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鴉と悪魔  作者: 勝月
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第一話「嫌われ者」

 嫌われ者のカラスが言った。


「私は黒く醜い姿で声も悪い。誰もが毛嫌いする。石を投げられ憎まれている。ほらあそこの子供を見ろ。こちらを睨んでいるじゃないか。それにあちらの女は私を笑った」


「くだらないな」


 呆れるように言うのは悪魔だ。仕立ての良いレトロなスーツにシルクハットとマント、その全てが黒いけれども、瞳だけはアメジストの光をたたえている。


「くだらない? なぜそんなことを言う。あんたには分からないんだ」


「なぜ? 俺もそう好かれた存在ではない。人間にとっては同じか、カラス以上に憎い相手ではないか。嫌われ者の気持ちがわからぬでもない立場だ。そう思わないか」


「けれどあんたは上級の悪魔で、姿かたちは美しい。そう、同じ黒をまとっていても、その声は男も女も心地よい気分にさせて、瞳で相手を魅了する。たとえ最後は憎まれても、愛されることもあるじゃないか」


 カラスは新たに己を嘲る人間を見つけて、一声鳴いた。


「お前から見た世界はそう見えるのか。だが、俺から見る世界はそれとは違う。聞きたいか?」


 カラスが見ているのと、同じ人間に目をやって、悪魔は言う。悪魔の言葉に興味を引かれ、カラスはこくりと頷いた。


 人間の作った小さな住宅の赤い屋根の上、悪魔は優雅に長い足を組んで座り、そんなカラスをじっと見つめた。


「お前の悩みはくだらない。まったくもって意味がない。世界はお前が思うように、常にお前を見ていやしない。先ほどの子供は空を見上げたはいいが、太陽がまぶしくて目を細めただけだ。あの女も会話の途中でたまたまお前が目に入っただけで、笑ったのはその相手の話に対してだ。あそこの人間もそうだ。たまたまお前のいる方向に視線が走っただけで、誰もお前を見てやしない」


「そんなことはない。嫌な事を言うな」


「俺の世界を聞きたいかと訊ねたら、頷いたのはお前じゃないか。内容にケチを付けられるいわれはないな」


「あんたに何が分かるという。あんたは私じゃないのに、私が見たものをウソ呼ばわりするんだな」


 険しい表情。何かに怯えた声でわめくカラスに、悪魔は肩をすくめた。


「そうだな、俺に一つ分かるとすれば、罪無き者を罪人として話すお前は、嫌われて当然の存在ということだ。さて、これ以上耳障りな歌を(さえず)られてはかなわない。お前も俺を恐れているようだから退散するとしよう」


 そう言って、悪魔は微笑を残して立ち上がると、屋根を蹴り、そのまま空に溶けてしまった。


 カラスは口の中で呟く。


「ひどい事を言われたんだ。私は悪くない。私は悪くない・・・・・・」


 自分とは違う美しい瞳が心を見透かしたとしても、カラスはそれを正面から受け止めたくはなかった。カラスにとって、世界に真実など存在しなくても良かったのだから。




 ああ、あそこにカラスがいるぞ。朝から嫌なもの見ちゃったな。


 またカラスのヤツ、ゴミを荒らす気だな! 


 カラスって怖いよね。執念深いしさ。一度石投げたら、それからずっと追いかけてくるようになったんだよ。


 知ってる? カラスが屋根の周りを廻っていたら、そこの家で誰かが死ぬんだって。


 役所もさっさとカラス皆殺しにしてくれたらいいのにな。あんな黒くて声の悪い鳥、見てても面白くもないし。


「嫌な声が聞こえるのかい? それがそんなに気になるか? 醜悪な人間の声に惑わされてやることはないのに、確かにお前を愛する者たちも存在しているのに、自らを醜悪だと認めるお前は、一体何がほしいというんだ」


 うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。


 カラスは両の翼で顔を覆った。蔑まれる悲しさを、否定される痛みを、何者にも屈しない強い存在が理解できるはずはないだろう。


 あんたは悪魔なのに、美しいものをたくさん持っていて、自信に溢れているから、悩みをくだらないと一笑できるだけだ。私と同じカラスであれば、お前だってきっと私と同じになるはずだ。


 ああそうだ。私はお前になりたい。お前のような悪魔になれれば、きっと誰からも蔑視されることもなく、幸せになれるはずだ。自分で自分を消してしまいたいこの気持ちから、必ず解放されるはずだ。


 私は悪魔になりたい。罪を背負っても、笑っていられる者になりたい。


 カラスのままで死体を啄ばめば、浅ましいモノに堕とされる。悪魔として死体を喰らえば、何者も私の力を認めるだろう。


 私は私を変えたい。


 けれど、どうすれば、自分を変えることができるのだろう。


 あれからカラスの目の前に現れることのない悪魔。自分の現れたいところに現れては消え、特別にカラスを見ることのない悪魔。


 カラスは黄昏の、薄闇広がる空へ向かって鳴いた。


 どうか悪魔よ。今一度私の声を聞いてくれるというならば、あの屋根の上に現れてくれ。私はどうしても、どうあっても、カラスでなくなりたいのだ。

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