対して常に余裕の態度である悪魔にも、苦難があると?
「あんたはその苦難を乗り越えたのか?」
「俺の場合は壊れたのさ。そして甦った」
「壊れたってどういうことなんだ」
「そちらのやり方はおすすめじゃない。参考までに聞きたいと言うならば教えてやるが、話が長くなる」
「長くなってもかまわない。教えてくれ。あんたが今のあんたになるまでの話を」
カラスが懇願すると、悪魔は指をパチリと鳴らした。赤い色の鷹に似た鳥が、ティーセットなどが入った籠を両足で持って飛んできた。
人間たちは、悪魔に付き従う生物は黒いカラスや猫だと思い込んでいるが、この赤い鳥こそが悪魔の使い魔である。人語を操り、悪魔に忠実だ。
鳥から籠を受け取った悪魔は、常と同じく紅茶を用意して、カラスには果物を分けてくれた。痛みをともなう過去を話すというのに、悪魔はどこまでも優雅さを忘れない。
けれど空を見上げた悪魔の瞳は、遠く、遠くを見つめていた。