デスゲームの開催を宣言します
始まりの草原 魔王
時は宵、空には隣り合う二つの月と幾千の星々が瞬いていた...
「ぶはははっ弱い弱過ぎるぞ!! Lv2となり木の剣と旅人の服を手に入れたこの魔王にスライム如きが勝てると思うてかー!!」
――――魔王は始まりの草原にて、先刻までボコボコにされていたスライム(Lv1)を嘲笑うかの如く狩っていた。と謂ってもHPゲージは12匹目を狩り終えた時点で既にオレンジ。嘗て圧倒的な力を持ち対する者が抗う間もなく屠っていたが故に、その戦い方には少々雑なところがあった。
ただ魔王だけあって勿論弱い訳ではない。この世界に飛ばされた直後は勇者との戦いで傷を負った状態であり、動揺と不意を突かれ敗れたのだ。そして続くデスペナルティー状態での戦いである。
「ふはははは!! 化物がスライムの皮を被っていたのかと思ったが、どうやら我の気の迷いであった様だな!! ふーはっはっはっはー!!」
それにしてもなんと弱いのだ。本当に我を何度も討ち破ったあの魔物か...だがあの時は勇者との死闘の後であったからな。所詮ただのスライム如きが我を倒すなど、傷を負い動揺し魔力を失っていたこの身に、更に卑怯な手を使わねば不可能と謂うことか、ふはは身の程を知るがよいスライムよ!!
――――その時、魔王の視界の端にオレンジ色のスライムが映る。
「むっなんだあれは!? 碧きスライムだけかと思っておったがと燈色だと...ふっだが所詮はスライム我の敵ではない!! ふはは、ふーはっはっはっはー!!」
「行くぞ!! 燈色のスライムよ!!」
橙色の魔物へと声を発っした魔王は、侍が居合するかの如く剣を左舷に構え直進する。そしてスライムドスまであと2メートル。魔王は倒れこむように前方へと身体を傾け、勢い良く地を蹴り跳ぶ。その距離を一瞬にして縮める。
――――刹那
魔王は剣でスライムドスを一閃した。
刃の切っ先がまるで流星の如き残像を残し鋭く迫り、跳び躱そうとするその魔物を捉える。そして身体に減り込み一瞬にして過去る。ゲル状の魔物は、その鋭い衝撃に身体を震わせ波打つ様に歪みそして横へと吹き飛んだ。
そして魔王は勿体振る様に態とらしく仰々しくその剣を鞘に収めるのだった。
「ふっふっふ! 我が剣の前に敵はなし...貴様も我が血肉となるがぶべぇ!!」
<スライムドスの攻撃 魔王に35のダメージ スライムドスはまだピンピンとしている>
スライムドスは吹き飛ばされるも、その反発力とグリップを利用し潰れる体で地を掴み草を嚙ませ舞い戻っていたのだった。
「何っ我の一太刀を喰らいまだ生きているだと!?」
ぐっ、どうやら所詮スライムと油断していたようだな。
かろうじとは云えよもや我の一撃を耐え切るとは...ま、まさかあの頭上に浮かぶあれは!!?
「 ス、スライムドスLv3だと...!?」
むっつい声に出してしまった。だ、だがなんということだ...ユリが謂うにはレベルとは強さの指標であったはず。このスライムは我よりも強いというのか!? あ、ありえん...そんなバカなッ!?
――――魔王は敵の頭上に現われているLv3の文字を見て漸く気を引き締める。しかもこの時スライムドスのHPは7割程。一方先程の攻撃で魔王のHPは残り僅か。魔王は現在ギリギリで一命を取り留めているだけだった。
「ふっ...たかがスライムなどと言った非礼を詫びよう。Lv3となれば、我よりも格上。全力を持って向かせてもらう!!」
言い終わると同時に両者は距離を詰め、互いに相手を葬らんと一手を仕掛ける。
スライムドスは身体を縮め、元に戻ろうと反発する力によって勢いよく魔王へと突撃する!
