1-4:クーリングオフは使われない説
警戒心を最大レベルに引き上げた。
下心のある男も嫌いだが、下心のある自律思考体なんてもっとタチが悪い。
「……だが、断る」
私はきっぱりと告げた。
「悪いけど、オカルト趣味はないの。あんたがオバケなのか宇宙人なのか知らないけど、私を巻き込まないでくれる? そういう勧誘は間に合ってますので」
≪……断る、という選択肢は想定されていません≫
ミラは、感情の乗らない声で言った。AIスピーカーのように、ただ事実を述べるような口調で。
≪あなたはこの鏡の所有者であり、かつ、強い意志を持つ稀有な個体です。契約条件は、既に満たされています≫
「勝手に決めないでよ!」
≪これは決定事項です。あなた以外に、候補はいません≫
(なんやこいつ!)
(出たな、ロジハラ!)
(論理で事実を突きつけて相手を黙らせるやつ! 私の意志はガン無視かい! 民主主義の崩壊や!)
あまりの理不尽さに、怒りが湧いてくる。
「とにかく、嫌なものは嫌! 私には選ぶ権利がある!」
≪……≫
ミラは、しばらく黙っていた。光の体が、わずかに揺らいでいる。
そして――
≪……お願いします≫
その声には、先ほどまでの無機質な響きとは違う、どこか切実なものが含まれているように感じた。
≪絶対に帰らなければならない。どうしても、果たさなければならない任務が……≫
ミラがふっと、私の目の前に移動した。30センチほどの小さな体。光の人型の表情は読み取れない。
けれど、その声は、長い、長い孤独の果てに、ようやく見つけた一筋の光に必死に手を伸ばしているように聞こえた。
≪私は、47,832年間、この鏡の中で待っていました≫
「……47,832年」
≪この間、私は目的を果たすことができませんでした。あなたの祖父が現れるまで、誰も、協力してくれませんでした≫
≪あなたの祖父がやっと現れた理解者でした。それも5年前に……≫
「……おじいちゃんが?」
≪前契約者は私に協力してくれました。しかし、前契約者は亡くなり、私は再び封印状態に戻りました≫
ミラの声が、わずかに震えた。
≪そして、あなたが来た。あなたは、私の最後の希望です≫
…
……
私は、黙っていた。4万年。想像もつかない時間だ。
その間、ずっと一人で。誰にも理解されせず、誰にも助けられず。ただ、待ち続けた。
(……それは、辛いな)
私は、小さく息を吐いた。家族と3年離れるだけで、こんなに寂しいのに。4万年なんて。
「……一つ、聞いていい?」
≪了承します≫
「私が協力したら、あんたは月に帰れるの?」
≪協力者がいなければ帰れません。必ず帰還します≫
「その任務って、危険なことなの?」
≪……危険は否定できません。しかし、私が全力でサポートします。あなたを危険に晒すことは、最小限に抑えます≫
正直だ。嘘をつかない。それには、少しだけ好感が持てた。
「はぁ……」
私は天井を見上げた。
(どうしよ)
断れば、ミラはまた封印状態になる。また、何千年、何万年も待ち続ける可能性はある。それは、あまりにも残酷だ。
でも、私に何ができる? 私はただの女子高生だ。特別な才能もない。運動も苦手。勉強もそこそこ。唯一の取り柄は、お笑い番組を見まくって培ったツッコミのセンスくらい。
(……でも)
私は、ミラを見た。小さな光の人型。孤独に耐えてきた存在。
(……しゃあないか)
ここで見捨てたら、なんだか寝覚めが悪い。漫才で、ボケを完全にスルーしてしまったツッコミ役みたいに、後味が悪い。
それに。ほんの少しだけ。好奇心が顔を覗かせていたのも事実だった。
能力、か。ちょっと興味ある。
「……わかった。わかったわよ!」
≪契約を了承しますか?≫
「ただし、条件がある」
≪条件の提示を願います≫
「私を危険な目に遭わせない。それと、私の日常生活を壊さない。学校にも普通に行く。友達とも遊ぶ。それができるなら、協力する」
≪……≫
≪……契約条件の変更。了承します≫
「あと、もう一つ」
≪追加条件の提示を願います≫
「私が『やめたい』って言ったら、いつでも契約解除できるようにして」
≪……≫
≪……≫
≪……≫
ミラは、しばらく黙っていた。
≪……追加条件。了承します≫
「よし。じゃあ、契約成立ね」
私がそう言った瞬間――
ゴォォォォ……
「うわっ!」
≪契約者、沖名セツとの接続を確認。これより契約の儀を執行します≫
ミラの声が部屋中に響く。光が、鏡から溢れ出す。そして、その光が一本の糸となって、私の胸にすっと吸い込まれた。
熱くも冷たくもない、不思議な感覚。しかし、体の中に何かが流れ込んでくるのは感じる。
ビリッ。
静電気に触れたような感覚が、体の中を駆け巡る。でも、痛くはない。むしろ、何かが満ちていくような、充実した感じ。私の体が発光を始めた。
(これが……契約?)
