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魔王はスライムと戦います

詰め込みすぎました。

三話分だと思って一拍置いて読んで頂けると幸いです。

 《プロローグ》


――――長き旅と幾多の危機を乗り越え、勇者は魔王へ繋がる最後の扉へと辿り着く。

憎き魔王を討ち滅ぼさんと扉を押し開け、宿願を果すべく魔王の前へと猛り立つ――――


「魔王、遂に辿り着いたぞ。...我が友、我が家族、我が祖国に懸け! お前の命...この勇者ヴァルスが貰い受ける!!」

 雄弁に語る勇者ヴァルス。その強靭な肉体には無数の傷跡が残り、手には聖なる剣が携えられている。


「フハハハハ!! 我の前まで生きて辿り着けるとは、人間にも少しは骨のある奴がいるようだな」

 そう嗤うのは勇者が倒さんと願う宿敵。魔族の王にして全大陸を支配する世界の王。


 その嘲笑う声だけが響く厳然なる黒雲母の大部屋で、魔王は玉座から厳かめしく立ち上がる。そして立て掛けられた漆黒の剣へと手を伸ばし、勇者の前へと歩み進める。身長二メートルはあろうかという巨体に、頭部からは二本の捻れた角を生やし両眼に赤と紫の魔眼を宿している。


 世界の宿命に従うがの如く、奇しくも勇者と魔王は睨み立ち合い対峙するのだった。

両者は静かに剣を構え、戦いの始まりその時を待った。


―――――――――――――ポタッ

 

 勇者の顔から汗が堕ち、その雫が地へと届く。刹那、両者は地を蹴り一気に駆ける。

 王の間の至る所で閃光が次々と瞬き、金属同士の激しく衝突する音が鳴る。ストロボが連続して焚かれたかの様なその光景に飛び飛びの二人の残像が映る。そしてそれは永遠であると錯覚してしまう程に決して止むこと無く其処に在り続けた。


 闇雲に永い時が過ぎる――――――――――永遠と思われたその戦いに両者の実力が徐々に変化をもたらし始める。魔王の振るう漆黒の刃が徐々に勇者の身体を掠め、その鎧を、肌を、肉を、斬り裂く。そして愈々、戦いの終焉がゆっくりとその姿を現し始めた。

 

「フハハハハッ!! その程度か勇者よ。その程度で我を倒すなど片腹痛いわ」

 魔王は冷酷な笑みを溢し、もう勝負は決まったと謂わんばかりに勇者を蔑み睨む。

 対する勇者は顔を一瞬顰め不意にその瞼を閉じた。そして意を決したかの様に、乾いた喉元から重々しく言葉を紡ぎ「ソレ」を使った。


「――――――究極奥義<<ホーリードライヴッ>>」

 直後、勇者の体が光輝き雷鳴の如き速さで魔王の前から姿を消し去る。

 不意に魔王の背に鋭い痛みが走る。

「ぐああっ!! な、何をした...何をしたのだあああ!!?」

 何が起こったのか理解すら出来ずに、叫ぶ魔王の身体から裂けた精白の肌から脈動する赤黒い血が溢れ出る。伝い、赤い涙粒となって黒雲母の床へと滴り落ちる。

 その血涙が地へと辿り着く刹那にも、勇者の斬撃は止むことなく魔王の身体に次々と新たな裂傷を作り出していった。

 これで終わり。そう思われたその時...


「ウォオオオオオオ!!!!」

 突如として放たれる魔王の咆哮と共に、その身体から尋常成らざる魔力が溢れ出す。

 そして――――其処には、漆黒の魔力に覆われた魔の王が聖なる刃を掴み、樹齢幾千を超える重厚な牢木の様に聳え、まるで難攻不落の城壁の様に厳しく立つ姿が在った。


「もう遊びは終わりだ......」 


 魔王は重く冷くそう呟くと、その手に持った漆黒の剣で勇者の胸を尽く貫き通した



――――――――ザシュッ!!






























