とあるユリの一日
「ふあぁ~よく寝た」
次の日の早朝、ユリはベッドから起き上がりぐーっと背筋を伸ばしていた。
(んーっ、やっぱり朝は気分がいいなっ)
私は一昨日、変わったやつに出会った。自分の事を魔王って言ってて古臭い喋り方をする男の子。色々な事があって昨日は技能の神殿に付き添ったり街を廻ったりして、あいつに色々と教えてあげた。
不思議と放っておけない感じでつい世話を焼いちゃうんだけど案外悪い奴じゃ無いんだよね。
それとあいつはすっごいバカだった! 英語も知らないとかどんな生活してきたのよ!?
学校行ってないのかな...? でも魔王の奴に聞いたら学校とはなんだ? なんて言うし、まさか本当に魔王...なんてことはないよねっ。ったく都合が悪いとすぐ知らない振りするんだから。こんど取っちめてやるわ。はーでも一昨日は大変だったな。
一昨日と言えば最悪の出来事が起こった日...マイ達と一緒に広場に行ったら其処にはローブを羽織った死神みたいな奴が居て私達は急にデスゲームに参加することになっちゃったみたい。まだ実感がそんなに湧かないけど、でも間違いなく本当の事。
VRMMORPGを舞台にした小説なんかだとゲームをしてる内に年をとって衰弱しちゃうみたいな設定があるけど、SSSは時間が加速してるからその心配はないらしいし。加速してる分、現実ではこっちの状況を観測出来ないんだけどね。
私に今出来るのはβテスト経験者として出来るだけみんなの事を助けて、ラスボスのやつを倒して現実に帰ること。でもラスボスってどんな奴なんだろう? やっぱ悪の大魔王みたいな...あ!そういえばあいつも魔王ね、ふふっ...あーあアイツのこと思い出したら色々難しく考えてるのがバカみたいになってきた。
(よし! 今日は世界の為に戦う、魔王の言ってた勇者にでもなりますかっ)
「さてと、先ずは広場に行ってギルドの人達に会いに行かなきゃね」
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始まりの街 広場
ガヤガヤガヤガヤ
(うわーやっぱいっぱい人が居るなー。とりあえず真ん中に設置された高台の方に行ってみよ)
ユリが大きな広場の中央へと歩いて行くと、其処には有力ギルドのマスターや幹部達が集まっていた。
(あっセインさん! それに<鷹の目>に<虹>、<紅蓮騎士団>のギルドマスターもいる!! うわー流石に有力ギルドが集まると壮観ね、とりあえずセインさんに聞こう)
「おはようございますっセインさん。昨日街を歩いていたら攻略組の結成をしようといてるって聞いたんですけど、今はどんな状況なんですか?」
ユリがセインと話しかけたのは、SSSの中でも五本の指に入る有力ギルド<聖剣>のギルドマスターである。
セインは刈られた芝生の様な金髪に如何にも誠実そうな顔立ちで、生真面目なサッカー部のキャプテンと云った感じの青年だ。卵型の綺麗な頭と額が程好く広いのが短髪に良く似合っている。
「おはようユリ。聞き付けて来てくれたのか、ありがとう。今他のギルドマスターと話し合いながら攻略組の部隊編成やシステムについて決めた所だよ。後は連絡方法や規律、罰則なんかをこれから詰めていく所かな。」
その青年はすらすらはきはきと答える。
ギルド<聖剣>はβテスト時にユリが所属していたギルドである。<聖剣>では年齢差を気にすること無く、誰もが平等に接する事が出来た。まだ周りのプレイヤーに比べ幼いユリにとって居やすい環境だったのだ。
加えてギルドマスターであるセインの人柄もあり腕利きのプレイヤー達が多く在籍していた。その事も有りユリこのギルドに所属していたのだった。
因みにユリも<聖剣>の中で腕利きの部類に分類されている。
「じゃあもう大方は決まったんですね!良かった。何か私にお手伝い出来ることはありますか?」ユリはそれを聞くとニッコリと微笑み尋ねる。
「ありがとう。そうだね、もしユリが冒険する中で、攻略組で活躍出来そうな人を見つけたらスカウトしてくれないか。それと、生産職の人達の協力のパイプラインをお願い出来るかな」