「くっ...だが動きは遅い!! こちらもいくぞッ!!」
刹那、魔王は声を発しながらも身体を左斜めに逸らし避けると、同時にスライムドスが直進する軌道上へと剣を振る。それはまるで、迫るボールと振られるバットの様に互いに向かい、激しく衝突するのだった。
スライムドスの身体が凹状にへこみ、前方へと真直ぐ低い軌道で吹き飛ぶ。その最中魔王は倒れる身体を踏み込み支え、剣との衝突で飛んだ橙色の球体へと追い駆ける。
だが吹き跳ぶ魔物は地へと衝突するも物理法則を無視して時を巻き戻すが如く、吹き飛んできた軌道へと舞戻り再度突進する。
一方魔王は、まるで衝突を望むかの様に避けようともせず、スライムドスに向けさらに加速し跳ぶ。そして宙を舞いながら両腕を高く掲げる。両者の軌道は向かい合い、その延長線上で衝突する事は明らかだった。
しかし、両者が衝突するその直前に剣は縦に叩き降ろされる。掛る重力と共に渾身の力で振り降ろされたその刃が。その竹を割る様な斬撃が、向かい来るスライムドスの体に減り込む。その衝撃を一ミリたりとも逃す事なく刃は進み、柔らかい張りのある半透明なオレンジを真っ二つに割ったのだった。
<スライムドスLv3を倒した>
<経験値:25を取得>
テレレッテッテレー♪
<魔王のレベルが1上昇しました>
<STボーナス:HP+9 / MP+2 / SP+3 >
<STポイント: 6 取得>
「くくっこの音は不思議と癖になるな。ステータス画面なる便利文字で早速確認してみるか...」
(メニューオープン、ステータス)
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魔王:Lv3
HP:7/125
MP:33/35
PP:35/40
ATK:34 (+20)
DEF:24 (+18)
MIND:42 (+3)
<SKILL> :
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「うむ。数値を見ても良くわからん! とりあえずSTポイントなるものはATKに全振りしておくか、ほう恐らく一番上のHPというやつが生命力であるな...なんともギリギリであった様だ」
恐らくもう一撃でも喰らっていたならば我は倒れていただろう。この我にそんな日が来ようとは...冷汗を掻いてしまったぞ。それにしてもユリの奴は一体何処へ行ったのだ。この魔王を待たせるとは全くもって礼儀がなっておらん!!
リリン♪ リリン♪
「んっなんだこの音は? ...ぬおっ何やら魔法陣が現われおった!?」
――――鈴の音と共に魔王の視界(脳内)に呼び出し画面が表示される。
また四角く光る陣が現われおった。
だがユリと書かれておるな...これがさっき説明しておったやつか。くくっナイスタイミングであるぞユリよ! ふははたしかコールと念じるだけで念話魔法が使えると謂っておったはず...
(コ、コール)
「もしもしっ! ちょっと今何処にいるのよ!? 動かないで待っててって言ったでしょ!!」
ぐ、煩い。ユ、ユリの声が我の頭の中に流れてきおった。
それに何やら声がやたらと大きい。ま、まさか勝手に移動した事を怒っておるのか!?
「な、何を言う、我は魔王であるぞ!」
全くうるさい奴だ。魔王である我を人間の小娘如きが縛れると思うておるのか!
「もう魔王魔王ってめんどくさいわね! ってそんなこといいから今どこにいるのよ!? 今大変なのっ!!」
なっ何やら慌ただしいが一体如何したと謂うのだ、全く騒がしい奴め。くくっだがユリよ我の言葉を聞き驚くが良い!!
