2-1:敵対組織の刺客、なぜか隣の席に座りがち説
あれから数日。
ミラとの奇妙な共同生活にも、少しずつ慣れてきた。
……いや。
「慣れた」なんて言い方は、間違ってるかもしれない。
正しくは「諦めた」だ。
朝、目覚めると同時に頭の中にミラの無機質な挨拶が響き、朝食を食べれば栄養バランスについての評価が聞こえ、登校中は周囲のどうでもいい情報について、AIスピーカーみたいに淡々と解説してくる。
《契約者セツ、おはようございます。現在時刻は午前7時12分。気温は14度。湿度67%。紫外線指数は3です》
(やかましいわ! 天気予報チャンネルか!)
《交通状況、異常なし。契約者セツの現行ルートにおける平均速度は時速4.2km。推奨速度は時速5kmです。このままでは遅刻の危険性が12%上昇します》
(うるさい! 誰のせいで寝不足やと思っとるねん!)
昨夜も午前3時まで、ミラが突然「月のエネルギー効率について」の講義を始めて、私は寝られなかった。
「それ、今聞く必要ある?」って聞いたら、
≪契約者の知識レベル向上は、私の任務遂行に必要不可欠です≫
って返された。
「うっさいねん、ミラ!」
思わず素で声が出た。
ハッと我に返り、誰もいない早朝の住宅街を見渡して、大きくため息をつく。
通学路のおばあちゃんが、私を心配そうに見ている。
(やばい。完全に独り言ブツブツ言ってる危ない人や……)
「おはよう、ございます……」
私は愛想笑いを浮かべて会釈し、足早にその場を離れた。
「もうちょっと普通の会話っぽくできへんの? 私、変な人やと思われるやん」
≪通常の会話機能は、契約者との『信頼レベル』が規定値に到達した後に解放されます。現在のあなたは、私にとっての『観測対象』に過ぎません≫
「観測対象て……。それじゃ私、ただの実験動物やん」
≪その認識は、あなたの精神衛生上、非推奨です≫
「…………」
(出た、正論パンチ! しかも精神衛生を気遣うフリして、しっかりダメージ与えてくるやつ!)
このAI、本当に融通が利かない。私のツッコミをことごとく論理で封殺してくる。
まるでデキるけど性格の悪いクラス委員だ。
いや、それどころか。
(こいつ、わざとやっとるやろ……?)
時々、ミラの言い回しに「悪意」みたいなものを感じるのは、私の気のせいだろうか。
◇
学校に着き、教室の扉を開けると、陽キャグループの甲高い笑い声が鼓膜を突き刺す。
「マジでー!?」
「ウケるー!」
「あはははは!」
(うわ、朝から元気やな……。こちとら寝不足でHP赤ゲージやぞ)
≪システムメッセージ:契約者セツからHPが危険域にあるとの申請受理≫
≪確認しましたが、異常は認められません≫
(確認すな!)
私は気配を消して教室の端を通り、自分の席に着く。
窓際、後ろから2番目。
いわゆる「主人公席」だが、残念ながら私の日常には、劇的な展開など訪れない。
……訪れないはずだった。
≪教室内の二酸化炭素濃度、基準値より5%上昇。集中力の低下を招く可能性があります。換気を推奨します≫
(知るか! 陽キャが騒いでるからやろ、どうせ!)
私は机に突っ伏し、HRが始まるまでの貴重な睡眠時間を確保しようとした。
その時。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り、担任の田中先生が教室に入ってきた。
いつもなら、そこで私は夢の世界へトリップするのだが、今日は違った。
田中先生が、いつもと違う雰囲気で、教壇に立つ。
「えー、今日から転校生が来る。まあ、仲良くやってくれ」
転校生。
その言葉に、クラス全体がざわついた。
「え、マジで?」
「男? 女?」
「どんな人なんだろー!」
私は顔を上げないまま、(どうせまた陽キャやろ……)と思っていた。
「夜城、入れ」
田中先生の声。
ガラガラッ
教室の扉が開く。
そして――
…
……
………
教室が、静まり返った。
「え」
私は思わず顔を上げた。
そこに立っていたのは、銀色の髪が窓からの光を反射してキラキラ光る、とんでもないイケメンだった。
(……は?)
