5-2:お宝の前で、敵と味方が全員集合しがち説
深夜0時。
闇に沈む市立博物館は、まるで巨大な怪物の寝息のように、重々しい静寂に包まれていた。
私たちは裏口の通用口の前に身を潜め、息を殺してその時を待つ。
(ほんまに、やるんやな……。今なら引き返せる。でも……)
隣を見ると、レイとユズが真剣な顔で頷いている。
(あかん、私だけビビってる場合やない!)
≪システムへのハッキングを開始します。 ファイアウォールを迂回……セキュリティホールを発見。侵入シークエンスに移行……成功。 3分間、全ての監視カメラと赤外線センサーを停止させます≫
ミラの冷静なアナウンスが脳内に響く。
だが、最後に、ぽつりと付け加えられた。
≪……セツのバイタル、少し心拍数が高いです。 深呼吸を≫
(心配してくれてるんか……。 さっきの『祈り』といい、あんた、ほんまに成長したな)
AIの相棒からの思わぬ気遣いに、少しだけ心が温かくなる。
よし、と気合を入れ直し、私はドアの電子ロックにそっと手をかけた。
『情報視』を発動。
世界がノイズ混じりのデータに変換される。脳内に流れ込んでくる微弱な電流のパターン、電子基板を走る信号の明滅、それらをパズルのように組み合わせ、正規のアクセスコードを瞬時に割り出す。
(パスコードは……『RYU-GU-TERU-HIME』……って、竜宮輝姫!? 館長の趣味か!? セキュリティ意識低すぎやろ!)
心の中でツッコミを入れつつ、コードを入力する。
カチャリ。
重い金属の扉が、ほとんど音を立てずに開いた。
「よし、行くで! 3分しかない!」
息を殺して館内に滑り込む。
ひんやりとした空気と、カビ臭いような古書の匂いが鼻をつく。
非常灯だけが、巨大なティラノサウルスの骨格標本や、ずらりと並ぶガラスケースを不気味に照らし出していた。
恐竜の空っぽの眼窩が、こちらを睨んでいるようで、背筋がぞくりとする。
エジプトのミイラの展示が、生きているかのように見える。
(あかん、映画のセットみたいやん。 これ、絶対あとで展示物が動き出すやつや!)
≪その予測は、残念ながら的中する可能性が高いです≫
(フラグ立てるな!)
タッ タッ タッ タッ……
私たちの駆ける足音だけが、大理石の床にやけに大きく響き渡る。
消せない音が、全世界に「ここに侵入者がいますよ」と宣伝しているようだ。
(この足音、ゲームのステルスミッションで、敵に見つかる直前のBGMみたいやん! 不吉すぎるわ!)
≪補足。 現在の足音レベルは47デシベル。 通常会話レベルです。問題ありません≫
(問題あるわ! 深夜の博物館で通常会話レベルって、めっちゃ目立つやろ!)
「『星詠みの鏡』は、2階の日本史セクションを抜けた先、特別展示室だ。 急ぐぞ」
レイの先導で、大理石の階段を駆け上がる。
心臓の音が、やけにうるさい。
≪残り時間、1分30秒です≫
(半分切っとるやん!)
焦りが募る。角を曲がった瞬間、鎧武者の展示が目に入り、思わず「ひっ」と小さな悲鳴を上げてしまった。
「大丈夫か、セツ」
「だ、大丈夫! ちょっと、雰囲気に飲まれただけや!」
強がってみせるが、足は少し震えていた。
(あかん、ホラーゲームやったら、ここで確実にドッキリ演出入るやつや!)
「セッちゃん、私がいるから大丈夫だよ!」
ユズが私の手を握ってくれる。
その手は、さっき家で震えていたのが嘘のように、力強かった。
(ユズ……あんた、ほんまに強い子やな)
特別展示室、と書かれた重厚な扉の前にたどり着く。
ここにも電子ロック。
≪残り30秒…29…28…≫
(うおおおお、焦らせるな! カウントダウンすな!)
再び『情報視』を発動。
今度のパスコードは……『HANIWA_LOVE』……。
(館長、あんた絶対クビになるで! 埴輪愛て! せめて英数字混ぜるとか、記号入れるとか、セキュリティの基本を守れや!)
≪残り10秒です≫
(急かすな!)
扉を開けると、その中央に、問題の鏡はスポットライトを浴びて鎮座していた。
黒曜石でできたフレームに、銀の象嵌で星座がびっしりと刻まれた、美しい円形の鏡。
だが、その美しさとは裏腹に、鏡面からは、黒い靄のような、見るからに不吉なオーラがゆらゆらと立ち上っている。
まるで、深淵がこちらを覗き込んでいるかのような、得体のしれないプレッシャーがあった。
≪警告。 対象は極めて不安定な状態です。 外部からの強い衝撃、または魔力の干渉があれば、即座に暴走を開始する可能性があります。 接近には細心の注意が必要≫
「どうする? 下手に触るのもヤバそうやけど……」
私がゴクリと喉を鳴らした、その時だった。
パチ、パチ、パチ……。
場違いな、しかしやけに優雅な拍手の音が、静寂を突き破った。
「あらあら、先客がいたとはね」
私たちは一斉に振り返る。
そこには――誰もいない。
展示ケース、天井、床。どこにも人影はない。
「ここよ」
声は、真上から。
見上げると、黒いゴシックロリータドレスに身を包んだ少女――クロエが、天井からゆっくりと降りてきた。
まるで、重力を無視しているかのように。
(空中浮遊!? 完全に規格外の能力者やん!)