------------------------------------------------------------------

  

 《此処は『とある世界』》


 果しなく広がる草原にて魔王は、一匹の魔物を前に息を荒げ立っていた。

 そして一息飲むと漸く吼える。

「ハァハァ...これでッ、これで終わりだああッ!!」


 同時に一匹の魔物へと駆ける魔王。対する魔物も迫り来る男へと跳ぶように駆ける。両者は互いに駆け距離を縮める。

 魔物は跳んで伸びた身体を再び縮める。跳びながら限界まで力を溜める。そして地に着き、大地から反発する様に身体を弾いてさらに加速する。

 一方魔王は拳を限界まで後ろに引き、有らん限りの力を籠める。その固く握り締めた拳を突き出し、終焉を告げる渾身の一撃を放つ。

そして遂に――――魔物と拳が衝突した。


 魔王の放った一撃が生む衝撃は、魔物の身体をまるで叩きつけられた水風船の如く波打ち歪ませ、いとも容易く空へと弾き飛ばす。

 空高く舞う魔物は漸く上昇を止め、今度は重力に従うように落下を始める。加速度的に地面へと迫るそれは、愈々激しく身を打ちつけ遂に絶命した。

 魔王は二度も敗れ倒され退けられたその魔物を、遂に討ち滅ぼしたのだ――――地に横たわる魔物は静かに崩れ去り、光となって泡のよう消えていった。


「...ふははっ...フハハハハ。やったぞ、ククッ...さあ! 我が血にして肉となるがよい! 最古よりこの世に住みし全ての魔の起源にして祖。碧き体躯をぷよんぷよんとするスライムよおおお!!」

 そう、我はスライム(Lv1)を遂に殴り倒したのだ。

 だが歓喜の叫びを上げるその時――――突如として頭の中に小気味良い音が鳴る。

それに呼応するように文字列が脳内にイメージされる。


<魔王はスライムLv1を倒した>

<経験値:4取得しました>

 テレレテッテレー♪

<魔王のレベルが1上昇しました>

<STボーナス:HP+8 / MP+3 / SP+3 を取得 >

<STポイント: 8 取得>


 それと同時に、我の体内に倒した魔物の魔力が流れ込み力漲るのが分かった。

「だが今はそんな事はどうでもよいのだっ!!」

 我は叫ぶ。

 勇者を倒したその直後、瞬く間に草原に立っていようが。謎の文字列が視界に浮き現れようが。調子の良い音が頭の中で流れようが。そんな事は今の我にはどうでも良いのだ!! 何故なら遂に、遂に我は、あの憎きスライムを葬り去ってくれたのだからなああああ!!


「フハハ...フーハッハッハッハ!! ばーか! ばーっかスライムめ!! まさかスライム如きに一度ならず二度も敗れ、ましては態々街へと強制転移魔法まで行使されるという、二重の恥辱を味わされるとは思わなかったが、先程のスライムの魔力を取り込みパワーアップしたこの魔王に三度目があると思(ぷにっぷにっ...ピュンっ!)ぶぐはっ!!」

 高らかに宣言する途中、三度目の攻撃が我を襲った...そして倒れた。


<魔王のHPが0になったため、始まりの街に戻ります>

<デスペナルティによりスタート時から30分間、HP及びMP、ステータス、身体能力が1/10になります>


「......ぐおあああ!!! あのスライムめ、我が勝利の余韻に浸っておる時に奇襲など魔物の風上にもおけんッ許さん許さんぞおお!! もう一度戻って葬り去ってくれるわあああッ!」

 どうやら今、我の身体に黒く残酷な怒りが満ち溢れ巡り迸っておる様だ。あの卑怯者のぷよぷよスライム野郎に対してだ。他にも考えねば為らぬ事が山程有る気はするが、魔王であるこの我に楯突くなど小賢しい不届きスライムを放って置くなど出来ぬのだ。


――――これにて三度目。倒れては戻り倒れては戻りやっとの思いで倒したその直後。この怒れる男は突如現れた別のスライムによって再び倒され、「始まりの街」と呼ばれる場所に戻されたのだ。

 そしてその始まりの街の南に位置する大門の袂に立つ魔王は、遣る瀬無い怒りと悲しみの咆哮をあげていた。そこに甲高い声が飛ぶ。


「ちょっとウッさいわね!!」

 不意に現れた女の気配(声)に後ろを振り向くと、其処には人間の暦にして十五六廻りの小娘が腰に手を当て立っておった。魔王であるこの我を睨みつけ不機嫌極まりないと云った顔でだ。しかしこの小娘、女にしては随分とデカい...