時が止まる。
いや、止まった気がした。
(何これ。完全に乙女ゲーの攻略キャラやん!)
身長は180cmくらいだろうか。
スラリとした長身。
非の打ち所がない顔立ち。
涼やかで、それでいてどこか優しそうな雰囲気を纏った銀髪。
そして、その瞳は――
(待て待て待て。ていうか、ガチャで激レアのSSRキャラ引いた時の演出やん、これ!)
教室中、特に女子が一斉に色めき立つ。
その熱気がすごい。
まるで、アイドルのライブ会場だ。
「夜城レイです。よろしくお願いします」
声まで完璧だった。
低すぎず、高すぎず。
爽やかで、それでいて落ち着いた響き。
(うわ、顔面偏差値の暴力や……! 眩しすぎて直視できへん!)
私が反射的に目を細めていると、脳内にミラの冷静なレポートが割り込んできた。
≪警告。高レベルのエネルギー体を検知しました≫
(は? エネルギー体? ちゃうわ、ただの超絶イケメンや!)
≪いえ、これは異常です。セツ、対象を『情報視』で解析してください≫
ミラの声に、いつになく焦りが混じっている。
それが、私の警戒心を呼び覚ました。
(……マジなん?)
私は、周囲に気づかれないよう、そっとスキルを発動した。
視界が、一瞬だけ揺らぐ。
そして――
目の前の景色に、無数の情報がオーバーレイ表示される。
ゲームのステータス画面みたいだ。
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【対象情報:解析完了】
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【名前】:夜城 レイ(やしろ れい)
【年齢】:17歳
【身長】:182cm
【所属】:鏡守第三部隊
【階級】:B級監視官
【任務】:観測者『沖名セツ』及び、
疑似生命体XII号『ミラ』の監視
【脅威】レベル:A+
【戦闘能力】:A
【知能】:A-
【特記事項】:重度の方向音痴(レベルMAX)
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…
……
………
(……はぁ!?)
私は思わず声を出しそうになり、慌てて口を押さえた。
特記事項は一旦置いといて。
(ミラ、観測者ってなに?)
≪『鏡守』は、契約者のことを『観測者』と呼んでいます≫
(そうなん? んで、任務がうちらの監視って、どーゆーこと! もしかして……)
ドクン!
心臓が大きく跳ねる。
「……彼は」
≪はい。彼は、我々の敵と推定します≫
ミラの声が、絶対零度の響きをもって、私の頭に突き刺さった。
(いきなりハードモードやん、私の高校生活……)
田中先生が、夜城レイの席を指定する。
「じゃあ、夜城は……そうだな、沖名の隣でいいか」
私の心臓が、もう一度跳ねた。
(え)
(ちょ)
(待って)
(私の隣!?)
「よろしく、沖名さん」
夜城レイが、私の隣の席に座りながら、爽やかに笑いかけてきた。
その笑顔は完璧だった。
完璧すぎて、逆に怖い。
「あ、うん……よろしく、夜城くん」
私は引きつった笑顔で返す。
≪セツ、心拍数が上昇し、挙動に乱れがあります。相手に不信感を与える可能性があります≫
(ドキがムネムネするわ! 敵が隣におるんやで!?)
≪相手の観測をスタートします。現時点では目的不明。しかし、直接的な敵対行動は確認されていません≫
(……わかった)
私は深呼吸をして平静を装った。
だが、隣から漂ってくる夜城くんの存在が、私の集中力を削いでいく。
(近い。近すぎる。ヤバッ! 匂いまでイケメンや!)
≪セツ、息の吸入量が急上昇しています≫
授業が始まっても、私の頭の中はパニック状態だった。
乙ゲーにはなりません!