「ふはははは、いま我はスライムと戦っておってだな! 先程はなんとスライムドスを手打ちにしてくれたとことだ!! 」
「え!! 今草原にいるの...わ、分かったわ。私は今すぐそっちに行くからアンタは早く街に戻って!!」
「どうしたのだ!? な、何をそんなに慌てておる?」
「いいからっ説明は後よ!! 今すぐ、お願いだからいますぐ戻って...お願い」」
一体この深刻な切羽詰った様子...この草原とやらに居てはまずい何かがあるというのか、ここは我の知らぬ異世界何があっても不思議ではないが...ま、まさかユリの身に何か!?
「っ緊急の事態か...分かった、今すぐ戻るっ!!」
――――ユリの切迫感ある声に流石の魔王も冗談を言っている場合では無いと悟る。所謂魔王。一軍を率いる長だけ在ってその判断は早く鋭い...筈。
プツン!
そうして魔王は念話を閉じ魔物を無視し全力で街へと走りだしたのだった。
(ユリの慌てた声、一体何があったと言うのだ!?...つっ!!)
だがしかし魔王が急ぎ駆ける先に闇夜に紛れ殺気を放つ一匹の獣が待ち構えていた。
「くっ...!! こんな時に邪魔をしおって!!」
それは魔物だった。
黒く生えた体毛に牙、二つの光る赤い目、鋭い牙を持つ獣。
その名をワーウルフ。体長2m程の始まりの草原に出没する狼のモンスターである。
その闇夜に紛れ毛を逆立てるワーウルフは、既に魔王を獲物として見定めその命を狩ろうと牙を剥き唸っていた。
「くくっ舐めるなよ...たかが狼如きがこの魔王に牙を向けるだと? その行為が何を意味するか教えてやる――――お前の命、逆に喰らい尽くしてくれるわ!!」
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一方 魔王と別れた直後 ユリ視点
「ごめん! そのまま居なくなって悪かったって思ってるわ。ただリスボーン地点で変な初心者に出くわして色々と教えてあげてたのよ」
そう、私はあいつと出会うちょっと前、友達と遊び気分でエリアボスと戦っていた。
だけど私は友達を庇って先にやられた。その後結局皆もやられちゃったからそれは私のせい。それにそのお陰で自称魔王に会うことになるしほんと最悪ッ!
「ふーん、でその初心者ってのはどーせカッコ良くて、それでユリは私達よりそっち優先したんだー?」
ユリの女友達であろう少女が意地悪そうな笑みで質問する。
「ち、違うわよっ! 本当にすっごい初心者で何にも分かってなかったから説明してあげただけ! 装備の仕方もわかんないで本当に着ようとしてたし、超々初心者だったんだから!!」
ほんとすっごい初心者。て言うかあれはもう完全なるただのバカね。しかも厨二病全開だし魔王気取ってるわで。ミ、ミドガルド文字がっ!とか、ばっ馬鹿な、異世界に転移しただと!? とか言ってるしあいつアホ過ぎ。ゲームの事も全然知らないわ。あんなんでよくSSSやろうと思ったわよ。
そんなバカな奴ほっとける訳ないから...てかあんなの放置したら可哀相だし問題起こして速攻垢BANされるわよ。だからカ、カッコいいから優先したんじゃない!うん!