「何だお前は!? いつの間に我が背後に現われた!?」

 そう。こいつは何者なのだ。見たところ人間のしかも只の小娘にしか見えん。だが我の意識から気配を消し突如現れおった。

「ま、まさか新手の勇者かっ!?」

 直感がそう告げている。我の魔力探知にも掛からぬ程に気配を殺せる者など...

「はあ!? 何言ってんの? エリアボスに殺られて再起したからに決まってんじゃない、てか勇者って誰よ...はー意味わかんないんだけど」

 小娘は小生意気にも溜め息一つ、首を振り呆れておる。

「に、人間の小娘風情が殺されたのに復活したというのか!? バカなっ、しかも自己転生の秘術を年端も往かぬ娘が使っただと!?」

 ありえん。自己転生はこの我でさえ転生陣の錬成に一ヶ月を要する最大の秘術。

 その秘術中の秘術をこの小娘が使い成功するなどあり得る筈がない。

しかも敵と戦う最中になど...


「そうか、ふはは、ふはははは! 所詮小娘、只の戯れ言に過ぎんと謂うことか!!」

「こ、小娘って何よ!? あんたに言われたくないわよ! 第一私が小娘ならあんたなんか(だが力を失った今では万が一も有り得るか...)それに自己転生とか何訳わかんないこと...って聞いてる!?」

 我が考え込むその時、突如小娘は身を乗り出し覗き込む様に近付いてきおった。

「うおっ!! 急に目の前に顔を近付け出てきおってびっくりするではないかっ。な、なんだと、我が魔眼をこの距離で受けて何故「もうっいいから聞けーっ!!」」

 バガンッ!! 

「ぐっはー!!」

 そして其処には、殴られ吹き飛ぶ我の姿が在った...


 全くなんと凶暴な女だ、魔王であるこの我に殴り掛かって来るとは。

 だが我には聖剣による攻撃ならまだしも、たかが拳では傷一つ、それどころか痛みすら与えられんのだ。やはり先程の魔物が異常であった様だ。冷静に考えればスライムの見た目をしておったがその実、変幻の魔術を使った強大な何者かだったに違いない。

「ふはははっ!! お前の攻撃など痛くも痒くもない! その程度の力でこの魔王を討ち滅ぼさんとするなど片腹痛いわ!!」

 ふん。身の程知らずの勘違い甚だしい人間の小娘に、世界の広さを教えてやるとは我も寛大になったものだ。

「はぁ~あんたバカ? 街の中でプレイヤーに攻撃しても通らないに決まってるじゃない。第一魔王って...もう少し強くなってからじゃないとそんなネーム恥ずかしいわよ?」


――――そう、ここはVRMMORPG、所謂インターワールドにおける並列量子多重空間を使ったゲームの世界。最近の流行でプレイヤー達はゲーム内で変わった喋り方をする事が一種の趣向となっていた。

 因みに呆れた感じで魔王を睨みつけている少女の容姿はと謂うと。品の良い栗毛色の髪に、それと同色の目、気の強い性格に似合わず可愛いと綺麗を足して、さらにそこに可愛いを足して漸く二で割った様な可憐な少女である。


「なっ何を訳のわからんことを吐かしておる。街の中では攻撃が通らないなどそんなデタラメな魔法があってたまるか! 全くいくら渾身の一撃が通らなかったとはいえ街の中ではなどと笑わせてくれる!! 余程力の差を見せつけられたのが悔しかったとみえるな、フーハッハッハッハー!!」

「...え?」

 小娘もショックのあまりポカンと口を開けておるわ。まさか魔王であるこの我にそんなへっぽこ拳が効くと思っていたのだろうか。ここまで行くと呆れるを通り越して可哀相であるなっ。


 (ちょっとこいつ...所謂厨二病ってやつ? 前に友達にそんな病気の話し聞いたことあったけど、こんなにも凄いんだ。可哀想だし少しは治すの手伝った方が良いのかな?)

 当然、少女は別の意味で呆れていた。しかし魔王は尋ねる。

「ところで小娘、さっき言っておった『プレイヤー』とはなんだ?」

「え?...ええ。そうね、プレイヤーってのは私達みたいなゲームをしてる一人一人を指す言葉よ。てかなんでVRMMOをしてて街中PKが無理なの知らないのよ?」

「ブイアールエモエモ!? な、なんだそれは! さっきから言ってる事がわからんぞ」

 わ、我の知らぬ言葉を使うなど此処は一体何処のド田舎なのだ。だがこの巨大な街は見たこともなく、それに信じられぬほど栄えておる...わからん。我が居る此処は一体どこなのだ...


