伍の段 戦争の匂い
ナポレオンが戻ってきた
「囲め!」
その掛け声と共に自衛官が周りを固める
「なにようだい?僕は味方だよ」
ナポレオンが笑いながら言う
「こちらはそうではないんでな。そちらの返答、対応次第で逮捕せねばならん」
「これはこれは」
ナポレオンの目線の先には夏目漱石がいた
そして、後ろに俺と伊達がいた
「なるほど。この国でやったことバレたか」
ナポレオンがケラケラ笑いながら言う
「その通りだ」
夏目が簡潔に、無表情に答える
「でもねぇ、私の任務は上からのだからね」
ナポレオンは悪びれもせずに答える
「だからといって我が国の法を無視していい道理はない」
夏目は冷たく言い返す
「上って言ってもねぇ……九偉人だからさ」
偉能犯罪対策課の三人は絶句した
九偉人とは9人の伝説的武人の名前と偉能を持つ9人の偉能者で構成される最強組織だ
しかしその神秘性ゆえに今まで人々から存在が疑われている存在であった
だが、今実在していることが暗示させられた
「な、なんでそんな都市伝説的組織が日本の偉能犯罪者を」
夏目が怯えながら聞く
「まあ、あの方々は偉能者の浄化を目論んでる。コシュマールなんて今ごろ攻撃されてるだろうね」
ナポレオンは笑いながら答えた
「いかなる事情であっても国内では法にはしたがってもらう」
伊達が言う
「そういうことだ、ナポレオン。お前を逮捕する」
俺はそう言い、ナポレオンに近づいた
「まあまあ、そんなかたいこと言いなさんな」
「誰だ!」
伊達が叫ぶ
そこにはごく普通の30代くらいの男が居た
「まあ、許してやってくれ」
男がゆっくりと近づきながら言う
「お前は何者だ」
夏目が身構えながら問う
周りの警官、俺、伊達もかまえる
「どうやら平和的には行きそうにないね、ナポレオン」
「はっ」
「まさか…貴様ら」
夏目が言う
「そういうことだ」
男がそういうなり、ナポレオンが銃を乱射し始めた
「応戦しろ!撃て!」
夏目が叫ぶ
警官隊が持っている銃を二人に向けて撃ちまくる
3人の偉能捜査官も相手に襲いかかる
「無駄な…」
男はそうつぶやいた
「あの…これでよろしいのですか」
ナポレオンが男に問う
「まあ、やむをえまい」
「しかし…」
「我々は日本を拠点にはしていない。偉能犯罪対策課と関係が悪化してもかまわん」
「ですが、我々としては…」
「なんだ、君もやられたいのか」
「いえ…」
「なら、何も言うな」
男は足早に去って行った
ナポレオンはしばらく悩んでいたようだが男について行った
二人が去った後には3人の偉能捜査官と十数人の警官が倒れていた
「…ここは」
俺が目を覚ますとどこかのベットに寝ていた
「気がついたか」
そこには聖徳太子がいた
「あ、課長…ここは一体」
「警察病院だ」
「一体何が…」
「お前らは偉能者にやられた」
太子はため息をつく
「犯人は…」
頭の痛みに耐えつつ俺は太子に聞く
「……」
太子は答えない
「課長」
俺はさらに問う
「一人は「ローマの近衛兵」の諜報員、ナポレオン・ボナパルト」
「え、まだいるんですか」
俺はさらに問う
「もう一人は…おそらくだ」
太子は答えるのを渋っている
「課長、答えて下さい」
太子はようやく重い口を開いた
「もう一人は…「九偉人」だと考えられる」
「な…」
俺は言葉を失う
なぜ「九偉人」がここに居るのだ
「やつらの真意は不明だ」
太子は淡々と答えていく
「だが、彼らは現在のところそこまでの問題ではない。最大の問題は二つある」
「なんですか」
「一つ目は「闇の新撰組」の進撃だ。我々が県庁占拠事件の解決に総力を注いでるあいだに自衛隊の駐屯所、京都府警察本部、京都府庁舎に対する襲撃が行われた。現在やつらは最も危険な組織の一つだ。近いうちにマリンギャングと衝突しかねん。大規模抗争となる可能性すらある」
「そんな…」
マリンギャングとは日本最大級の犯罪組織である
強力な偉能者を擁する犯罪組織であり、極めて凶暴
特別監視指定組織であり、動向は自衛隊、偉能犯罪対策課、内閣府特殊公安局によって監視されている
特に首領勝海舟は民間人を殺傷することもいとわない危険人物としてアメリカからも指名手配されている
「二つ目は、「コシュマール」の上陸だ」
「コシュマールが…」
「やつらは日本での権益目当てに横浜や神戸で活動を始めているようだ。国際警察機構から捜査員が派遣されてきた。日本に狙いを定めた理由は不明だ。だが、横浜も神戸もギャングの縄張りだからこちらでも抗争が起きかねない」
