1-5:学校生活、情報視でギャルゲー化する説
「ミラ、学校では静かにしててね。バレたらヤバいから」
私の声は、通学ラッシュの雑踏に紛れる、ただの独り言。ミラの姿は、光の粒子が集まった小さな人型として、私の視界の端にだけ存在している。他人の目には、決して映らない。
≪了解しました。音声による外部通信は停止します。思考領域への情報伝達に限定します≫
「それでお願い。ていうか、危険って言ったって、学校で何が起こるのよ……」
私がため息をつくと、ミラの冷静な分析が頭の中に流れ込んできた。
≪統計上、学校は人間関係のトラブルが最も多発する場所です。いじめ、不正、教師と生徒の倫理違反など、観測すべき潜在的リスクが最も高いコミュニティの一つと分類されています≫
(それは確かに……って、ミラの言う『危険』ってそっちかい! 物理的な脅威やなくて、精神的な方のドロドロ!)
さすが数万年の歴史を持つAI、人間の黒い部分をよくご存じで。
「トラブルは全力で回避するから。あんたは観測に徹して、イマドキの女子高生の生態でも学習しといて」
≪了解。観測モードに移行します≫
◇
教室に到着したのは、HR開始の5分前だった。
≪契約者 沖名セツ、ターゲット施設『高等学校・2年A組』に潜入完了≫
(潜入て。普通に教室入ってきただけや)
教室はすでに賑やかで、グループごとに固まって甲高い笑い声が響いている。私は自分の席へと向かう。窓際の後ろから2番目の席。
(ほんまにテンプレすぎる……。窓の外を見つめて内心で自分語りする主人公の席やん。まあ、私の場合は窓の外を見つめながらAIのツッコミにツッコミ返す席やけど)
「おはよ、沖名さん」
隣の席の女子、佐々木真由美さんが声をかけてくれた。ショートカットが似合う、優しそうな雰囲気の子だ。
「おはよう、佐々木さん」
「ご家族、無事に出発した?」
「うん。昨日、見送ってきた」
「そっか。寂しくなるね」
「まあ、ね」
佐々木さんは優しいが、深くは踏み込んでこない。この付かず離れずの距離感は、秘密を抱えた私にとって非常にありがたかった。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り、担任の田中先生が入ってくる。
「はーい、席つけー。春休みボケは今日で終わりだぞー」
ざわついていた教室が、静かになる。
「じゃあ、出席とるぞ。相川ー」
「はい」
「石田ー」
「はーい」
(平和やな……)
そう思った瞬間。
≪セツ。今なら周囲に気づかれずに能力のテストが可能です≫
ミラの声が、完璧なタイミングで頭の中に響いた。
(え、今? HR中に? 空気読めや、AI)
≪現在、教員の単調な音声により、周囲の注意力は散漫です。あなたの微細な表情の変化が認識される可能性は極めて低いと推定されます≫
(まあ、確かに先生の声、子守唄みたいになっとるし……)
「……じゃあ、ちょっとだけやで。使い方をおなしゃす」
≪了解。『情報視』発動と強く念じてください≫
(キメポーズはいらんのやな。ほな、『情報視』発動!)
瞬間――
世界が、変貌した。
ズザザザザッ!
(うわっ! な、なんやこれ!?)
視界が、一瞬にして情報の洪水に飲み込まれた。教室にいる全員の頭上に、半透明の文字が滝のように溢れ出している!
隣の佐々木さんの頭上には【昨日の夜食はポテチ(罪悪感)】、前の席の前田君には【(自主規制)な動画の検索履歴】、そして教卓の田中先生からは【競馬予想(大穴狙い)】と【離婚調停の進捗(不利)】!!!
頭が痛い。いや、頭の中に直接、他人のプライバシーが濁流のように流れ込んでくる!
(見えすぎや! 知りとうない情報まで全部流れ込んでくるやん!)
(やめて! 前田君の性癖とか、先生の家庭事情とか、どうでもええわ!)
私は両手で頭を抱え、机に突っ伏した。
≪警告。情報過多による『処理落ち』を検知。情報のフィルタリングを推奨します≫
「お願い! 名前と、なんかゲームっぽい数値だけにして! あとは全部カット!」
≪了解。フィルタリング開始。対象:外部プライバシー情報、思考パターン(低俗)、欲望(食欲・性欲)≫
(最後のヤツ、絶対いらんやろ!)
ミラの処理は一瞬だった。
ズン……。
世界のノイズが静まり、視界がクリアになる。クラスメイトの頭上には、整理された情報だけが浮かんでいた。
【佐々木真由美:好感度50 / 集中力B / 潜在能力E】
【前田優斗:好感度20 / 集中力D / 潜在能力D】
【田中浩二(教師):警戒度0 / 潜在能力E】
(ふう……助かった……)
これなら、なんとか授業にも集中できそうだ。
(しかし、この能力、やばすぎるやろ。使い方次第では何でもアリやん……)
≪悪用は禁止です。ルナリアンの技術は、月の安全と地球の観測のためにのみ使用されます。邪悪な欲望を満たす行為には、ペナルティがあります≫
(わかっとるわ! でも、ギリギリセーーーフは狙うで!)