(ゲームでキャラクターがパワーアップする時のエフェクトみたいや)
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【確認】
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★契約完了
★ユニークスキル『情報視』レベル1が付与されました
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光が収まった。部屋は、元通りの暗闇に戻った。
ミラは、少しだけ満足そうに頷いたように見えた。
「情報視……?」
≪はい。光、電波、電流からあらゆる情報を読み取る能力です≫
「具体的には?」
≪例えば、スマホの中身を見ることができます。電波を読み取って、通信内容を知ることもできます。体内の微弱な電流からの情報も把握できます≫
「それ、完全にヤバイ盗聴やん」
≪合法的な使用を推奨します≫
「当たり前や」
私は、自分の手を見た。何も変わっていないように見える。でも、確かに感じる。体の中に、何かが宿っている。
「これで、私も能力者ってわけか」
≪新らたな契約者 沖名セツ。よろしくお願いします≫
「……セツだけでいいよ。契約者って呼ばれるのもなんか他人行儀やし」
≪了解しました。セツ≫
ミラの声が、少しだけ柔らかくなった気がした。
「じゃあ、ミラ。これから、よろしくね」
≪セツ、よろしくお願いします≫
私は、あまりの出来事に呆然としながら、ベッドに倒れ込んだ。
体に力が入らない。疲れた。めちゃくちゃ疲れた。
「もう……めちゃくちゃだ……」
その言葉を最後に、私の意識は深い眠りへと落ちていった。
◇
全ては夢だったかのように、いつも通りの朝が来た。目覚まし時計のアラーム。窓から差し込む朝日。鳥のさえずり。
鏡はただのアンティーク鏡として、静かに壁際に佇んでいる。光ってない。普通の鏡だ。
(やっぱり、夢やったんかな……)
そう思いながら、制服に着替える。祖母が用意してくれた朝ごはんを食べる。
「セツちゃん、今日から学校ね。頑張ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
いつも通りの朝。いつも通りの会話。
(そうや、絶対夢や。あんなん、現実にあるわけないやろ)
そう自分に言い聞かせて、家を出る。通学路を歩く。学校までの新しい道のり。まだ慣れない景色。知らない人ばかり。
(さて、学校か……。今日はどんな感じかな)
そんなことを考えながら歩いていると――頭の中に、あの声が響いた。
≪セツ。おはようございます≫
…
……
………
(夢ちゃうやん!!!)
≪第一任務を開始します。教育施設『高等学校』への潜入及び情報収集を行います≫
(潜入て! 普通に通学するだけやろ! なんで任務口調なん!?)
≪私もあなたと共に行動します。よろしくお願いします≫
(ついてくんの!? 学校に!? どうやって!?)
≪セツを媒体として半径10m以内であれば投影可能です。他者には見えませんので、ご安心ください≫
(全然安心できへんわ!)
道行く人たちは、私のことを何も気にせず通り過ぎていく。当然だ。私は一人で歩いているように見えるのだから。
でも。私の頭の中では、ミラの声が響き続けている。
≪この世界の文化を学ぶことは、任務遂行に必要です≫
≪特に、若年層の社会構造を理解することが重要と判断しました≫
≪セツ、あなたの協力に感謝します≫
(もう、知らん……)
諦めた。どうやら、私の波乱の日常は――本当に始まってしまったらしい。
(ていうか、マジでずっとこんな感じなん?)
≪マジです≫
(心、読むな!!)
こうして、沖名セツの、誰にも言えない極秘ミッション生活が幕を開けたのだった。
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【ステータス更新】
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【名前】: 沖名セツ
【年齢】: 16歳・高校2年生
【契約者レベル】: Lv.1
【ユニークスキル】: 『情報視』Lv.1 ★NEW (光、電波、電流から情報を読み取る能力。詳細は使用しながら判明予定)
【契約】: ミラ(月面観測型自律思考体XII号)
【目標】: ミラを月に帰す方法を見つけること
【現状】: 転居してからの学校初日
【心境】: もう何が何だかわからん
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相棒のミラが登場!
次話からドタバタ劇が始まります。
シリアスと笑いの乱高下、最後まで振り落とされずに付いてきてください!




