2-4:完璧超人、意外と致命的な弱点ある説
夜城レイの銀の剣が、カッパの鋭い爪と何度も火花を散らす。
キィン!
キィン!
金属音が、夕暮れの公園に響き渡る。
(速い、だけじゃない。動きが読めへん!)
カッパの動きは、まるでバグったプログラムみたいに不規則だ。
右に跳ねたかと思えば、急に左へ。
上に跳び上がったと思ったら、突然低く突進してくる。
熟練しているはずの夜城くんですら、対応しきれていない。
そして、その隙を突いて――
「っ!」
カッパの爪が、夜城くんの腕をかすめた。
制服の袖が裂け、血が滲む。
(まずい……!)
その時、私の脳内に、ミラの解析データが流れ込んできた。
≪解析開始────≫
≪対象:暴走疑似生命体 Type:W-03"カッパ"≫
≪データ読み込み中…10%≫
≪パターン解析中…35%≫
≪弱点特定中…68%≫
≪完了。結果を表示します≫
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【対象情報:解析完了 】
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【名前】:暴走疑似生命体 Type:W-03"カッパ"
【弱点】:頭頂部のコア(皿)
【耐久度】:C-
【推奨攻撃】:物理的衝撃
【備考】:コアが破損すると、
システム全体が停止します
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(あれを壊せば……!)
恐怖よりも、何とかしなければという焦りが勝った。
「夜城くん!」
私は、ほとんど叫ぶように彼の名前を呼んだ。
夜城くんが、一瞬だけこちらを振り向く。
その隙を突いて、カッパが突進してくる。
「危ない!」
だが、夜城くんは冷静だった。
彼は剣を振るい、カッパの突進をかわす。
そして、私に視線を向けた。
「沖名さん、逃げるんだ!」
「そいつの弱点は、頭の皿よ! 光ってるそこを狙って!」
私の言葉に、夜城くんが一瞬だけ驚いたように目を見開く。
だが、彼はすぐに私の言葉を信じたようだった。
「……っ、わかった!」
彼は一度大きく後ろに跳躍し、カッパとの距離を取る。
そして、今までとは違う、低い姿勢で剣を構え直した。
その構えは、まるで居合のようだった。
カッパが再び奇声を発し、直線的に突っ込んでくる。
「ギャアアアアッ!」
夜城くんは、じっとその突進を見据えている。
まるで、タイミングを計っているかのように。
3メートル。
2メートル。
1メートル。
そして――
夜城くんが、紙一重で体を横にずらした。
ひらり。
まるで舞うように躱した。
目標を失ったカッパがたたらを踏む。
そして、その隙を見逃さず、すれ違いざまに銀の剣が閃光を描いた。
シュパッ!
空気を切り裂くような音と共に、剣は見事にカッパの頭上のコアを捉えていた。
パリンッ!
コアはガラスのように砕け散り、青白い光の破片が宙に舞う。
「ギ……ギ……」
カッパは悲鳴を上げる間もなく、その体を光の粒子に変えて霧散していった。
まるで、ゲームのモンスターが消滅するかのように。
キラキラと輝く光の粒子が、夕暮れの空に溶けていく。
…
……
………
静寂。
公園には、夕暮れの風の音と、夜城くんの荒い息遣いだけが響いていた。
「はぁ……はぁ……」
彼は、剣を地面につき、肩で息をしている。
額には玉のような汗。
私は、その場にへたり込みそうになる足を、必死で叱咤した。
(終わった……?)
≪解析完了。暴走疑似生命体の反応、消失しました≫
やがて、夜城くんは息を整えると、手鏡を再び取り出した。
すると、剣は光の粒子に変わり、さっきの光景を巻き戻すかのように鏡の中へと吸い込まれていく。
手鏡をポケットにしまうと、ゆっくりとこちらに振り向いた。
その瞳は、もうクラスメートに向けるそれとは全く違う、鋭い光を宿している。
「沖名さん」
「……なに」
私の声が、少し震えている。
「なぜ、あれが弱点だとわかったんだ?」
まっすぐな質問。
もう、誤魔化しは効かない。
私が言葉に詰まっていると、彼はゆっくりと私に近づき――
そして、深く頭を下げた。
「君の力がいる。協力してほしい」
「……え?」
予想外の展開に、私の思考が停止する。
「俺は、暴走した疑似生命体を無力化する任務を負っている。だが、俺の力だけでは、万全に対応できるわけじゃない」
夜城くんは、頭を下げたまま続ける。
「君のように、敵の弱点を正確に見抜く能力があれば、もっと多くの人を、そして……疑似生命体自身をも、救うことができる」
顔を上げた彼の瞳は、驚くほど真剣だった。
夕日に照らされたその横顔は、悔しいくらいに端正で――
私の心臓が、また少しだけ、トクン、と音を立てた。
(……イケメンの必殺技や、これ。こんな真剣な顔で頭下げるとか、反則やろ!)