私は心の中でミラに言い返しながら、改めて周囲の生徒たちに視線を向けた。
フィルタリングされた情報は、まるでRPGゲームのようだ。気になるのは「潜在能力」の項目。ほとんどの生徒がDかEなのに、一部にBやAがいる。
(あれはバスケ部のエース、吉岡君。潜在能力B。まあ、わかる)
(あれは学級委員長の佐藤さん。潜在能力A。頭脳明晰、才色兼備。納得や)
そして、私はふと、教室の隅に座っている一人の女子生徒に目を留めた。いつも一人で静かに本を読んでいる、私と同じ目立たない子だ。名前は……確か、桜井さん。
彼女の頭上に浮かぶステータスを見た瞬間、私の思考が完全に停止した。
【桜井美月:好感度45 / 集中力C / 潜在能力:測定不能(S+)】
(……Sプラス……?)
潜在能力Aの学級委員長を遥かに超える、規格外のステータス。表示の背景が、他の生徒の白文字とは違い、淡く虹色に光ってさえいる。
(なんやこれ! 完全にチート持ちやん! 主人公席の私がEなのに、隅っこで本読んでるあの子がSプラス!?)
ミラの「学校はトラブル多発地帯」という警告が、妙な現実味を帯びてきた。
(この学校……絶対、普通やない……!)
◇
「沖名ー」
「はいっ!」
田中先生の声に、心臓を跳ねさせながら慌てて返事をする。
出席確認が終わり、退屈なHRが続く。
≪セツ、観測結果を報告します≫
(聞きたくないけど、聞くしかない……)
≪この施設において、ルナリアン技術に関する直接的な情報は発見できませんでした。当面は『能力の習熟』に専念することを推奨します≫
「習熟って、どうやって……」
≪ユニークスキル『情報視』は、対象の『好感度』を可視化する機能を有します。この数値を引き上げることで、より深い情報を引き出せると推定されます≫
(それ、乙女ゲーの好感度システムやん! 私のチート能力、まさかの『恋愛マスター』路線!?)
≪よって、最初のミッションをここに設定します≫
ミラの無機質な声と共に、私の脳内にゲームのクエストボードのようなウィンドウが表示された。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【ステータス更新】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【名前】: 沖名セツ
【契約者レベル】: Lv.1
【ユニークスキル】: 『情報視』Lv.1
【ミッション】:
No.001『ファーストコンタクト』
目標: 佐々木真由美の好感度を65まで引き上げる
現在の好感度: 佐々木真由美: 50
【報酬】: ユニークスキル『情報視』Lv.2への進化、新機能『弱点解析』の解放
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「……はぁ!?」
思わず前のめりになる。
(乙女ゲーみたいなミッションでスキルアップとか、どんなシステムやねん!)
私の急な動きに、隣の佐々木さんが「どうしたの?」と声をかけてきた。
「あ、ごめん! なんでもない! ちょっと面白いこと思いついて!」
慌てて笑ってごまかすと、佐々木さんは「沖名さん、面白いね」と笑ってくれた。
≪セツの現在の行動により、佐々木真由美の好感度が50から52に上昇しました≫
(え、上がった!? 今の適当なごまかしで!?)
≪セツの『ツッコミ』はコミュニケーションにおける『精神攻撃』として有効である可能性が示唆されます≫
≪今回の『ごまかし』は『ツッコミ』を期待して好感を得たと推定されます≫
(私の『ツッコミ』は攻撃手段なんかい!)
私は天を仰いだ。
壮大なSFファンタジーが始まるかと思いきや、私の誰にも言えない極秘ミッションは、「隣の席の女子の好感度を上げて、弱点を暴く」というとんでもない方向の1stミッションだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【ステータス更新】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【名前】: 沖名セツ
【年齢】: 16歳・高校2年生
【契約者レベル】: Lv.1
【ユニークスキル】: 『情報視』Lv.1(フィルタリング機能解放)
(光、電波、電流からあらゆる情報を読み取り、対象の好感度・集中力・潜在能力を可視化できる)
【契約者】: ミラ(月面観測型自律思考体XII号)
【ミッション】:
No.001『ファーストコンタクト』
目標: 佐々木真由美の好感度を65まで引き上げる
現在の好感度: 佐々木真由美: 52
【観測対象(特異点)】: 桜井美月(潜在能力:測定不能 S+)
【心境】: 隣の席の女子の好感度を上げることに必死な自分に、誰かツッコミ入れてくれへんかな。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
今後、乙女ゲー……にはなりません!
次話、新キャラが登場です!