 (ははーん、この子は初プレイの超々ド級の初心者なのね...で、わからないの恥ずかしいから色々変なこと言ってるのか。よしっ! しょうがないから私が教えてあげるか、私も初めてMMO始めた時は色んな人に助けてもらったし。少し変だけど見た目は悪くないし根はいい奴そうだもんね)

「よーし、しょうがないわね! 私に任せなさいっ! とりあえず何も装備してないみたいだし付いてきなさいっ!!」

――――そうして少女は魔王の腕を掴みスタスタと前を見て胸を張り歩くのだった。 


「お、おいちょっと待て!! 我を何処へ連れて行くつもりだ!?」

「いいから! アンタは黙って着いてくれば良いのっ」

「おい待て!? ...待つのだー!!」




 ...今、我は一体如何して人間の娘に無理やり連れられておる。

 何故この様な状況になったかと云うと、その発端は恐らく我が勇者を倒した所から始まるのだろう。

 激戦の末、勇者に止めを刺したと思ったが瞬間、我は先程のスライムがいる草原へと立っていたのだ。 そして勇者の攻撃により傷を負っていた所に不意打ちを喰らい、又もや見知らぬ場所へと飛ばされた。

 だが気付けば其処は先程のスライムがいる草原と目と鼻の先、距離にして僅か十数メートル離れただけの場所であった。恐らくあの忌々しいスライムに短距離転移魔法で飛ばされたのだろう。

 そう思って我は走り、戻され走り、遂にそのスライムを叩きのめしてやったのだ! ふはははは! 

しかし。しかしだ。

 我は別のスライムの攻撃を喰らった。

 そして例の如く転移させられた所で、今我を掴み歩いているこの小娘に出会ったと謂う訳だ。

 小娘は時折、我の知らぬ言葉を話す。いつの間にか我の知らぬ遠い異郷の地に飛ばされたのであろうか? 何故そんな事が起こったかは分からぬが、全くもって面倒な話しである。




















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 《始まりの街 武具店》

 

 そして軒並ぶ商店を過ぎ、一軒の武器防具屋へと連れられた。


「おおっなんと豊富な品揃えだ! 陳腐な物も多いが中にはまともな物もあるではないか!! よし、我があれとあれを貰ってやろう」

 魔王が指差すのはこの武器防具屋で最も高く、ある程度ゲーム進行しなければ買えない程の高価な武具だ。

「無理無理、あんなに高いの今買える人なんか居ないわよ。おじさーん、取り敢えず一番安い武器と防具この子に見繕ってー」

 少女はそれを無視して店主と話を進める。

「はいよー!! じゃあ旅人の服と靴、それに木の剣で合わせて300Gだよ」

「ありがと! はい300ゴールドねっ。さあ! アンタは取り敢えず着替えなさい。」

 それを受け取り金貨を渡すと、それを魔王にグイっと差し出す。

「む、こんなものいらん。我が魔剣ダークディザスターと黒夜の魔衣は何故か消えてしまったが、そんなモノ恥ずかしくて身に付けられるか」

 (全く、木の剣など我を馬鹿にしておるのかこやつは。しかも安っぽい布の服を着るなどありえん。魔族の王にして高貴なる我が、何故そのような貧相な衣を身に着けねばならんのだ。しかもゴールドなどと謂う見たこともない貨幣、此処は何処の国なのだ)

「何言ってんの、あんた初期のスパッツのままじゃない!? そっちの方が百倍恥ずかしいわよ!」

 剣を差し出す少女は魔王の着る服に非難の声を上げる。目の前で口を尖らせ文句を謂う魔王を小煩く怒る。


 むっそう言われれば、何故我はこのようなピチピチした衣を纏っているのだ!?

