新参者
一人目の主人公、璃玖サイドから。このお話の前に華蓮はとても重大な事件に巻き込まれていますが、追い追い。
二人しか人のいない事務室に、ぎし、とビジネスチェアの背もたれが軋む音がやたらに大きく響く。
ここはクルースニク極東第一地区支部。
人類の天敵たる吸血鬼を狩る前線の施設である。
そこで黒髪の青年…御陵璃玖は暇を持て余していた。
普段なら黄昏時から夜、明け方までがメインの就労時間であるためこの時間に彼は出勤していないのだが、ある事情で早めに出勤していた。
…もう少し家で寝ていれば良かった、と彼はデスクに置いていた二本目の栄養ドリンクを呷る。
しばらくは報告書の作成などをこなしていたが、それも終われば暇である。
なにより、早く出勤しなければならない原因である来客が遅れているのだ。
そろそろ、いつも通りの出勤でも間に合ったんじゃなかろうかと彼は時計を見てため息をつく。
「いやぁ、待ち人は遅いねぇ。御陵くん」
事務室にいたもう一人…藤堂幸仁が呟く。
名前に反して幸の薄そうな顔と存在感のなさが特徴であるが、処理能力の高さを買われて若くしての支部長である。
日頃なら当然のように彼の発言を無視する璃玖であるが、今日に限ってはよほど暇だったのか、口を開いた。
「全く、教皇庁のお墨付きだかなんだか知らないけれど、時間に遅れても連絡もないのはどうかと思いますね」
「君の相棒が迎えに行ったはずだろう?連絡はないのかい?」
「さあ?救援要請もなにも」
むしろ、何事かあればすぐにわかるのだが。
「ごめんなさーい、遅れましたー」
「おや、噂をすれば」
ようやく現れたのは、黒髪の幼い少女と、彼女に手を引かれた銀髪の少女。
どちらもこの部屋にはあまり似合わない人物だ。
「リリス、遅刻の理由を聞かせてもらおうか」
璃玖は背もたれに体を預け、椅子を回転させて彼女らの方に体を向けながら脚を組む。
呼ばれた黒髪の少女、リリスより先に銀髪の少女が答える。
「すいません、時差ボケで寝坊しました…」
「ふーん、そうかい。次からは連絡くらいよこしてくれよ」
「…ごめんなさい」
璃玖の不機嫌そうな態度に彼女は萎縮する。璃玖としてはどちらかといえば面倒、の部類であるのだが。
「ま、そんなことはさておき。俺は御陵璃玖。一応ここの前線のリーダーみたいなもんだ。とりあえず推薦状やら履歴書をくれ。読んでる間に自己紹介でもしてもらおうか」
変わらず不機嫌そうな璃玖にすっかり怯えてしまった華蓮は慌ててカバンから書類を取り出し、彼に渡す。
「紅羽華蓮、19歳。教皇庁本部で二年過ごしました。虹の封印指定です」
背筋を伸ばし、早口に言って華蓮は璃玖に手の甲を見せる。彼女が少し魔力を込めると反応し、黒い七角の魔法陣が浮かぶ。
虹、と言うのは色ではなく、7段階に魔力を封じる形式を指す。もっとも、彼女にとってはもう一つ、他の意味も持っているのだが。
「なるほどね。…にしても封印受けるようなのが教皇庁本部からはるばるこんなとこまで送られてくるとか、どういう風の吹き回しだろうな。あの女の考えることはわからん」
華蓮を推薦した者、ダンテ・メルクリウス。璃玖も彼女とは浅からぬ縁があるが、別の組織に身を置いている時点で関係はお察しである。
急な戦力の強化。何かの前触れでなければ良いのだが。
「ま、なんにせよだ。うちは万年人手不足なんでね。とりあえず背中を預けられる程度になってくれ」
そういって璃玖はデスクの上からファイルを取り、適当に書類を挟んでからまた机上に投げ、立ち上がる。
「支部長に報告してきたよ」
リリスがぱたぱたと駆け寄ってくる。
華蓮としては何故こんな子供がこんなところで働いているか気になってしょうがないが、璃玖もリリスも説明する気はなさげだ。
「時間もおしてるし、早速実戦だな」
「え」
「え、じゃねーよお前が寝坊したのが悪い」
「で、でも一応新じ…」
「腐っても推薦だろ?さっさといくぞ、紅羽」
ついてこないなら放置、とでも言いたげな璃玖の背中を、華蓮は慌てて追いかけた。