「ふーん? で、ち違うわよ! はどっちの否定かなー?」
げっ流石マイ、しつこい。今いやらしい笑みで私の事をいじってるのがマイ。
同級生で友達だけど人をからかってる時が一番輝く子。本プレイ版から始めたから一緒にプレイする...予定だった。
「おいおい、そろそろ許してやれよマイ。」
ナイス拓郎。こっちも同級生で名前は拓郎。
ゲーム好きの数少ない友達なんだけどβ版に落ちて本プレイ版からの参加。
因みにβ版の応募総数は5000人の採用者数の60倍、つまり30万人ね。
だから私が受かったのも奇跡だったってわけ。初のVRMMOだから年齢問わず多くの人が血眼になって応募してたし、βテスターの偽造許可証も出回ったって噂もあった。
まあ応募時に写真とか個人情報、髪の毛なんかも送って審査にDNAシーケンスとかされるから無理なんだけどね! てかそういう奴ってバカすぎでしょ。
「はーい。全く拓郎は冗談がわかんないんだから。しかもシェイドって何カッコつけてんの?」
マイは止めに入ってくれた拓郎に嫌味を言ってる。流石マイさんです。
「うっ、おいリアルネーム出すなよ!それにゲームぐらい好きな名前で良いだろっ、日本語の名前じゃ世界観壊すし...」
拓郎は少し恥ずかしそうに顔を赤くしてる。
でもMMOじゃ名前を変えるのが普通。大体は外国風の名前だったり、逆に難しい漢字を使った和名だったりするけどね。私やマイみたいに女の人は自分の名前そのままってことも多い。
それと見た目や身長は殆ど変えられない仕様。脳内記憶とか徐々に身体を動かしてそのイメージからアバターが生成されるから、無理やり弄ると齟齬が出るみたい。だから怪我してもイメージさえ出来ればゲーム内で動ける。
――――因みにユリが話すシェイドこと拓郎は普通の中学3年生、変わった点といえば金髪ぐらいの至って平凡な少年である。実際はそれさえも黒髪なのだがゲームなので髪色程度は自由に変更可能だ。
一方マイは少し間延びした話し方をする赤髮の少女。その風貌はハロウィンパーティーにでも来たかの様な如何にも魔女っ子と言った感じである。
「はいはい、でもたしかにアンタの名前じゃ世界観ぶち壊しね。ま、それはそうとユリも来たしこれからどうする?」
「そうだな、一回広場の方に行って街を回ってみないか? 今日サービス開始だし賑わった街の雰囲気味わおうぜ」
「んーそうねいいわよ。ユリもそれでいい?」
広場に行くことになったみたい。あまり長くは居れないけど私もちょっと気になるし良いっか。
「いいよっ! でもさっき言った子待たせてるからちょっとしたら今日は離れるね」
とりあえずあいつを待たせてる事は言ったしこれで大丈夫っと。
「お、おう!わかった!!マイもそれで良いよなっ?」
拓郎はマイがまた文句を言い出す前にあわてて纏めに入っていた。
マイもこれ以上はしつこいと思ったのか意外とあっさり了承したみたい。ほんとマイって掴み所ない。
そして私達は見物したり話したりしながら歩きはじめた。
その間は食べ歩きをしたりアクセサリーや小物を見たりして、2時間ぐらい経った頃に漸く私達は広場に着いた。広場はゲームのサービス開始初日だから凄い大勢のプレイヤーでごった返していた。数千人は余裕で居る。身長が低く良く見えない私達は目を合わせると、其処を掻き分け中央付近、その場所へと近付いた。
空気が異様だった。見渡す限り全ての人がある場所を見上げ、それが視る先には...居る筈もない所に...それが居た。
「なっ何だ何だ!? なんかのイベントか!?」
拓郎は驚きながらも期待してる。
でも多分これは違う。イベントにしては...
「空気がおかしい...なんかみんな顔が真剣だし、少し怖い感じ......イベントじゃあさそうよ」
私は何か嫌な、いつもと違う雰囲気を感じて拓郎の言葉を否定した。
――――少女等が話し合い、人の群集がざわめくその時、広場の中央に浮かぶソレは時が満ちたかの様に突如として語り出し、言葉を紡ぎ始めるのだった。
「...諸君、先ずはお集まり頂き感謝する。現在、この世界の冒険者が10万人に達した...早速だが諸君にはこれからある実験に参加してもらう。そうだな...所謂生き残りを賭けたデスゲームと言ったところだ」
全身をローブで覆って淡々と冷たい声で話す。なんとなく死神みたいだ。
そして広場に集まった人達がザワザワと騒ぎ始めた。困惑する人、呆然とする人、友達と話し合う人、バカにした様に笑う人、嬉々する人、奇声をあげる人...反応はそれぞれ。でも私はデスゲームって言葉とその死神の声に嫌な寒気がする。
「まあ、いきなり信じろというのも難しいだろう。そこで先ずはログアウト画面を見て頂きたい...この世界から出られない筈だ。」
先程より周りのざわめきが大きくなる。数千人が戦慄したみたいなその空気は異様だった。
たしかに私もログアウトが出来ず反応もしない。
もしかして本当にデスゲームってこと...ありえない。そんなの小説とか漫画の中だけでしょ? どういう事、もし本当にそうなら...いやでも流石にこれはありえない...よね?