≪クロエの潜伏能力は極めて高度です。 警戒レベルを最大に引き上げます≫
「あなたたちが噂通り、チョロチョロ動き回るネズミさんたち?」
展示ケースの上に優雅に着地したクロエが、全てを見透かしたような悪魔的な笑みを浮かべている。
(いつの間に!? 気配、全然感じへんかった!)
「黒鏡……!」
レイが即座に剣を構える。
だが、悪夢の強制イベントは、それだけでは終わらなかった。
招かれざる客は、まだいた。
「やはり来たか。 組織の裏切り者、夜城レイ」
反対側の入り口から、カツ、カツ、と重い足音。
その音だけで、空気が重くなる。
(この声……昼間、タライ落とした相手や……)
「そして、忌まわしき観測者よ。 聖なる知の殿堂に、その汚れた足を入れるでない」
見飽きた詰襟の制服。
鏡守・第一部隊隊長、陣内だった。 彼の後ろには、武装した部下たちがずらりと並んでいる。
(嘘やろ……! なんで、こいつらまで寸分違わぬタイミングで来んねん!)
(人気ラーメン店に一番乗りしたと思ったら、実は裏口と屋上から別の団体客がなだれ込んできたみたいな、最悪のパターンやん!)
≪状況分析。 敵対勢力が二組同時に出現。 これは統計的に――≫
(統計いらんねん! 今は目の前の絶望的な状況をどうにかする方法を考えんと!)
クロエは、鏡を回収しに。
陣内は、鏡を破壊しに。
そして私たちは、鏡を保護(という名の取引材料確保)しに。
回収、破壊、保護。
三つの決して交わらない目的が、この狭い展示室で、危険な火花を散らす。
三者の視線が、一瞬だけ交錯する。
誰が先に動くか。
一秒が、永遠のように長く感じる。
≪全員の戦闘意欲が最高潮に達しています。 衝突は――不可避です≫
(わかっとる! でも、どうする!? こんなん、詰み状態やん!)
「その鏡は、我々が管理・破壊する! それが人類のための秩序だ!」
「いいえ、私がいただくわ。 その力は、我ら『黒鏡』が有効活用してあげる」
「させるか!」
レイが叫んだ瞬間――
「レイ、待って!」
私が止める間もなく――
キィィィィィィィィィィィィン!
まるで三者の敵意に共鳴したかのように、中央に立つ『星詠みの鏡』から、頭蓋骨に直接響くような、凄まじい精神的な高周波が放たれた。
その音は、耳からではなく、直接脳に響いてくる。
「「「ぐっ……!?」」」
全員が膝をつく。
頭が割れるように痛い。
(これ、音やない……。精神攻撃や……!)
≪警告。 セツの脳波に異常を検知。 このままでは――≫
ミラの声が、ノイズに飲まれていく。
「くそっ、トラップか!」
レイが舌打ちする。
(やっぱり……。 三者が同時に敵意を向けたら、鏡が反応するって、ミラが言うてたやん!)
≪推測通りです。 鏡は強い負の感情に反応します≫
(わかっとるなら、もっと早く警告してくれや!)
そして――
ドゴォォォン!
黒い靄が、展示室全体に爆発的に広がる。
その瞬間、私は見た。
鏡面に映る、無数の「何か」を。
(あれは……人? それとも……)
その「何か」が、こちらを見ている。
笑っている。
(……っ!)
鏡が、最悪のタイミングで、本格的な暴走を始めたのだ。
(これ、完全にフラグ回収やん! ミラが言うてた『外部からの強い衝撃、または魔力の干渉』って、まさにこの状況やん!)
≪警告。 鏡の暴走が始まりました。 展示物への憑依が確認されます。 全員、戦闘態勢を――≫
「わかっとる!」
私は、レイとユズを見た。
二人とも、覚悟を決めた顔で頷いている。
(さあ、始まるで! 私たちの、最初の本気のチーム戦が)
◇
━━━━━━━━━━━━━━━━
【緊急戦闘ステータス】
━━━━━━━━━━━━━━━━
【場所】: 市立博物館・特別展示室
【目標】: 星詠みの鏡の確保
【敵対勢力】:
①黒鏡- 空中浮遊能力持ち
②鏡守・敵視派(陣内ら)- 額に絆創膏
③暴走した星詠みの鏡 ★NEW
【チーム状態】:
沖名セツ:緊張MAX、でも覚悟完了
夜城レイ:戦闘態勢
天海ユズ:不安を隠して強気
【チーム連携率】: 34.7%(低い)
【作戦】: 出たとこ勝負(成功率不明)
【心境】: 三つ巴どころか、四つ巴や! 鏡まで暴走とか、誰がこんなシナリオ書いたんや! でも、やるしかない。ミラが祈ってくれた。レイとユズが隣にいる。ミラが「その予測は的中する」言うてた展示物の暴走も始まるんやろな……。行くで!
━━━━━━━━━━━━━━━━