 我は勇者を葬り去り戦いに勝ったはずだ。だが今は取り敢えずこの格好は恥ずかしい。

しょうがあるまい小娘の好意受け取ってやろうではないか。

「し、しかたがない早うそれを寄越せ...それを着てやるっ」

「はいはい。まったくありがとうぐらい言いなさ『 なっなんだこれは!? むぐむぐっ...んぐっん? のおっ!!』」

「......って何やってんの」

「何とは見れば分かるだろう!? 着ようとしているのだ!! むっむぐ、だが何故だ!? この陳腐な服は着れぬではないか? まさか、これは一見ただの服に見えて...いやしかし、この服からは聖なる法力など...ふぬっぐぬぬ」

(一体何が起こっておるのだ。たかがボロ切れ一枚に...高度の保護魔法か!?)


(あらら、超々ド級どころじゃないわこれ...装備の仕方も分からないってゲーム一回もしたことないのかな?)

「はーそうじゃなくてメニュー開いて装備」

「な、なんだそれは? メニューで装備とはなんだ!?」

「いいわよもう...取り敢えず頭の中でメニューオープンって念じてみなさい。説明するより早いわ」

 少女は諦めた様にいかにも面倒くさそうに話す。

「念じるだと? 魔術みたいなものか!? ...むむむっ...メ、メニューオープン?」

 

(な...なんだと!! 『メニューオープン』なる詠唱だけで奇妙な形の魔法陣が現われたおった。しかも少しの魔力も消費しておらぬ!? わ、訳がわからん...そういえばスライムを倒した時にも出ておったが、本当に何が起こっておるのだ!? ま、まさか町全体に我も知らぬ魔法が掛かっておるのか??)

 だがこんな四角い魔方陣が出現する魔法など聞いたこともない。しかも謎の記号が少しばかり入っておるが、陣に使われるそれはマナルーン文字では無く口語のミドガルド文字であるぞ?? どどういうことなのだ...

――――魔王が一人、慌てふためき混乱する様子は滑稽であった。気付けば店屋に居た他のプレイヤー達は変なことを言う少年に好奇と怪訝の目を送っていた。


「相当重症ね...もういいわ...全部一から教えるわよっ。取り敢えずここじゃなんだから適当に空いた場所行くわよ!」

 少女はそれを気にして、魔王の手を掴み足早に去ろうとする。

「ぬっまた移動か? わかった...って、わざわざ手を結ばんでも行けるわ! はっ離さぬかー!!」

「なっ! て、手を結ぶって、ち違うわよ!! ...ったくあんたが遅いからでしょ!! じゃあ早く付いてきなさいよ! まったく人が善意で――――てんのになんで――――のよっ!!」

 な、何が起こったのだ。我が喋った途端、この小娘は顔を真っ赤にして怒り突然聞き取れない程の凄まじい早さで喋り出しおった。しかも怖いほどに怒っておる...

 

「もうっ周りの人に誤解されたらどうすんのよ!! ってなんで私が恥ずかしがらなきゃいけないの」

 そして少女は魔王の手に代わり、今度はその頭に生えた角を掴み足早に歩き出すのだった。

「おっおい待て、急に早く歩くな! それに我の角を持つな!!」

「ううるさいっ!!」

 な、何を急に怒っておるのだ!? 全く女というものは魔人でも魔族でも人間でも訳がわからん...もしや我が気に障ることでも言ってしまったのか...

 ぬ、何故我が人間の小娘に気を遣わねばならんのだ、我は魔王だぞ!...ま、まあそれでも世話にはなっておるのだからな、少し感謝の言葉ぐらい送ってやってもよかったか。

 そう、我は寛大なる魔王なのだ。ふふふはーはっはっはー!!

――――魔王は一人呟いていたかと思うと、今度は一転ニヤニヤと嗤うのだった。


「ふーここなら大丈夫そうね。全く「おい小娘! 先程の装備達者であった!!」」

「って何よいきなり!? びっくりするわね静かにしてよ!」

「なっ!? こ、この高貴な我が折角感謝の言葉をかけてやったというのになんという...我が部下ならば涙を流し喜ぶところだぞ!?」

「は? 涙を流してって...ゲームもやったことないし、常識ないし...もしかしてあんたどっかのお偉様の子供とかなの!? いや、でも魔王とか言ってるし違うか...」

「さっきから何をブツブツ言っておる、だから我は魔王だとさっきから「もういいわよっ。取り敢えず感謝はありがとう! はい、ありがとうって言ってみなさい」」

 くっ我の話を最後まで...それにありがとうとはまたなんと崩れた言葉だ。よく下の者が有難き幸せなどと言っておったがそれをこの我がだと。


「なっ何を謂う! 我は魔お『ごちゃごちゃ文句言わないのっ! いいからさっさとしなさい!!』」

 こ、こわっ! こ小娘の分際でこの我を一瞬たじろがせるとはやるではな...ってまだ物凄い睨んでおる...全くこの魔王に対しなんて事を、女とは何故にこういう時ばかり梃子でも動かん強固さを適えるものなのだ。絶対言うまで引かんからな...


