こうま
****あるひ、ちいさなこうまにあいました****
響いたのは、悲鳴だった。
そう、珍しいことではない。些細な犯罪も、大それた盗みも、時には命を奪われることでさえ、全く起こらない日など一日もないのだから。
そう。珍しくなど、ないのだ。
そのはずだった。
けれど。
足が、動いていた。声の方角へ、聞き取った叫びに応じようと。
仕事ではない。指示はない。否、それどころか、別の場所へ向かわねばならないはずだ。
――はず、だった。
「い、嫌だ、助けて……ロア!」
呼ばれる。
「ロア!」
請われる。
「ロアぁ!」
求めている。
ざっと土煙を上げて足を止めたそこには、数人の男と、地面に引き倒された少女が一人、囲まれていた。物音に、男たちが振り返って、一様にぎょっとしたように身を引いた。
「……クレイ、ドール?」
「ばかな」
「…………ろ、あ?」
まさか、と囁き合う男たちに交じって、僅かに掠れた少女の声がした――まだ、生きている。
時は、闇に沈みそうな時刻。濃い茶色の街頭は、男のシルエットをひどくぼかして、一種異様な影が出来上がっていた。
大きく、伸びる、影。
「ひっ……」
誰かが、息をのんだ。
ざっと砂を擦る音がして、誰かが後ずさった。
誰かが、唾を呑んだ。
誰かが――
「……っに、ニセモノに決まってんだろうが!」
動いた。
取り出されたナイフが、鈍く光を反射した。
クレイドールは、無造作に腕を振るった。ナイフが飛ぶ。人が一人、地面に倒れた。
クレイドールが、長い足を一閃した。人が二人、かなり遠くに飛ばされた。
慌てて逃げ出した残りの男たちを、クレイドールは追わなかった。
残されたのは、少女と男の二人。
無言のうちに膝をつき、男は少女の身を助け起こした。一度抱き上げ、自身が地面に座る。その上に座らせるように支えた。
「ロア……っ」
少女が、すがりついてきた。震えた細い肩、汚れてしまった服。零れる涙。
どれ一つ、なに一つ知るはずのないそれらに、けれど言いようのない、そして抑えがたい「何か」が男の中で渦巻く。
黒く、長い指が少女の目元をぬぐった。その手を押さえるように、少女の手が上に重なる。掌には、頬がすり寄った。
「ロアの、手……また、助けてもらっちゃった……」
「……」
「ありがと、ロア」
「……」
答えない。答えを持たない男の腕の中で、少女が泣きながら、小さく笑った。
「ロア、ロア……ロア」
「ああ」
「ふふ。ロア、だいすき」
その日、少女は「家」まで男に抱かれて帰った。
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少女の姿が扉の向こうに消えた後。
「さて、わかっているかな、クレイドール?」
美しい銀色をまとった、魔法使いが現れた。




