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こうさぎ







 ****あるひ、ちいさなこうさぎにあいました****








 街は騒がしかった。

 浮かれ騒ぎ、建国の日を祝う祝杯と歓声であふれていた。

 路上の人々は手に手に酒や肴、威勢よく買った服や食材を持っていた。売り手も買い手も気が大きく、大安売りもあれば大量買いもする。

 明るい声に、笑い声。どこもかしこも陽気だった。

 その間を、するりするりと抜けていく、黒い影には誰も気づかないほどだ。

 だれも、気づかなかった。その時までは。

 影が止まった。人が多すぎたため、道が一部ふさがれていたせいだ。

 とん、と背中に軽い衝撃があった。

「ロア……」

 首をねじって背後を確認すれば、ぎゅう、と押し付けられていたのは、子供だ。

 赤い頬には、涙の痕がある。きつくつぶったまぶたは、震えていた。

 話しかけようとしたすぐ後ろにいた男は、ローブ姿が振り返った時点で、驚きのあまり固まっていた。伸ばしかけていた手が、宙に浮いて止まる。

 唾を飲んだ後、「クレイ……ドール」と言葉を漏らすと、すぐに身を翻した。

 珍しいことではない。心のうちに、後ろ指を指されることを隠した人間は、そう少なくない。

 恐らく逃げ出してきたのだろう、小さな子供だった。誘拐か、それとも奴隷商人か。去って行った男が見えなくなるまで、張り付いたまま動かなかった。

 しばらくして顔を上げれば、にこっと笑顔になる。

「ロア、げんきだった? エナ、おおきくなったよ」

 ん、と腕を伸ばされた。まだ、手のひらよりも短い、丸い指だ。考えるよりも早く、身体が動いていた。

 男は――ついと抱き上げた。

 当然のようにねだられ、当然のように抱き上げる。自然な流れが……ロアにとっては、何よりも不自な気がした。

 ふとよぎった違和感は、きゃあきゃあとはしゃぐ声にすぐ霧散する。

 望みが叶ったエナはさっきまでの泣きべそはどこかへ飛んで行ってしまった。高く、視界が変わる。人の頭が、エナよりも下にある。中々見ることのできない、光景だ。

 道は相変わらずごった返していた。それでも隙間を見つけては、男は前へと進む。

「ロア。エナ、おなかすいた」

 道の脇の露店を指さしながら、エナが分かりやすくねだった。逆らわずに店に近づく。きらきらと瞳を輝かせて、エナは楽しそうに「ありがと」と首にすがりつく。

 露店ではパンに選んだ具材を挟める、ちょっとした軽食が売られていた。

「らっしゃい!」

 愛想よく掛け声をかけた主人は、目の前に立った黒い長身の影に、ぎょっとして一歩下がった。

「クレイドール……?」

 信じられない、と語る表情のまま、すぐ隣にあった小さなエナを見つけると、さらに仰天した。

「エナ!?」

「おじさん、一つちょうだい」

 いつも通り、明るい声が変わらない注文をする。いやあの、としどろもどろになる主人が、さらに黒く長い指が見慣れた硬貨をつまんで出しているのに、さらに動揺する。

「……」

「……」

「……おじさん?」

「お、おお……」

 促されるように、ようやく代金を受け取ってから、主人は商品を作り、少女に手渡す。恐る恐るロアを窺う様子が、普段と違うことにようやくエナは気付いた。

「おじさん、どうしたの?」

「いやだってエナ……そいつは、クレイドールだ」

 クレイドール。

 それが男の呼称。


 それ以外の存在(モノ)では、なかった。いままでも、これからも。


 けれど。

「くれ……? 違うの。ロア、よ」

 あっさりと、エナは否定する。

 店の主人が、はあ? と目を丸くした。

「名前があったのか!? ……いや、そうじゃなくてだな」

「?」

「……とにかく、そいつはクレイドールなんだ」

 どこも間違っていない、言葉だった。が、エナを説得することはできない。まったく通じなかった。むしろ、なにかを感じ取って、離されまいと余計に男にしがみつく。

 弱ったなあ……と、主人は頭を掻いた。

「まあ、だからその……とにかく、こっちに来い」

 困った顔で腕を伸ばされて、エナも同じく困った表情になる。悪い人じゃないのは知っていた。エナがいる孤児院の「しゅうどうじょさま」もよくこの人と楽しくおしゃべりをしている。

「……やだ。ロアと一緒がいい」

 ぎゅう、とまた強くエナがしがみつく。店の主人の眉が、情けなく八の字に下がった。

「そういってくれるなって。お前、勝手に街に来てるんだろう? 導師様たちが探しておられたぞ」

 むう、とエナは唇を尖らせた。ロアを見上げると、顎が引かれて丁度見合った位置で止まる。

「事実だ。お前の名前が時折聞こえる」

「えっ……」

 喧騒の中から、聞こえるはずのない声に、驚いているのは主人だけだった。エナは、しゅんと項垂れてしまう。

 男が主人に抱え上げた子供を渡そうとするが、なおも掴んだローブを離そうとはしなかった。

「ロア……」

 じっと見上げる両目が、何かを訴えるように潤んでいく。

 男は……ただ、握りしめられた指を、そっと外した。

「行け」

 今度こそ、エナは大人しく男の腕から離れていった。

 振り払うように、背を向けて……追いかける言葉に叩かれた。

「またね」と。




 


 


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