「ぐっ、よかろう...今回だけだ、あ、ありがとう...だ」

 魔王は不満気ながらもまた口を尖らせボソボソと呟く。

「ぷ...あははは、ちゃんと言えるじゃない。どういたしまして、あんた可愛いとこあるのねっ...ぷぷっ」

 (ふふっ案外素直じゃない、最初は本当に変な子に関わっちゃったかと思ったけど...しょうがない私が色々教えてあげなきゃね)


「なっ何を笑っておるのだ!! 全く我が寛大だからいいことに...まあ、今回はよかろうっ!! 我が懐の深さに感謝するがよいっ!!」

 かっ可愛いなどと魔王である我に向かってなんと無礼な人間だ。だがこの娘、割と多くのことを知っておるようだし...うぬぬ。い、今は共にさせてやるとしようではないか!


「あっそうだ! まだ自己紹介してなかったわねっ、私の名前はユリよ。よろしくねっ」

 な、なんと今度は笑顔になりおった...切り替えが早過ぎて着いていけん。

「...我は魔王だ。名前というかはわからんが皆は我を魔王様と呼ぶからな」

 成り行きで自己紹介をした後、ユリなる小娘から魔王の我でも信じられぬ驚愕千万の諸々話を聞いた。全く女というのは良く喋るものだ。




 そうして聞いた小娘ユリの話によると。ななんと...この世界は『ゲーム?』という世界で、『ソードスキルストーリー』( Sword Skill Story ) 略して『エスエスエス?』『トリプルエス?』(SSS)と云うらしい。つまり意味は解らん!! だが信じられぬ事にも此処は我の世界ではないのだそうだ。しかも驚く事にユリはこの『トリプルエス』の世界とはまた別の異世界から遊びに来ていると謂いおった。


 しかし異世界にも関わらず不思議な事にも基本的な言語は通じる。一体全体何が何やら理解不能ではあるが、偶に聞く謎の言語は『え、えんぐりっしゅ!』というものらしい。

 ユリが「英語(言語の種類の様である)もわかんないの!? し、信じられない、ばっかじゃないの!!?」などと謂った後、そのことを延々と説明されたのだ。

 その説明によると英語に使われる記号は『あるふぁべっと!』なるそうで、ミドガリア文字カタカナに置き換え書いたり使ったりもするらしい。そしてユリの言い方から見るに『エエングリッシュ!』なるものは全て頭の文字を強く発音する様である!! 

 くっくっく、例えばだな「一体我は何を言っておるのか自分でも『サッパリ!』である」の様に発音するのだっ。今我が言った『サッパリ!』も『エエングリッシュ!』である。ふはははは、我はもう習得してしまったぞ!


 まあこれを習得する為に払った代償は大きかったがな。ユリは何度も我を馬鹿にするし...英語知らないとかほんっとーにバカねっ!! とか。ひーぷぷっあははっ――――ぷっふふっはーはー死ぬっ、い息が...とか笑い苦しみのた打ち回る始末であった。正直我の涙が滲み心が折れそうになったのは此処だけの話である。 

 それから一応スキルや『レベル!』などこの世界に関する言葉については説明を受けたので完璧である。途中、何で英語は知らないのにスライムとかスキルは知ってるのよ! と言って怒られたがな。だが我の世界の魔物はミドガリア文字で書かれるし、スキルはスキルとそう呼ばれておるのだから我の所為ではないのだ。

 ただ知らない振りしてるでしょと睨まれるわ、魔王と信じて貰えんわで、やっぱり我の心は半分ぐらい折れておるやも知れん...


