第3話 雑用係とそのファンの日常
周りの冒険者たちが「あの国一番の高給取りに雑巾がけをさせる気か……!?」と息をのむのも知らず、私は持っていた用具をそっと見つめた。
「あの……本当に大した掃除じゃないんですよ。ギルド裏の雑草刈り取るのは完了しているので。あとは主に裏に行くまでの廊下の雑巾がけと、倉庫の高い棚のホコリ取りとか」
「なんだ、その程度ならすぐ終わるな。棚の上は俺がやろう。君はそこで見ていてくれればいい」
アルディスは何でもないことのようにジャケットの袖を軽やかに捲り上げる。
ごく自然な動作で、エルネの手からハタキと雑巾を滑り込ませるように受け取った。
周囲の冒険者たちから「ひっ……!」という小さな悲鳴が漏れる。
戦場では一撃で魔獣を討ち払うその手で、いまや繊細な羽根ハタキが握られているのだ。
冒険者ギルドの喧騒はすっかり消え去り、誰もが息をひそめて二人の様子を凝視していた。
けれど、当のアルディスは周りの視線など露ほども気にしていない様子で、エルネの顔をじっと覗き込んで微笑む。
「……何か、付いているか?」
「いえ、アルディス様が掃除をしてくださるお姿が、なんだか新鮮で……」
「そうか。君とこうして並んで作業ができるなら、いくらでも手伝うよ」
そう言うと、彼は軽やかな足取りで高い棚へと近づき、長い背丈を活かしてあっという間にホコリを払っていく。
その無駄のない洗練された動作は、まるで舞踏会で踊っているかのように優雅だった。
「次は廊下だな。水バケツはどこだ?」
「あ、私がやります! 固く絞りますから!」
慌ててバケツへ手を伸ばすと、アルディスとエルネの手が重なった。
途端に彼の手がぴたりと止まり、青色の瞳がまっすぐに私を捕らえる。
周囲の冒険者たちが固唾をのんで見守っていることなど、今の二人には完全に意識の外だった。
「……冷たい水に触らせたくないんだがな」
そう囁く声は少し低く、耳元に心地よく響く。
「大丈夫です、慣れていますから。アルディス様こそ、お召し物が汚れてしまいます」
「君の手が冷たくなるほうが、俺にとっては問題だ。……ほら、貸してごらん」
私の手から優しく雑巾を取り上げると、彼は惜しげもなく膝をつき、丁寧に廊下を拭き始めた。
流れるような手つきで磨かれていく床は、あっという間にピカピカと光を反射し始める。
「これで半分終わりだ。……ふふ、二人でやると早いな」
「もう、アルディス様ったら……」
隣でバケツを持ちながら小さく笑うと、アルディスも満足そうに目を細めた。
周りの冒険者たちが「あの鬼神のような男が、あんな顔で雑巾がけを……?」と呆然と立ち尽くしている。
二人の間にはまるで甘い花が咲き誇るような、穏やかで特別な時間が流れていた。




