お母さん
あれは高校に入学する前のこと。
父と母が離婚することになったタイミングで引っ越した。(全く悲しくも無いので気にしないでください。)
古いハイム型の3DK。2階に二間、1階に一間という作りの家。
その頃中学3年の受験真っ只中だった私は親が内見に行く時も付いては行かなかった。
行ったとしても決定権など私には無い。
親が決めてきた物件に引っ越すだけだ
引っ越し当日、玄関から中に入ると異様な光景が広がっていた。
正午前だというのに、光が一切無い暗闇が支配していたから。
思わずギョッとした私に母は
「電気付けたら大丈夫よ」
とあっけらかんと言う。
いやいや、そんな問題じゃない気がするんだけど。
その古びたハイム型の家の壁は今どき珍しい漆喰で出来ていて、柱や天井、扉などは焦げ茶色の木で出来ていた。それも相まって余計に暗さが際立つ。漆喰との比率が様子がおかしい。
普通8:2くらいで漆喰の勝ちのはず。
だけどこの家……4:6で漆喰の壁の比率負けてる。意味がわからない。
吐き出しの窓もしっかりあるのにこんなに暗いなんて……何故だ。
元々住んでいた人は一人暮らしのおばあちゃんだったらしい。どうして空き家になったのか、詳しい理由は知らないままだ。
2階の部屋にそれぞれ自室を構えてその日から住み始めた私たちは、それでもゆっくりとこの古くて不気味な家に慣れていった。
引っ越して、母と二人で生活するようになってから、私の家には変なルールができた。
それは
電気をつけっぱなしにした場合、罰金1000円というもの。
どうしてそうなったかというと、とある私のダメなルーティンのせいだ。
1階の大きなテレビで映画を観たりゲームをするのが好きだった私。よく夜中まで一人で楽しんでいた。
自室は2階。
ウトウトしてきたらゲーム機をシャットダウンして上に上がらないといけない。
……物凄いめんどくさい。そしてフカフカの悪魔的な座椅子が居心地よくていつもそこから動けなくなる。
そうしているうちに睡魔が押し寄せてきて気付くとつけっぱなしで寝落ち
これに痺れを切らした母が作ったルールが先程のものだ。
当日学生だった私にとってマイナス1000円はかなり痛い。だからあれやこれやで必死に誤魔化したりしていた。
ようは凝りもせずに同じことを繰り返していたということ。
その日も私は1階の居間で映画三昧だった。
フカフカの座椅子を倒しまったりと映画を楽しむ。
気付くとまたいつもの通り寝落ちしてしまっていた。
寝落ちしてから数時間後。
ハッと目を開ける。
いつの間にか常夜灯になっていた電気。
私は煌々と灯りを付けていたはずなのに……なんで?
少し疑問に思いながらテレビに目を向けた。
映画のトップメニュー画面がずっと動いている。
(またやってしまった。)
そう思いながら壁の時計を見た
3時半
部屋に行くには反対側私の後頭部の方のスライドドアから出ないと行けない。
上に上がってベッドで寝よう、そう思っておもむろに起き上がろうとしたら正面側にあるテレビのすぐ後ろのすりガラスの扉が30cmほど開いていることに気付く。
その奥は左手側にトイレと右手側に風呂場に繋がる短い廊下がある。
そこに人が立っていた。
猫背で俯いた姿、ベージュに花柄の服、白っぽい半ズボン
母が部屋着で着てるような服。
(あ、やべ。お母さんトイレ行こうとしてたんだ)
そう思って慌てた。
だって1000円マイナスにされてしまうから。
幸い母は私が寝落ちしたままだと思っているらしい。こちらに気付いてないようだったので少しホッとする。
テレビ横の部屋の出入口付近にコンセントプラグがある。私は母のすぐ側までゆっくりとほふく前進で忍び寄り延長コードの電源を押してテレビとプレイヤーの電源を静かに落とした。
あまり良くないが、今は四の五の言ってられないから強制終了だ。
母との距離は約30cm。
変わらず立ったままの母は微動だにしない。そしてなぜか……俯いているであろう顔が……暗くて見えない。
そうしてほふく前進のまま、母の足元を見る。靴下を履いていた。母は普段寝る前は素足。そして異様に白い足元
色黒なはずなのになと少しずつ不審に思い始める
しばらくすると母はトイレとは反対側のお風呂場の方にゆっくり歩いていく。
「?」
夜中に風呂場に用事なんて有り得ない。
我慢できなくなった私は
思わず声が出た
「……お母さん、どうしたの?」
すると次の瞬間
フッと人の気配が消えた。
静まり返る廊下。1階の居間。
私は嫌な予感がして慌てて風呂場の方を確認した。
……誰もいない。
トイレの方も確認する。
こちらも誰もいない。
チカチカと点滅する常夜灯。
ヒュッ
一瞬で血の気が引く
その瞬間私は理解した。
……あれはお母さんじゃ……ない?
まさか……そんな。
ゾッと全身が粟立つ。
慌てて階段を上がり母の部屋を開ける
すると爆睡してる母がいた。
やはりさっきのは母じゃない。
嫌な汗が背中を湿らす
じゃあ……誰?
一気に恐怖が押し寄せた私は母を叩き起した
「お母さん!!!下にお母さんじゃないお母さんがいた!!!!」
「……何を言ってんの?寝ぼけてアホなこと言ってないで早く寝なさい。……というか起こすな!!」
そしてまた夢に落ちていく母を立ったままボーッと眺める。
(ああ、最悪だ。この家……出る。)
薄々感じていたこの家の異様な暗さ。
異様な雰囲気。
それは全て気のせいじゃなかったとこの時初めて気づいた。
この日を境に私は、この家で寝る時は必ず電気を付けてテレビをつけっぱなしで寝ないと寝られなくなった。
幽霊の見えない母を説得するのにかなり苦労したのを今でも覚えてる。
ある日母を説得してる最中に、誰もいない2階の部屋を駆けずり回っている足音をリアルタイムで聞いてやっと了承してくれた。
あの時ばかりはポルターガイストに感謝した。




