第七章
男は窓から眼下の街を見下ろしていた
美しい夜景であるがパトカーのサイレン音が耳障りである
「物騒な………」
男はそう呟いた
「あんたの取引はどうなんだい。物騒じゃないのかい?」
女が聞いてくる
「ふっ、それもそうだな」
「ならあんたが言えた資格じゃないね」
その時数台のパトカーがホテルの目の前に止まった
「来るな」
「そりゃない」
警官はホテルの中へと入っていく
男は受話器を取り上げた
「警官を殺せ」
それだけ言って電話を切った
「やはり物騒過ぎるよ、あんたは」
男はソファに座りワインを飲み始めた
「織田をあんたは殺したいのかい」
女が聞く
「奴は裏切り者だ」
男はワインを煽った
「だが、あんたならすぐさま殺せるだろ」
「そうもいかねぇんだよな」
男はため息混じりに言う
「ま、あんたの好きにしな。あたしゃ今回の話を持ち帰る」
「………残念だ」
女は立ち上がり、ドアへと向かった
「…期待するような答えは出来ないよ、明智」
女はそれだけ言って部屋を出た
「知ってるさ」
明智は言った
そしてまた受話器を取った
「あのばあさんを殺せ、奴も危険因子だ」
「東京中央ホテルで殺人だと」
俺が言う
小西が概要を説明し始める
「犯罪組織トップの階段があると言うことで手近の警官を先見隊として送ったが全滅したとのこと、そして特殊部隊が再度突入して敵武装要員を殲滅、その後ホテル内をくまなく捜索したところ中年女性の遺体が見つかった、とのことです」
小西はここで話を切った
「たかだか組織が関わっただけの小さな殺人事件をうちが見る必要はあるのか」
俺は不機嫌そうに言った
「実はですね、殺された中年女性というのが………法務省高官だったのです」
「法務省………」
「ええ、役職は次官補佐で組織犯罪対策担当でした
そして被疑者というのが………」
小西はまたここで言葉に詰まった
「誰なんだ」
俺はまたも不機嫌に問う
「おそらく明智光秀ではないかと」
「なに…あの組織は壊滅したはずだ」
俺は驚きの声を上げた
無理もない
明智光秀はマリンギャングが日本裏社会における一大地位を築く前、裏社会を牛耳っていた男であった
彼の率いていた組織「桔梗紋会」は無慈悲な武装組織として警察が長年追っていた組織だ
だが、その組織はある日崩壊して幹部・構成員の多くが逮捕された
それを主導したのは他ならぬ織田だった
「奴の行方は?」
俺は問う
「それがさっぱりでして、警察も警戒網を張っていますが全く引っ掛からず」
「武装要員は?」
「重傷者の回復を待つ予定ですが現状証拠が………」
小西が資料を織田の前に置きながら言う
「ふーむ………課長は?」
資料をしばらく見たあと織田が問うた
「捜査には参加したいが難しいかも、と」
「どういうことだ」
「実は………殺された次官補佐が会っていたのが明智ではないかと
それで内調や公安が介入してきそうで」
「なるほど………」
俺はつまらなそうにお茶を飲んだ
「ま、仕方ねぇか」
そうポツリと呟いた
「追わないのですか」
「話が出たらな」
どこか覇気がない
むしろ一点を見つめたままだ
何を考えているのだ
小西は不思議でしかなかった
俺は聖徳太子に呼ばれた
「うちは捜査に加わるなと言われた」
聖徳太子は俺が部屋に入るなり告げた俺はただうなずく
「君らしくないな」
聖徳太子は笑みを浮かべながら言う
「奴だとは思えないからです」
「なぜだ」
聖徳太子は不思議そうに問う
既に証拠は上がっていると言うに何を言うやら検討もつかない
「奴がわざわざ人にすぐ見つかる形で政府高官を殺すとは思えません
政府高官を殺すとうちよりも厄介な組織を相手取りかねませんし」
「………そうかもしれん」
聖徳太子はネクタイを緩めながら答えた
「しかし奴だと言う証拠については…」
「おそらくカモフラージュでしょう
奴だとしたら証拠は残さない
それで裏社会で権勢を振るっていたというのに」
聖徳太子は黙ったままだ
確かに明智はかつての犯罪の証拠を残していない
俺の潜入捜査によって発覚したものが多いのだ
だから証拠が残ってるのは不思議ではある
「では、誰がそんなことを」
聖徳太子は問う
「そこまでは………」
俺は回答に詰まった
「まあ、そうだよな
ともかくこの件は汚職も絡んでるから公安か特捜の出番だ
うちの出る幕はない」
聖徳太子はそれだけ言って帰るよう合図した
俺は出ていった
目星はついてはいるが何故か
動機がわからないし証拠もない
俺は悩みながら自席へ戻った
