第十一話「哂う者」
独占欲というのは、愛情ではなく、醜悪な気持ちの上にこそ強く在るのだろうか。
カラスは時々、悪魔の全てを奪いたいと思っていた。他の誰かが悪魔を褒め称えるたび、自分が悪魔に負けるたび、悪魔が残酷なまでに優しい微笑を浮かべるたび。
何より、悪魔が自分以外の誰かの求めに応じて、いつでも助けてやるのが嫌だった。カラスは悪魔の特別でいたかった。悪魔という特別な存在に、一番特別に扱われる事に執着していた。
それなのに、悪魔はカラスの本当の願いを無視した。許せない。悪魔が幸福になればいいと思ったけれど、自分を特別にしないのなら、いっそ孤独に、不幸になればいいんだ。自分の手で、ずたずたに傷付けてやる。
生産性のある行為とは逆。かつて天使である自分に絶望して泣いた悪魔の姿を、自分によって再帰させたいという、暗い情念だ。
悪魔を喰い尽くしてしまいたい。神に愛されているとしか思えない、美しいその体を貪り、啄ばんだなら、どんな味がするのだろうか。それでも悪魔は死なないのかもしれない。カラスごときに肉を抉られたところで、この悪魔なら平然と生きているのではないか。
痛覚はあるようだから、きっと地獄の苦しみも、もしくは快楽さえ与えられる。自分の力で。
「そんなにも苦しいのか、カラス」
恐れもせずに、悪魔はカラスの頬に両手で触れた。悪魔は、今、自分がどんな風に扱われているのかなど、興味はないというのか。口元から流れる紅い雫が、白い肌をつたって喉へと流れていく。煽情的な光景だった。
許すな。もう許さないでくれ。
カラスの中で、先ほどと相反する気持ちが溢れては、悪魔を苛む。
「そうしたいのなら、そうすればいい。俺は、かまわない」
苦痛に歪む顔でさえ美しいのに、心まで澄んでいるのは卑怯だった。
「俺はお前の願いを叶えると約束した時、全ての覚悟をしている。だから、お前が悪いわけじゃない。これは俺の、責任だ」
一番聞きたくない言葉を、一番聞きたくない時に言ってのけるのが悪魔だ。カラスは怒りのままに悪魔を抉る。悪魔は耐えるように小さく呻いた。醜くなれと望む反面、苦痛でさえ己を飾る装飾品の一つにしてしまう悪魔に、自身の翼と同じ色の欲望が疼いた。
助けを求めてみろ。許しを請うてみろ。泣き喚いて、自分と同じ醜い心を見せてみろ。無様に抵抗してくれ。もっと苦しんで。痛がって。
分け与えられた悪魔の力は、カラスの中で好き勝手に暴走していた。気持ちが引きずられ、止まらない。壊れてしまうのも時間の問題で、それなのに恐怖はない。
死ぬ気もないのに自殺未遂をしていた頃より、よほど恐怖と縁遠かった。
どれほどの時間が経過しただろうか。カラスの足元で、血まみれの悪魔がぐったりと横たわっていた。意識があるようには思えない。生存さえ疑える。
「・・・・・・悪魔?」
「カ、ラ、ス」
血の気を失って、青白い顔をした悪魔が、紫水晶の瞳にカラスを映した。腐臭さえ放っていそうな自分の姿に、カラスは吐き気がした。
悪魔の、わずかに開いた唇が、喘ぎながらかすかな声をしぼり出す。
「お前は、とても醜悪だ。俺はそれを、よくわかっている。そしてその奥に隠された、希望の光も」
俺はそれを信じている。
砕けないのか。これほどまでに魂を陵辱しきっても、その心は譲らないのか。どれほどの汚辱を与えてやったと思っているんだ。カラスが吐き出した汚泥で満たしてやっても、何も損なわれない。どぶの中の宝石。
カラスは絶望した。結局汚れているのは自分だけだ。笑うしかなかった。笑う、汚い声が耳障りだ。