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鴉と悪魔  作者: 勝月
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第三話「望む者」

 カラスは少しだけ変わった。中身のない笑顔をやめて、心から笑える努力をし始めた。


 相変わらず悪魔の言葉は、時に刃物のようではあるが、悪魔の言う通りに考えていくと、ほんの少し道が見えてきた。


 そしてカラスが、誰彼かまわず文句を言うクセを直すと、悪魔は色とりどりの花束に似た、褒め言葉をプレゼントしてくれた。


 カラスは悪魔の友人にも会った。敵対するとされる天使、愛らしい妖精や、あるところでは神とも呼ばれるモノがいた。皆カラスに、裏のない笑顔を向けてくれた。


「あいつは風変わりな悪魔でね。魂と願いを交換することがない。願いを叶え終わるまでの悪念を喰うことで満足するらしい。君は運がいい。その願いを忘れなければ、あれほど協力的な者もいないだろう」


「あの子はあなたをたくさん傷付けるでしょう、全てはあなたの望みのため。その分かりにくい優しさを理解できた時、あなたはきっと救われているはずよ」


「とは言っても、これまでほとんどの者が、悪魔の言葉を信じきれずに去っていったがな。アレのことを信じきれる奴など、ほとんどおらん。何せアレは悪魔だから、あやつから己が弱さで逃げる時も、悪魔だという理由で裏切りやすい。誰に対しても、悪魔に騙されたと言えばすむ。自己弁護しやすかろう」


 天使や妖精や神が、口々に好き勝手なことを言ったが、カラスは悪魔を信じる自信があった。あの強烈な毒は誰にでも受け入れられるものではないが、自分は悪魔を理解できる。


 だから、カラスはニコニコと彼らのおせっかいを聞いていられる。


 何より、悪魔を好きになることで、特別な存在である彼らにも好かれている。誰かを憎んでいる間は得られなかった何かが、すでにカラスの両翼の中にはあった。


 誰かに好かれるのは心地よい。誰かに好かれれば自然と笑顔になり、多くのものを慈しめた。感じた事のなかった満足感に満たされて、悪意に食い尽くされていた世界は、良心の連鎖により、思ってもみなかった楽園を与えてくれた。


 これも全て、悪魔のおかげだ。


 カラスが感謝すると、悪魔は不思議そうに言った。


「それはお前が頑張ったからだろう?」


「あんたが私を変えてくれたんだよ。あんたの言葉は怖いけれど、それに目を向ければ向けるほど、自分を変えることができる。だからあんたのおかげだよ」


「それは違う。確かに俺は協力しているが、努力はお前のものだ。自分が頑張って手に入れたなら、それはお前自身のおかげだ。変わることを選んだお前の努力の成果で、俺が讃えられるいわれはない」


 素直じゃない奴だ。カラスは悪魔の屁理屈さえ、愛らしく思えた。


「では私は感謝を何で示せばいい? 私は悪魔の役には立てていないし、そもそもカラスでしかない私があんたに恩を返す事は難しい。確かに私は私の努力で変わったのだろうけれど、悪魔の言葉なしに変われるわけがなかったのだから、その分の感謝くらいはさせてほしいんだ」


 一生懸命言葉を選んで言ってみると、悪魔は肩をすくめた。


「カラスでしかないなどと、自分を見下げる発言は気に入らないが、お前が感謝するというならば、態度で見せてくれたらいい」


「態度? それはプレゼントをするとか、そういうことかい?」


「そんなものはいらない。俺はただ、カラスがカラスの理想を叶えてくれればそれでいい。自分の責任において、強い自分を手に入れる姿を見せてくれたなら、それをお前からの礼として受けよう」


 それではあまりにも、カラスに得ばかりではないか?