ユリはセインのこう云う所が気に入っていた。自分の年齢を気にせず、実力に見合った役割を与えてくれる所だ。ただ今回ばかりは少し違った。
「それと少し言いにくいんだけど、ユリには攻略組への参加は辞退してもらいたいんだ...。」
セインはユリが来る前から言う事を決めていた様だ。彼の言葉に対し、ユリは驚くと同時に言い返す。元々ユリは気が強い。だがセインはそれすらも分かっていてそう言ったのだった。
「な、何でですかっ!? 私もみんなの為に全員が無事に現実に帰れる様に力になりますっ。他の人達にだけ危険な思いをさせるなんて出来ませんっ!!」
セインさんがそんな事を言うなんて。と反抗するが如く如何にも模範回答と云った言葉を紡ぐ。
「うん...少しキツい言い方になるけどユリは攻略組には向かないと思う...全員が無事に帰れるなんて事は実際問題不可能だからだよ。もし、目の前で人が死にそうになった時、その人を助けると他の人に危険が及ぶってなったらどうする? 今回は冗談じゃなく人の命が掛かってるんだ。感情を捨てて、時には他人の命を天秤にかけてでも、最善の手を選んでいかなければならないんだよ」
それに対しセインは柔らかくも芯の通った声で諭す様に、事実を突き付ける様に淡々と語る。その言葉にユリは言い返す事が出来なくなっていた。
何故ならユリの言ったそれは、正しいと分かっていて、そう言う事こそが勇気だと思って紡がれた物だったからだ。
勿論、ユリからしてみれば心からそう思って言った言葉だったのだろう。しかしそれでも、その言葉は偽物だった。本当は何処かでそう気付いていたのだ。
だからこそユリはもう何も反論が出来なかった。
「済まない。仲間の命を守る為にも君の参加は許可出来ないよ」
「.........はい...分かりました」
ユリは俯きながら小さく呟くと反対を向き広場を去っていく。一方、そこには去りゆくユリを辛そうな顔で見つめるセインが立っていた。
ポンッ「よっお疲れさん」セインの肩に手を置き労いの言葉をかけたのは、同じく有力ギルド<鷹の目>のギルドマスター、ロジャーである。
「ああ...こう云うのはどうも苦手だ」
「ばーか、そんなの得意な奴なんていねーよ」力なく笑うセインにロジャーはそっと言い返す。
「おい、一応彼女が街の外に一人で出ないか見張っとけ」ロジャーは部下に向け話す。
ロジャー率いる<鷹の目>は索敵や隠密、アイテム鑑識などを得意とするトレジャーハントのギルドである。一方戦闘においては、その機密性を生かした暗殺や忍術などを得意とする集団でもあった。
「悪いな」
「良いってことよ...まあでもよ、あの子は多分大丈夫だぜ」
「...何故そう思うんだ?」
「んああ? んなの決まってんだろ......なんとなくだよ」
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その頃ユリはと云うと、セインに謂われた言葉の意味を考えながら街をとぼとぼと彷徨っていた。
(はぁ...私バカみたい。世界を救うとかみんなで無事に世界に帰るとか...私にそんなことできる力なんてないのにな)
セインさんの言いたい事は分かってる。その通りだよね。命が架かった戦いで感情的に行動すれば足下を掬われ仲間を危険に晒す。そういえばβテストの時も私が原因で全滅した事があったな。そんな私が攻略組に入ったら皆に迷惑かけるもんね。自分も攻略組で少しは役に立てるとか馬鹿みたい。
私の全てが否定された気分になる。
ユリは事実、何事にも常に全員無事で全員で勝つことばかり考え行動していた。それは道徳的には感情的には正しいのかも知れない。でもそれは現実の前には無力だった。セインはそれを言葉にして。心の中で幼い少女に危険を犯させる事を憂いながら。そう謂ったのだ。恐らく心に思う其れをも口にすれば気の強い少女は納得しない、そう思っていた。
(はーあんな感じでみんなの前から逃げ出して、今さらもどれないよね...どうしよう...強そうな人のスカウトか...そんな人とっくに攻略組に参加してるよ。生産職のパイプラインだって、態々そんなことしなくても自主的に手伝ってくれる人は山程いる筈だし...)
