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鴉と悪魔  作者: 勝月
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最終話「嘆く者」

 猫は怯えた声を出して、カラスの前から逃げ出した。スズメも巣に帰っていく。当のカラスは、呆然とソレを見つめていた。


 いつもの朝だった。願いが叶ったはずの、爽やかな新しい朝だ。仲間たちとゴミを漁って、世間話をしていた。はず、だった。


 もう大丈夫。あの悪魔は天使が追い払ってくれるから。これで楽になるよ。


 本当に良かったね。やっぱり悪魔は悪魔でしかないんだね。迷惑してたんだろ? これからは自由だな。


「自由の証拠を、持ってきてあげたよ」


 白い翼は朝の光そのものの美しさだったが、太陽を遮り、カラスたちに大きな影を落とした。


「悪魔がね、これはまったく自分に必要ないから返しておいてくれと言ったんだ。だから、君に返すよ」


「ひっ・・・・・・」


 小さな匂い袋には、紐が通されていて、天使はそれをカラスの首に巻きつけた。袋からは、染み込み過ぎた血液が滴り落ち、コンクリートを点々と汚した。


 血に濡れた袋を持ってきた天使の指は、少しも血液が付いていない。恐怖に支配されながらも、奇妙にそれが気になった。よく見ると、抜き身の剣の刃も、紅く染まっている。


「悪魔はもう、君の前には現れない。なぜなら、私がこの手で永遠に、葬ったのだ」


「では、では悪魔は死んだのか? 私があんなに傷付けても平然としていたのに?」


「悪魔の因子を植えつけられた程度のカラスに、悪魔を倒す力などありはしないさ。私にはこの、神から賜った剣がある。悪魔の魂はこの剣でちゃんと砕いてあげたよ」


「天使は、悪魔と友達だったのに、殺したのか」


「おや、私を責めているようだね。見当違いの非難は遠慮したいものだな」


 と、天使はおもむろに剣を振って、血糊を落とした。カラスの体に、悪魔の血液が降り注ぐ。


「確かに私は悪魔の友人だ。悪魔が悪魔になって、最初に会った天使は私だった。私は神から命を受け、悪魔を監視する任に就いたのだけれど、長い時をそうしている間に、気心の知れた関係になったんだよ」


「じゃあ、あんたは悪魔の、悪魔になった時の話に出てきた天使なのか」


「いかにも」


「だけど、だけど何も殺さなくても」


「君が望んだのだろう? 永遠に悪魔と会いたくないと」


「違う。ここまで望んでなどいない」


「望んださ。もしかして、また他人のせいにしてしまう気なのかな。そうだとしたら、君は悪魔よりもタチが悪いよ。まあ、そういった問答は飽きるほど悪魔としただろうから、私は私の仕事を続けさせてもらおう」


 悪魔のアメジストの瞳が怖くて仕方なかったが、天使のサファイアの瞳はより恐ろしい。一片の情もない冷たい輝きを放ち、剣の角度を変えた。


 カラスは一歩後退したが、何ほどにもならない。それ以上の派手な逃走をしてみせれば、瞬時に斬られるだろう。かといって、このままでも悪魔と同じ末路がある気がした。なぜ?


「まさか私を、私まで!? 悪魔なのか? あいつが望んだのか?」


「悪魔は自分が消えてカラスが幸福になるならいいと、笑っていたぞ。君が、もう二度と孤独にならないためならと、悪魔は抵抗さえしなかった。しかし、悪魔も君の性質を熟知し、君がいつか破綻を望む可能性が高いと考えていたはずなのに、よくもまあ、頑なに約束を守ったものだな。呆れるよ。なのにいつだって、君を悪く言うモノたちから、庇い続けた」


「・・・・・・嫌だ。死にたくない。死にたくない。殺さないで」


「私は悪魔ほどたやすくない。君の嘆きが哀れだとは、髪の先ほどにも感じない。君は君に似合いの場所で、永遠に嘆いているといい」


 カラスは叫んだ。恐怖を叫んだ。悪魔が残した悪魔の力が、体を貫いてふくれていく。再びカラスは力を目覚めさせていた。天使は面白そうに笑った。


「醜さを極めるか。愚かなカラス」


「うるさい黙れ。天使などといって、どうして弱きモノを消し去ろうとするんだ。いつも、誰もがそうだ。私を否定して、私を貶めて、平気で笑うんだ」


「君は常に誰かを悪し様に言ってきたではないか。猫の悪口、スズメの悪口、短い時を過ごしただけのツバメの悪口。数え上げればキリがない。自己防衛のためだと言えば聞こえはいいが、最早、君の不幸な過去と釣合わぬほど、君は腐りきっている」


 簡単に押し倒され、喰らわれてくれた悪魔とは違った。天使は身動き一つしてはいないが、見えない防壁で容赦なくカラスを傷付けた。痛みで涙が溢れてくる。


 世界はひどい。カラスを醜い生き物にして、助けてもくれない。皆に好かれるように頑張ったのに、頑張りさえ認めてくれない。


「ああ、そうだ。言い忘れていたよ。君が私に殺されるのは、君の心が醜いせいじゃない。君が、悪魔の眷属だからだ」


「私は悪魔になんてなりたくなかった。悪魔なんかじゃない。私はカラスだ」


「力を分け与えられたじゃないか。ほら、今の姿はそのためだろう?」


「だって、強くなりたかったんだ。特別な力を持っていれば、皆に好かれると、大事にされると思ったから。悪魔が悪いんだ。私を惑わして力を押し付けた」


 必死に言い訳をしていると、天使は腹を抱えて笑った。もう話す必要を感じなかった。天使は神より賜りし剣を、カラスの姿形を失った異形の怪物へ向けた。


 天使は直接カラスを攻撃しなかった。何かしらの呪文を唱え、カラスの背後に巨大な門を召喚した。黒よりも暗く、不気味な色の門は、音もなく開いた。


「君はどこまでも愚かだ。一条の希望を自ら捨て去ったのだから」


「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさっ!?」


 門から無数の腕が伸び、無数の手がカラスをつかんだ。カラスの肉に食い込もうと、血が出ようと、手はカラスを力の限りつかんで放さない。言葉にならぬ悲鳴をあげ、最後にカラスは天使に救いを求める視線を送った。


 天使はにこやかに微笑んだ。


「さようなら、嘆きのカラス。地獄へ堕ちるがいい」




 特別なものとは何だろう。大切にされるとはどういう事だろう。さ迷える魂はいつも嘆くのだ。


 誰か私を愛して欲しいと。


 誰かを愛せないカラスは、自分を嫌いだと嘆く事で、自分を愛しつくした。それはいっそ、特別で強烈な自己愛。


 嘆きを囀る黄昏のカラスは、暁に溶け、消えていった。そして今は地の底で、嘆く事さえ許されず・・・・・・。







**** END ****



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