機嫌の悪い鍛冶屋
時計もない時代。
教会の鐘よりも早く、この町では誰よりも早く朝を告げる音があった。
「ヘンデルの音が聞こえる」
「鉄を打つ音だ」
ヘンデルは変わり者だった。
吸う世界がまだ寒い時間に起きだし、いくら目を擦ろうとも何も見えなくなる時間まで。
鉄を何度も何度も打つ。
業物と謳われる刃を来る日も来る日も仕上げる。
「ちくしょう」
「ちくしょう。ちくしょう」
打擲音に挟まれる呪詛も、呼吸のように続くものだから聞こえずとも皆が知っている。
人々は何故、ヘンデルがあんなにも鉄を打つのか知らなかった。
「王都の騎士様も気に入る業物じゃねえか」
「何が気に入らねえってんだ」
首を傾げる人々にヘンデルは一度とて答えることはない。
ただ確かなのは彼が作ったあらゆる業物は、彼自身にとって全て失敗作であったということだけだ。
「ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう」
完成した業物にヘンデルは文字刻む。
技術だけで成り上がり、学のないヘンデルの文字を多くの人は読むことは出来ない。
故にその文字は意匠の一つとして解釈され遥か後の世にも残る。
「ちくしょう」
今日もまた機嫌の悪い鍛冶屋の音が響く。
そして、それは彼が亡くなるその日まで続いた。
*
後世において、さも事実のように語られる物語によれば。
ヘンデルはその昔、聖剣を見たのだという。
魔王を殺すために生みだされたその剣にヘンデルは心を焼かれ、生涯に渡ってその剣を超えるような業物を造り上げようとしたがそのいずれもが失敗した。
彼はその悔しさをバネに失敗作に『偽物』と記したのだという。
聖剣には及ばない偽物というわけだ。
馬鹿げた物語である。
確かに遺されたヘンデルの剣に記された文字は『偽物』と読めなくはない。
だが、人は自らの認識を真実へと変えるように出来た生き物である。
読めなくもない――だから、事実だ。
なんて、いささか乱暴すぎやしないか。
それにヘンデルが生きた時代は確かに時計すらない時代でこそあったし、それこそ真実と虚実が入り混じるような時代であったと言えなくもない。
しかし、少なくとも魔王と呼ばれるような存在やそれに類する人物もいない。
故にこれは馬鹿げた物語なのである。
さも真実のように語られるだけで。
――しかし。
聖剣も魔王も馬鹿らしい作り話で、誰もが信じないこの時代にあり。
ヘンデルの現存するいくつもの『偽物』だけが、遥か後にまで遺っている物語の証人となっているのは、あまりにも美しい構図と言えなくもない。
お読みいただきありがとうございました。
劇中の鍛冶屋が何故自らの作品を『偽物』とし、ひたすらに悪態をついていたか。
魔王と聖剣の話が事実と解釈をしても良いですし、あるいはもっと単純に創作者であれば、誰もがぶちあたるものと解釈をしても良いかもしれません。