だが、私はここで流されるほどチョロい女やない。
警戒心を解かずに、私は目の前の完璧超人(仮)をじっと観察する。
さっきから、彼は私に話しかけながらも、やっぱり落ち着きなくキョロキョロしている。
視線が、あちこちに泳いでいる。
(確信したわ……)
私はゴクリと唾を飲み込むと、意を決して口を開いた。
「その前に、一つだけ聞かせてもらうけど」
「……なんだ?」
「夜城くん、もしかして」
…
……
………
「帰り道がわからないんじゃないですか?」
私の指摘に、夜城くんは――
夕日よりも真っ赤な顔で、ピシリ、と固まった。
「……」
彼の口が、パクパクと金魚のように動いている。
だが、声が出ない。
「やっぱりか……」
≪セツ、対象の心拍数が急上昇しています。恥ずかしさによるものと推測されます≫
(ミラ、それ言わんでええねん)
私は深くため息をついた。
「夜城くん。あなた、さっきから同じ場所を3回も見てたでしょ」
「……見てない」
「見てた」
「見てない」
「ステータスに『重度の方向音痴』って書いてあったで」
「なっ……!?」
夜城くんの顔が、更に赤くなる。
「お、お前……『情報視』が使えるのか……!?」
「使えるから、あんたのこと全部バレバレやで」
私はため息をつきながら、彼の肩を叩いた。
「で、どこまで送ればええん?」
「…………駅」
「どこの?」
「…………わからない」
「住所は?」
「…………覚えてない」
「…………」
(こいつ……アカンわ!)
完璧超人の弱点が、致命的だと理解してしまった瞬間だった。
結局、私は夜城くんを駅まで送り届けることになった。
道中、彼は終始無言で、耳まで真っ赤にしていた。
その姿は、教室で女子に囲まれていた時の完璧なイケメンとは、まるで別人だった。
(なんか、ちょっとだけ可愛いやん……)
いや、待て。
敵の一味やぞ、こいつ。
油断したらアカン。
でも――
≪セツ、あなたの心拍数が上昇しています≫
(うっさいわ!)
駅に着くと、夜城くんは改めて私に向き直った。
「沖名さん、今日のこと……」
「わかってる。誰にも言わへんから」
「そうじゃなくて……」
彼は少し躊躇ってから、真剣な顔で言った。
「ありがとう。君がいなければ、俺は負けていたかもしれない」
そして、再び深く頭を下げた。
「改めて、お願いする。俺に、協力してくれないか」
…
……
………
私は、その真剣な瞳を見つめた。
この人は、敵なのか。
味方なのか。
それとも――
「……考えとくわ」
私はそれだけ言って、踵を返した。
「沖名さん!」
「明日、返事する。それより、あんたがちゃんと家に帰れるかどうか心配やけど」
「っ……!」
背後から、夜城くんの悔しそうな声が聞こえた。
私は思わず、クスリと笑ってしまった。
(イケメンやけど、なんかこの人、放っておかれへんな……)
家に帰る道すがら、私は考えた。
夜城レイという人間について。
鏡守という組織について。
そして、これから私がどうするべきかについて。
≪セツ、どうしますか?≫
「……わからへん」
≪夜城レイを信じますか?≫
「わからへん」
≪では――≫
「でも」
私は立ち止まり、夕焼けに染まる空を見上げた。
「じいちゃんが目指してた『共存』……それが本当にできるんやったら」
…
……
………
「ちょっとだけ、信じてみてもええかもしれへんな」
≪……観測は継続します≫
ミラの声が、いつもより少しだけ、優しく聞こえた気がした。
翌日、私は夜城くんに協力することを伝えた。
そして、私たちの奇妙な共闘関係が――
本格的に始まることになる。
夜城レイは方向音痴というレベルではありません!
迷わないという選択肢はありません!