明智は夜道を歩いてた
かつてのライバルとの再戦のために敢えて証拠を遺したがそれが裏目に出ているかもしれない
すると目の前に数人の男が立ち塞がった
揃いの黒スーツに各々がサブマシンガンで武装している
「ギャングか」
明智はぽつりと言った
「その通り」
すると男達の向こうから声がした
「何者だ」
「俺の名を聞くか
俺はギャングの武装組織『黒薔薇』の若頭、三木だ
覚えとけ!」
「貴様は何しに来た」
明智は顔色ひとつ変えない
三木は苛立ちを見せ始めた
「てめぇを殺せとの大頭の命を受けたんだ」
明智は無言のままだ
「で、死ぬわけだが一言なにかあるか?」
三木はマシンピストルを抜きつつ問う
「ある」
明智は未だ表情を変えない
「聞いてやろうじゃねぇか
最期の言葉にしてやるよ」
三木は銃を向けて言った
「………お前らはバカだ」
その途端三木以外の武装構成員が倒された
「な………」
「幹部でも連れてこないと殺せる訳ねぇだろ、殺る気ねぇな、ギャングさんよぉ」
明智は三木に襲いかかった
「死ね!」
三木は銃を乱射するがすぐに動きが止まった
そして三木は倒れた
明智も偉能者であった
「ゴミどもが」
明智はそう言いはなって去っていった
「………」
三木がつけていたポータブル通信機から連絡が来なくなった
「殺られたか……」
「確認させます」
連絡員が走っていった
通信室の奥で席に深く座って思考に耽っている男が居る
この男こそ明智暗殺命令を出した武装組織『黒薔薇』大頭平賀源内だ
「くそ………」
平賀は机を叩いた
その時通信が入った
「平賀殿、構成員が向かったところ暗殺任務に就いていた三木他七名の死体を発見しました」
「すみやかに証拠を消せ」
平賀は指示した
「はっ、ただちに」
通信が切れた
この失態はマズイ
平賀は顔色がどんどん悪くなっていく
このままでは首領になんと言われるか
平賀はそこで思考を止めた
明智は旧築地市場跡地を歩いていた
ここはかつては日本最大の市場、築地市場があったが今は移転している
そしてここもまた犯罪組織による裏取引が多く行われるエリアだ
明智はそこにある隠れ家に向かっていた
かつての「桔梗紋会」幹部の男が確保した建物だ
組織の復活を狙っている
「相変わらずいい仕事しますね」
後ろから声がした
「誰だ!」
明智が銃を構えながら後ろを振り向く
「しがない情報屋ですよ」
男が一人居るだけだった
「死にたくなければ立ち去れ」
「君をスカウトに来たんだ、話くらい聞いてくれ」
「なに」
明智は銃を下ろした
「俺はある秘密結社に所属してる
『ZERO』だ
聞いたことあるか」
明智は黙っている
なぜなら噂では聞いたことがあるからだ
苛烈な思想の元、世界各地に根付く犯罪組織である
だが、どのような組織かは不明であり実態すら掴めたことはないことから都市伝説とまでされていた
だが、その組織の一員と名乗る男が目の前に居る
どういうことだ
明智が疑問に思っていると
「我々は都市伝説ではなくちゃんと存在している世界最強の偉能犯罪組織だ
我々は君の力を欲している」
「………」
「来るのだ、そうすれば世界を手中に収めることが出来る」
「ZERO」の目的は世界征服なのか
明智は三文小説のような幼稚な組織だと思うしかなかった
「悪いがそんな話には乗らない」
明智は去ろうとした
「生きて変えれるわけないだろ」
男の後ろから十人の黒づくめの男が出てきた
全員が拳銃もしくはサブマシンガンを持っている
「殺すのか」
「その通り………と言いたいが邪魔が入りそうだ」
男が目をやった方を明智が見ると赤色灯を付けた車両が何台もこちらへと向かってきている
何があったかは不明だが警察が大挙してやって来ている
「そうだな」
明智は冷淡に答えた
「いずれ命はとる」
男は黒づくめを引き連れて帰っていった
明智も急いで逃げていった
「一足遅かったか」
俺は悔しがった
公安から明智らしき人物を確認したとの連絡を受け、手近の警官をかき集めて向かったがどうやら逃げられたようだ
「織田さん、足取り捜査は進めてますが難しいかと
警戒線は張ってますしが未だ行方を追える証拠ひとつ上がりません」
小西はそれを言うと警務総局への連絡があるからとどこかへ行った
警官も付近の捜索で散らばっている
俺は手近の倉庫へ入った
「ここに居るんだろ、明智」
俺が言うと目の前に人影が出てきた
「ふん、なぜわかった」
「貴様のことなど知り尽くしている」
「流石だ…わしの元部下」