 因みに我の知らぬ言葉はゲーム用語などと云うこの世界に関する専門用語らしい。その中には『スキル』の様に、我の世界で使うスキルと似たような意味で使われておる言葉もある様だ。一体何故異世界である筈なのに同じ言語が使われておるかは分からん。『サッパリ!』過ぎて考えようも無い...ふはは、また我は英語を使ってしまったわ。

 だが取り敢えず。理由は違えど我はユリと同じ様に、この世界へと飛ばされてしまっていたのだ――――勇者と戦っている間に隠れ潜んでいた仲間が魔術を行使し、まんまと罠にでも嵌められたのであろうか。一体全体厄介な事に巻き込まれたものである。

 だがユリの世界には凄まじい魔術があるものだ。何せ遊び感覚で自由に時空間どころか世界を超えた転移をする事が出来るのだからな。しかも『ステータス!』や『レベル!』なるもので自身の強さが測れ、何時でも見ることが出来ると謂う。


 この世界『エスエスエス』では『レベルアップ!』やスキルというものがあって...ぐああ!! もう一々頭を強く発音する等なんと面倒臭い言語だ。考えた輩の頭をかち割り見てくれるわ! もう知らんっ、これからはスキルにレベルアップだ!! 

 で! それらは魔物を倒し経験を積むことで進化しより強くなれるそうだ。それにレベルアップで得られたステータス(ST)ポイントなるものは任意で振り分けられるらしい。つまり、強くなりたい所を自分の意思で強化できるのだ。もう驚き過ぎて我は今日死んでしまうかも知れん...

 とりあえずユリに教えて貰って前回のステータスポイントはアタック(ATK)とディフェンス(DEF)に振っておいた。ユリ曰く、戦い方、すなわち戦闘スタイルの可能性は無限大で独自の戦い方を極めることが出来るのよっ、だそうだ。目を輝かせてそう語っておったわ。

 我もまた戦いに身を置く身、その気持ちは分からんでもなかったがな。


 スキルというのは、技能の神殿という所で最初の10種の基本スキルを選択出来るという。それらは使うことでレベルが上がったり、新たなスキルに目覚めるそうだ。

 さらに個人の戦い方や行動によっても、神殿で選択出来る基本スキルとは系統を別にするスキルを会得可能という。

 それは我の経験上そこまで不思議なことではないが、メニュー画面なるもので会得したスキルを確認出来たり、技能の神殿で自由に組換え出来るというのは面白い。一体どういう仕組みになっているのか魔王の我でもさっぱりである。


 あとスキルも取らずに戦闘をするなど信じられない! とユリが言っておったな。この世界では何をするにも満足にしようと思えば必ずスキルが必要というのだ。便利なようで面倒なことである。

 先程は厄介な世界に来てしまったと言ったが、ユリが明日技能の神殿とやらに連れて行ってくれるらしいので一応行ってみようと思う。一応だぞ、一応。

 そしてそのユリは一緒に来た友人達の所へと行っておる。

何も言わずに来ちゃったから一旦行ってくる。だそうだ。


 因みに我は何をしていたかと言うと、山々に沈みゆく夕日を眺めている。

「何故かというと...この...この我の肉体が縮んでおったからだああああああああ!!」

 さらに我は殆どの魔力を失っておった! もう本当にショックである。ユリの奴が無礼にも我を魔王と信じないので、強力な上級魔法でも見せてやろうとしたのだ。しかし我の手からは小さな火の玉がポッと出ただけであった。

 それを見たユリはバカにした様に笑い転げて...うぐっ...思い出すだけで泣きたい気分である。まあよい。それで我は今も夕日を見ながら足下の草を千切っては捨て、千切っては捨てして物思いに耽っていたという訳だ。


「はぁ、気にしても仕方がない...してもユリの奴は我をいつまで待たせるつもりだ!! 全くもって暇だ」

――――そして魔王は先程までの落ち込みと打って変わって何をして暇を潰そうかと考え、ふと思い立った様に嗤い始めるのだった。

「ふっふっふ、はーっはっはっはは! そうであった。今は日も沈み、我の力が最も満ちる時...先の屈辱返さんでおくべきか! 奴ら蒼き魔物をボッコボコにしてやろうではないか!!」


 因みにこの少年、いや魔王の容姿はと謂うと。現代に言うセミロング程度の黒髪に、二本の捻れた角、赤と紫のオッドアイに幼いながらも鋭い雰囲気を持った少年である。顔はというと中性的な色白の美少年といった感じで、年齢で謂うならば十五歳程度と云ったところだ...

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