「なんでこんなあっちこっちで抗争が起きかけてますかね」
俺は呆れた
「わからん。だが全国規模で抗争が起きかねない。仮に三者乱立の抗争となれば自衛隊でも抗争を止めることはおろか介入すら不能だろう」
「我々でも抗争を止めるのは厳しいでしょうね」
偉能犯罪対策課も極めて強力な偉能者を擁しているが人数は少ない
抗争が大規模化すれば偉能犯罪対策課としても止めるのが厳しくなる
「その通りだ…我々も備えなければ…日本は焼け野原となる」
太子の言葉はものすごい重みを持っていた
俺は太子の言葉を覚悟と共に受け入れた
「ほう…そんなことに」
男がつぶやく
「いかかがなさいましょう」
側近とおぼしき男が聞く
「ふふ…戦争だね」
「首領…」
男の名は勝海舟
マリンギャング首領だ
「お前はどう思う、大隈」
話し相手はマリンギャング幹部大隈重信だ
「戦争となったとして「闇の新撰組」はたやすく殲滅出来るでしょう。ただ、「コシュマール」はわかりません。向こうもまた強力な偉能組織ですから」
大隈は答える
「そうか…」
勝は静かに目を閉じ、考え始めた
「首領、やつらとて我らと戦争など不能です。そこの心配は必要ないかと」
大隈は答える
「ならば、始めようか」
勝は笑い始めた
「ふふふふふふ…戦争だ…」
「首領…」
「ただちに戦争の準備だ」
勝が叫ぶ
大隈は一度礼をして、静かに部屋を辞去していった
「目にもの見してくれるわ」
勝は再び笑い始めた
「なるほど…日本はそうなっているのか」
初老の男が答える
その円卓には9人の男が座っている
ここは「九偉人」の本部だ
「どうしましょう、我々が出ていく場面かと」
かつて日本で警官隊と偉能捜査官を襲った男が聞く
「しばらくは静観といこう」
初老の男が言う
8人は立ち上がり、礼をしたのちに会議室を去って行った
「さて…どうなるか見ものだね」
初老の男、ヘクトールは呟いた
「御呼びでしょうか」
書記官とおぼしき男がヘクトールに声をかける
「日本の協力者にコンタクトをとれ。あと、近衛兵長も呼べ」
「承知いたしました」
書記官は去って行った
ヘクトールは静かに立ち上がり、窓を眺め始めた
横浜 第一埠頭
ここはマリンギャングが支配している危険地帯だ
警察はおろか自衛隊や偉能犯罪対策課ですら迂闊に立ち入れない
そこには幾人もの死体が転がっている
中心にはコートを羽織った男が立っている
周りで数人の男が警戒している
「状況は?」
ギャング幹部、中江兆民が警戒した男に問う
「犯人は不明、今のところ敵勢力による攻撃もありません」
「ほう…そうか」
中江は考え込む
「我々の構成員を我々の支配地で殺すとは恐れ知らずな奴らだ」
そこへ数人の男が現れた
「中江殿、先ほど長崎の支配地域でも構成員が3人殺されました」
男が淡々と報告する
「一体何者だ…」
中江は呟いた
「首領が、緊急の幹部会議を開きたいと連絡が」
「わかった、本部へ戻る」
中江が歩き出し、数人の部下ついて行こうとすると
「ふふふ…これはこれはギャングの幹部殿ではないか」
前に7人の小銃を持った男と、1人の風格のある男がいた
「何奴!」
中江が叫ぶ
ギャング構成員が敵に小銃を向ける
「無駄なことだ…」
男は言う
「名を名乗れ、恐れ知らずな輩ども」
中江が言う
「私の名はアイザック・ニュートン」
「な、なんだと…」
中江は絶句した
コシュマール幹部第一席、コシュマールボスに次ぐ実力者だ
「やはり、コシュマールが…」
「そういうことだ」
言うなり、ニュートンが襲いかかる
「おおっと!悪者を一網打尽に出来る」
周りを戦闘服に身を包み、サブマシンガンを装備した者たちに包囲した
「く…警察か……」
中江が苦しげにつぶやく
「日本の警察か…」
ニュートンがつぶやく
「こんな特殊部隊だけで我らを捕らえられるとでも」
「まさか」
そばから男が現れた
「お前は…偉能犯罪対策課の伊達か」
「その通り!」
伊達は中江が現れるとの情報を得て、SATと共に埠頭へ突入、埠頭の出入り口を県警の制服警官に封鎖させている
「逃げ場はないぞ!」
俺は叫ぶ
「く…だが、貴様らを皆殺しにすればよい話!」
中江は叫び、銃を部下に撃つよう命じた
「その通りだ!」
ニュートンも部下に発砲を命じる
「全員捕らえよ」
伊達は隊員に命じた
三者乱立の銃撃戦となった
「損失は大きかったな…」
中江は言う
「中江殿、首領が今回の件報告せよと」
男が伝える
「今すぐ向かう」
中江は答え、埠頭の倉庫へと向かった
去った後には大量の人が倒れている…