私が色んな事を考えながら歩いていると、前方から聴き覚えのある声で古臭い喋り方で話しかけられた。
「む!ユリではないか!? 如何したのだ、今日は攻略組の手伝いに行ったのでは無かったのか?」
「あ、魔王...」元気を出して喋ろうかと思ったけど、上手く声が出ない。
「どうしたのだ?そんなに落ち込んで...また何か悪いことでも在ったのか?」
魔王は心配そうに話しかけてきてくれる。ううん、何でもないよっ! ただちょっと少し落ち込んでただけ、心配しないで。そう言おうと思ったけど言葉が上手く出なかった。何だかとても惨め気分だ。
「む...ユリよ。何があったか我に教えてくれぬか?...ユリは私の命の恩人だ。例えどの様な事であってもちゃんと聞くぞ。それに何があってもバカにしたりなどしない。落ち込んだ命の恩人を見るのは辛いのだ我を助けると思って話してくれぬか......」
魔王の深く優しい言葉に心が揺らぐ。それに命の恩人を使うなんて、辛いなんて言うなんてずるい。なんとなく魔王になら頼っても良いような気がしてしまった。それでも、私が本当に言いたい事は口から出てこない。
「ううん...何でもないよ......大丈夫。」
「む......そうか......ユリよ少し場所を変えぬか?」
そう言うと、魔王はゆっくりと私の少し先を歩いて行った。
何も話さないままその場所に着いた。其処は前に私が魔王と一緒に来た武具屋の近くの公園だ。
「座るがよい......」
「うん」ユリは静かにゆっくりと芝生に座る。
周りより少し小高い公園からは尾根や森、其処を真っ直ぐに通る煌く川、そして広大な草原が広がり幅帯ていた。
―――――私と魔王は無言で、でも気まずく無いちょっとした時間が流れた。
「ユリよ、これから我の事を話そうと思う。出来れば最後まで黙って聞いてくれぬか......?」
「...うん」その言葉に私はただ頷く。
「...我は...信じては貰えないかもしれないが、我は本当に魔王なのだ。」
(え?なんでまた魔王だなんてそんな事言うんだろう。)
でもすごく真面目な顔。それに魔王は私の事心配して真剣に話してくれてるんだもん。うん、私もちゃんと聞かなきゃだよね。
そうしてゆっくりと静かに魔王の言葉が紡がれる。
「一昨日のことであった。我は城にて勇者が攻め入ってくるのを待っておった。
そして、配下の者達を倒し遂に勇者は我の下へと現れた。今まで幾人かの勇者が我を滅ぼさんと魔王城へ踏み入ってきた。だが何時でも勇者と名乗る者は我の下へと辿り着く前にその命を散らしていた。
我はそのことに対して何の感情も抱かず当然の事の様に感じておった。至極当然のことだ...我は今まで幾千幾万の人間を殺して来たが、その全てが極大魔法により遠くから消し去ることばかりだったのだ。
目の前で自らの手で直接人を殺めたことなどただの一度も無かった。だが今回は違った。勇者は我の前に立ち、我と戦い、我の命を脅かした。そして初めて、我は初めて人を此の手で、その劔で殺めたのだ。
そして気付いた時には我はこの世界に立っていた...それからはユリと出会い、マキさんに出会った。そして多くの人間の生きる姿をこの目で見た。我は思ったのだ...もしやこれは罰なのかもしれんと。
今まで多くの人間の命を当然の如く奪ってきた罰が当たったのだと思った。我は人間の事など好きでも嫌いでもなかった...ただ殺すべき、排除すべき存在だと思っておったのだ。
だが今はそれが間違っていたのかも知れんと思っている。いや、多分間違っていたのだろう。ユリに出会い人というものを知った今、自分のしたことの罪の深さを心より感じておるのだから。
それでも、それでも我の中には人というものを知れて良かったと思う自分がいる。勝手なものだろう?我でもそう思う。ただ分かっているのは...感謝しているのだユリよ。
この世界に来た事に、ユリと会えた事に、人間というものを教えてくれた事に...」
私は静かに魔王が語る言葉を、その心に受け入れた。何と無くスッとその言葉が私の中に入ってきた。とても不思議な声だ。
「それだけだ。我の命を救い、人の尊さを教えてくれたユリに感謝している。我はお主に救われたのだ。そのことをどうか憶えておいて欲しい。」
魔王の長い長い話しの後、最後のその言葉を聞いた時、私もまた救われた気がした。
そして私も誰かの役に立っていたんだ。私がしてきた事は間違いじゃなかったんだ。
それで吹っ切れた気がした。私の中の曖昧な部分が、汚い部分が綺麗に。
「ありがとう...私も魔王に救われちゃったよ...」
雲が流れ一面が綺麗なセルリアンブルーで塗り潰された空を見て私は人知れず呟く。
人の命の重さなんて知らないくせに全てを救うとする私。
人の命の重さを知らずに全てを葬ってきた魔王。
まるで真逆の私達は同じ事で悩み、そしてお互いに救い救われた。
私の勇者はここに居たのかもしれない。
勇者「魔王」、まるで真逆の変な名前だ。
これが私の一日だ。世界を救うなんて本当は考えていなかったのに口からポンポンとでまかせを言う。
傲慢で汚い私は何かの拍子に。
目の前に広がる広大な大地の前に、澄み渡った空へと綺麗に消えていった。
本当は消えてなどいないけど、それでも今はとても澄み渡った気分だ。