 と、カラスは思ったけれど、何を言ってもその手の返答をされそうで、約束だけを口にした。悪魔と口論しても勝てるはずがないし、この悪魔は本当にそれ以外のものを望んではいないようだった。


 ふと、カラスは気になっていたことを訊ねた。


「他の悪魔はどんな風なんだ? 普通、悪魔といえば、悪逆の限りを尽くすイメージだけれど、あんたはお人よしに思う」


 悪魔はシルクハットの位置を直して、口の端だけで笑った。


「悪魔は己の心のままに生きるのが常ならば、悪魔らしからぬ、と、されようとも、やりたいことをするのもまた真実の姿だろ」




 悪魔と親しくなればなるほど、カラスは自分も悪魔になりたいと強く望んだ。悪魔になれば特別な力が手に入る。自分の思うがままに生きられるのだ。


 人間の子供が毎日やってくる大きな建物の、一番高いところで、悪魔は相変わらず紅茶を飲んでいた。紅茶の上にのせた生クリームに、ナッツを粉にしたものをかけ、香りを楽しむ姿は優雅だ。


 カラスは悪魔の目の前に降り立つと、思い切って言ってみた。


「相談があるんだ。聞いてくれないか」


「お前はいつもティータイムに相談事を持ってくるんだな。今回は何だ」


 言い方は不機嫌そうだけれど、悪魔は口が悪いだけだとカラスは知っているので、かまわず続けた。


「私も悪魔になれないだろうか」


「カラスが悪魔に? 表面が黒いだけのお前が、中身まで黒くなろうというのか? 意味がない。なぜそんなことを望む」


「私はより多くの者の役に立ちたい。あんたのようにね。だから悪魔になりたいんだ」


「そいつは呆れたな」


 今度は本当に言葉の通りに呆れたらしく、ため息までつかれてしまった。


「呆れることはないだろう」


「呆れるさ。お前は悪魔がなぜ悪魔であって、どう生まれるかも知ろうとしていない。望みだけを口にすれば俺が叶えると思っているのか。心の底から何かになりたいものは、その全てを知ろうとする。けれどお前からは、一度だって悪魔についての質問を、受けてはいないと記憶しているが、どうだ」


 カラスはそこまで言われると、言い訳も頭に浮かばなくなった。周囲の者達が語る悪魔の話を聞いただけで、悪魔の全てを知ったつもりでいたのだから、責められても仕方なかった。


 とはいえ、そんなに怒られる内容でもないだろうと思うので、カラスは少々ムッとする。


「じゃあ、それを私に教えて欲しい」


「その前に礼儀を学ぶことだな」


 悪魔はそっぽを向いて、今は話す気がないことを示した。


 いちいち注文の多い悪魔だと、カラスは舌打ちをした。仕方なくカラスはその場を去り、悪魔の、そして今は自らの友人でもある神のところへ飛んだ。


 神は一通りの話を聞くと、腹を抱えて笑った。


「悪魔になりたいとな! 風変わりなことを望むカラスがおったものだ。人の役に立ちたければ、悪魔だけは選ばぬと思うものだが、一体いかにしてその望みを持ちえたものか。おまけにアレはいたってクソがつく真面目な性格をしておる。誠実さを求められるは通りだろうよ」


「私は本気で望んでいるんだ。本気の望みを悪魔は聞くと言ったのに、約束を違えているのは向こうじゃないか」


「ふむ。カラスは我が我がとよく叫ぶことよ。人にものを頼む時、教えを請う時、そのように頭が高くては嫌われもするわ」


「・・・・・・つまり、悪魔は私を嫌って話さないと?」


「アレはあいにくとその程度で嫌うほど、単純な悪魔でもない。カラスが誠実に求めるならば、今すぐにでもアレは、望むことに協力を惜しまぬ」


 カラスは胸に重い何かを感じた。変われたと思っていた自分が、まだ一つも変われていないのではないかと疑った。


 自分はまた嫌われるのだろうか。目の前の神はどうだろう。声の汚い、醜い黒い鳥を、嘲笑してはいないだろうか。


 だが、神は満面の笑みを浮かべて、悪魔に謝ってくるよう、うながしてきた。

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