「おいおいマジかよ」「ふざけんじゃねえぞ」「なんで!?本当に出られない」「これがデスゲームってやつか!?マジかよ!!」「ぐふデスゲームktkr」「くそっ!どうなってんだ!?おい!説明しろ糞ヤロー!!」
呆然とする私の耳にそんな声が届く。
そしてまた、その死神が喋り始めさっきまでのざわつきが嘘みたいに静かになる。そして全てのプレイヤーが真剣に耳を傾けていた。
「少しは信じてもらえた様だな...さて、始めにデスゲームと言ったからにはお分かりかと思うが、この世界での死は現実での死に直結する。そして、諸君等はある条件を除いてこの世界から脱出することは出来ない。つまりこの世界、此処が諸君らの唯一の現実となるのだ。
その条件とは、このゲームのクリア。つまり最終ボスの討伐である...戦い、生き残り、自らの生を勝ち取らなければならないと云うことだ。ああ、それと安心するといい...この世界は現実とは異なる時間速度の上にある。例え100年掛かろうと現実では1年程度、1年なら3日と6時間半というところだろう...。
まあ仮に肉体の方が先に死滅しようが諸君等の脳はインターワールドの量子空間にバックアップされているのだがな。つまり、此処での死以外では何者にも邪魔されることはないと謂う事だ。それと補足ではあるが、基本的なシステム構造はβテストから変更していない、普段通りに攻略に励んでもらえるだろう。ただ変更点もあるのでそこは自身で確認して戴きたい」
その死神は淡々と事務の様に語る。
「...では、これから前途多難な戦いへと踏み入れる冒険者達に私から些細なプレゼントを送ろう。プレゼントと言ってもアイテムなどではないが、幾つかの新たな機能と追加イベントだ。詳しい説明はメール機能により全プレイヤー各々に送らせてもらう。それでは10万、いや10万飛んで1人のプレイヤー達よ――――諸君等の健闘を祈る...」
どういう事!? 意味がわかんない...本当に私自身がデスゲームに!!? 嘘でしょ?...そんなことあるわけ...でもログアウト出来ないし運営が冗談でこんな事するわけない。リスクが大きすぎるしデメリットしかない...きっと問題になる、だから違う。ならこれは...
