第十二話「醜き者」
カラスは思っていた。自分は醜く汚いカラスだから不幸で、そんな自分の中に美しい光があるなど、悪魔が思い込んでいるだけだと。自分の理想をカラスに押し付け、ヒドイ言葉を浴びせて、無理難題ばかりを望んでくる。
重たい。重くてつぶれてしまいそうだ。
黄昏の空を見つめながら、カラスは疲労を感じていた。カラスの姿は元通り、ただのカラスになっていた。笑い終わって気が付いた時には、無抵抗の悪魔をいたぶった自分はいなかった。
あの後、悪魔を放置して逃げるように飛び去ったのだが、翌日にはまた赤い屋根の定位置で、悪魔は使い魔とティータイムを楽しんでいた。
腹が立つ。
余裕ぶって、賢そうにしているあの悪魔は、身勝手すぎる。カラスを完璧な善人にしようと、無理をさせる。カラスは本当は強くなれると囁いて、その気にさせて羽ばたかせて、休みを与えようとしないのだ。振り回すだけ振り回しておきながら。まるで、拷問。
自分はただのカラスだ。悪魔の力をほんの少し分けてもらったくらいで、特別なモノになれはしなかった。カラスはどこまでいってもカラスで、悪魔にはなれない。
悪魔が憎い。悪魔が羨ましい。悪魔が恨めしい。悪魔が疎ましい。悪魔が・・・・・・。
カラスは鳴いた。助けを呼ぼうと思った。相談をしようと思った。その対象は現れて、見知った相手だった。
「君の願いはすでに知っている。神からの命も受けている。強く強く、嘆いていたからね」
悪魔の友達である天使は、剣を片手に持っていた。長い髪と同じ色をした黄金の鎧と、白いマントを身に付けていた。カラスはそれが気になったが、哀れっぽく嘆き続けてみせた。
悪魔がどれほど厳しいか。悪魔の面倒を見るのがどれほど大変か。悪魔に振り回され、無理やり愛して信じなければならないのが、どれほど辛い事か。
「そうだね。悪魔はとてもヒドイね。君を苦しめ、望まぬ方へと導こうとしているんだよね」
「この事を話したら、皆も私が大変だと言ってくれてるんだ。悪魔だけが、私を認めない。私の欲しい信頼も好意も、全部奪おうとするだけで」
だって悪魔は、自分が先に出会った人の心も、すぐに連れ去ってしまった。
悪魔の方が頼りになる。悪魔の方が賢い。悪魔は特別で、カラスは口うるさいだけだ。
「私が相談に乗ってやっていたのに、いつの間にか悪魔を頼るようになる。悪魔は私と違って特別だから、私がみじめになっていく」
「うん。だから神は、君の願いを叶えて下さるよ」
「神・・・・・・が?」
カラスは目を輝かせた。
神様。悪魔より特別な存在だ。その特別な存在が、悪魔よりカラスを思ってくれたのか。なんとありがたく、嬉しい事だろう。
天使は、白く美しい羽を広げた。暗く暮れていく空に、それはとても映えた。
「着いてくるといい。直接会いたくないだろうから、隠れて見ていたらいいよ。君の望みが叶うところを」
「ああ、ありがとう」
悪魔には対しては出てこない礼の言葉も、素直に言える。カラスは幸福だった。悪魔が願いを叶えると約束した時と同等に。しかしカラスは、その事実には目を向けようとしなかった。
「けれど、できれば私はもう、悪魔に会いたくない。悪魔は勘がいい。見つかりたくない」
「そうかい? なら、一人で行く事にするよ」
「これを悪魔に、渡してくれないか」
カラスは天使に、小さな袋を差し出した。紅茶の香りがする。匂い袋だ。
「友達のスズメにもらったものだが、悪魔に使ってほしい。悪魔を一人にしてしまう私には、それしかできないから」
「・・・・・・わかったよ」
カラスの脳裏に、いつか言われた悪魔の言葉が浮かぶ。
お前は、自分を被害者に仕立て上げ、そのくせ恩着せがましくする事には長けているんだな。
悪魔の元へ行く天使を見送りながら、カラスは息を吐いた。煩わしい悪魔の声。その記憶が薄れるのはいつ頃になるだろう。できれば、早々に忘れてしまいたい。
悪魔が悪いのだから。孤独な悪魔をかまってやったのに、何も返してはくれなかったのだ。悪魔の、せい。
カラスは猫やスズメたちのところへ向かった。一人でいると悪い方へ考えてしまう。皆といれば、気分も変わるはずだった。
だが、どうしても疑問が羽根を重くする。天使は願いを叶えると言ったが、果たしてそんな事ができるのだろうか。悪魔は拒否するかもしれない。しばらく自分は身を隠した方が良くはないか。大丈夫だろうか。
せめて、願いを叶えてくれる方法を、訊いておけば良かった。