頭が混乱して心臓が激しく鳴り、頭に血が昇るのがわかる。全身から冷たい汗が吹き出て身体が熱い。わからない...耳が熱く意識が定まらない。身体の自由が奪われ私はただ呆然とする。
その私の前で、死神は徐々に自分勝手に恨めしくもただ宙へと普通に当たり前のように消えていく。
そしてそれと同時に人々がまたザワザワと騒ぎ始める。
「マジかよ、ありえねえ」「早く皆に知らせなきゃ」「うは!やっぱ開発者とかゲームマスターだったりすんのかな!!」「おいお前なに笑ってんだよ」「なんで、よりによってデスゲームなんでなんかに...」そんな言葉が広場中に溢れ喧騒となっていた。
「ねえ、今のって何なの?」
マイの声が聞こえる。
「さ、さあ。イベントじゃないよな...本当にログアウトも出来ないし」
拓郎が答える。
「んーてことはやっぱりさっきのは本当? ゲームの中に閉じ込められたってことかな...ほんとにクリアなんて出来るの?」
マイの呑気な声...たぶんいつもよりは深刻な声。でも実感できていない様子で何処か他人事だった。
ただ何となくマイも卓郎も私も、これが本当の事だと現実だと薄々感じている。そうして二人の声に私も徐々に落ち着く。冷静になっていくにつれそれが徐々に現実だと意識できる。
「普通に考えて無理だろうな...正直街の外に出るのすら怖いぐらいだ。油断してたらボスどころか雑魚敵にだって負ける可能性はあるぜ」
そんな拓郎の言葉に私は納得した。実際MMORPGで一回も死なずにクリアなんて不可能に近い。不慮の事故や、トレインなんかに出くわしたら一溜まりもない。
間違いなく死が待ってる...でも自分が死ぬなんて実感出来ない。ただこの状況が最悪ってことだけはわかる。そして思考が徐々に動き始め言葉となって私の口から出る。
「最悪っ...なんで、何でこんなことに巻き込まれなきゃいけないのよ...それに今日サービス開始でゲームに慣れてない人だっていっぱい居るのよ......」
そう、今日はサービス開始初日。私はβテスターだから良い...でも多くの人は今日が初めてで、私よりもきっと弱い。最初はスキルを選んだりしてレベル上げをまだしてない人も多い筈、きっと多くの人が死んでしまう...MMO初めて人なら尚――――――――っ!!!?って初心者!!
「あ、あいつにも知らせなきゃっ!!」
何やってんのよ私っ! 早く知らせなきゃあいつが危ない!!...今すぐ!!
私は漸くさっき出会ったばかりの彼を思いだ慌てる。超の付く初心者で変わった男の子のことを。
「マイ、タクロウ! 私ちょっと行ってくる!!」
まだそんなに時間経ってないし待ってくれてるよねっ...? お願いっ!!
そんなことを思いながら私はあいつと居た、武器屋近くの公園に向け一心不乱に走っていく。
「お、おい! ユリ!?」「ちょっと!!」
――――その時、シェイドやマイは呆気にとられ人混みの中もあって追いかけられずに立ちつくしていた。
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「ハァハァ、居ない......何処よ!? あのバカ...此処に居てって言ったのに...まさか!?...」
私が其処に辿り着いた時、あいつは魔王は居なくなっていた...
自身が嫌な予感を感じていることに気付きながらも、急いでメニューを開き魔王に向けコールを掛ける
――――リリン♪リリン♪
(お願い無事でいてっ...っ繋がった!!)
「もしもしっ!! ちょっと今何処にいるのよ!? 動かないで待っててって言ったでしょ!!」
私の口からそんな言葉が出る。
なんで怒ってるのよ私...でもそんな思いを無視して勝手に言葉が溢れ出る。
「な、何を言う、我は魔王であるぞ!」
「もう魔王魔王ってめんどくさいわね! ってそんなこといいから今どこにいるのよ!? 今大変なのっ!!」」
よかった...魔王の声に私はそう安堵する。
でも人の心配も知らずに呑気な言葉を吐く態度にイラつき自然と語尾が強まっていた。
魔王はなにも悪くないのに。
「ふははは、いま我はスライムと戦っておってだな! 先程はなんとスライムドスを手打ちにしてくれたとことだ!!」
「え!! 今草原にいるの...わ、分かったわ!! 私は今すぐそっちに行くからアンタは早く街に戻って!!」
なんでよりにもよって草原なんかにいるのよあのバカっ。
「な、何をそんなに慌てておる?」
「いいからっ説明は後よ!! 今すぐ、お願いだから今すぐ戻って...お願い」」
もう一刻の猶予もない...そう思うと魔王の言葉を最後まで聞いている余裕など持てなかった。
「っ緊急の事態か...分かった、今すぐ戻るっ!!」
突然に通話が切られる。ただ事態はきっと分かってくれた。
そして私は息を吸い深呼吸する。
でもまだ安心は出来ない...早くあいつの所に行かなきゃ...
――――こうしてユリもまた、魔王の下へと急ぎ必死に駆けていくのだった...