1-2:開かずの書斎、大体ヤバいものが眠ってる説
ホラーっぽい表現がありますが、ホラー話にはなりませんのでご安心を!
「おじゃまします……」
ゆっくりとドアを開けると、途端に鼻をつく匂い。古い紙とインク、カビ、そして何かの香料が混じり合ったような、独特の空気。
(うわぁ、めっちゃ埃っぽい。ていうか、時間まで止まってそうな空気感やな)
心の中でツッコミを入れながら、恐る恐る部屋の中へ足を踏み入れた。
床が、ギシッと悲鳴を上げる。
(これは間違いなく、開かずの扉やったな。 ミステリードラマなら第一発見者コースやで。 それか、リアル脱出ゲームの最初の部屋やな。 次、謎解きフェーズ来るで)
足元を見ると、怪しげな骨董品が所せましと並んでいる。世界中のどこから集めてきたのか、まったくわからないようなものばかり。
木彫りの仮面。 古い壺。 変な形の石。 なんか怖い人形。
(骨董品コレクターって、こういうの集めるん? センスが独特すぎるやろ……。 呪術とかに使えそうなアイテムばっかりやん)
壁一面の本棚には、背表紙が色褪せた分厚い本がぎっしり詰まっている。
「世界の神話」 「古代文明の謎」 「鏡と異界の民俗学」 「疑似生命体考察ノート」
(……疑似生命体? なんやそれ。ラノベのタイトルみたいやな)
どれもこれも、普通の家にはまずないような、いかにも曰くありげな本ばかり。
(完全にミステリー小説に出てくる『怪しい老学者の書斎』やん。 ここで殺人事件起きてもおかしないレベルやで)
部屋の奥へ進むと、夕日が差し込む窓の近く。その光が、部屋の隅に置かれた大きな布のかかった物体を、神々しく照らし出していた。
人の背丈ほどの高さ。優美な曲線を描くシルエット。布の隙間からは、豪華な金色の装飾がちらりと覗いている。
「これ、なんやろ?」
まるで、それに引き寄せられるように、私はゆっくりと歩み寄った。
指先が、ざらりとした厚手の布に触れる。何十年分もの埃を吸い込んでいるのだろう。
ごくり、と喉が鳴った。
そっと布の端をつまみ、持ち上げる。
ズル……。
布が床に落ちる、重い音。
そして。
現れたのは――
「……うわぁ」
思わず、声が漏れた。
私の背丈ほどもある、豪華な装飾のアンティーク鏡だった。
金色の蔓草模様がフレーム全体を生き物のように這っている。フレームの頂点には、精巧に彫られた女性の顔。その眼差しは、どこか遠くを見つめているようにも、鏡を覗き込む者の魂の奥底まで見透かしているようにも見える。
鏡面は長年の埃で白く曇っている。
けれど、その曇りの奥から、まるで自ら発光しているかのような、深い輝きが放たれているのがわかった。
その輝きを見た瞬間、私の脳裏にありえない光景がフラッシュバックした。
満点の星空。流れ星。そして、青く輝く地球。宇宙から見たような、そんな景色が一瞬だけ、鏡の中に映って――消えた。
(……今の、なに?)
幻覚? いや、でも、あまりにも鮮明で。
恐る恐る、指先でそっと鏡面に触れてみる。ひんやりしているかと思いきや、そこにはまるで人の肌のような、微かな温もりがあった。
――キン、と遠くで鈴が鳴るような、澄んだ音がした気がした。
奥底に秘められた深い輝きが透けて見えた。その輝きが私の好奇心をくすぐる。
(うわぁ、めっちゃゴージャス)
(ていうか、まんま『白雪姫』に出てくる魔法の鏡やん! これ絶対なんかヤバいやつ! この部屋はフラグ建築現場か! 工事関係者以外立ち入り禁止の看板立ってるレベルやで!)
思わず声に出してツッコミそうになるのをグッと堪えた。こんな大仰な鏡が、まさかこんな普通の家に、厳重でもなく、ただ布一枚で隠されているなんて。
いや、よく考えたら。
(じいちゃん、世界中の伝説とか神話を研究してたって聞いたことあるな)
(もしかして、これも収集品の一つ?)
鏡は確かに、長年眠っていた古い品物って雰囲気を醸し出していた。でも同時に、何か特別な力を秘めているような気もする。
「これやったら、部屋に置いても問題ないやろ」
私はこの鏡を、自分の部屋に運ぶことに決めた。
だって、鏡がないと女子高生は生きていけないのだから。
◇
「うぐぐ……」
めっちゃ重い。
(なんやこれ! 見た目の三倍重いやん! 質量詐欺や!)
なんとか廊下を引きずって、自分の部屋まで運ぶ。すでに息が切れ、汗が滲む。一人で何かをする、ということの大変さを、こんなところで実感するなんて。
(運動不足を痛感する瞬間やな…。体育の授業、もうちょっと頑張るべきやったわ)
すごく重かったけど、なんとなく、この鏡が私を呼んでいるような気がしたのだ。
自分の部屋の壁際に立てかけようとした、その瞬間。
スッ……。
それまで私の腕にずっしりとのしかかっていた重みが、不意に消えた。
まるで、そこが定位置だとでも言うように、鏡は音もなく、壁にぴたりと収まった。
(え……?)
不思議な感覚だった。まるで、巨大なパズルの最後のピースが、あるべき場所に吸い込まれるように、カチリとハマったような。
(気のせい、気のせい。ただのアンティーク好きの孫の血が騒いだだけや。きっとそうや)
自分に言い訳をして、鏡を部屋の壁際に立てかける。
布を剥がして、持っていたクロスで丁寧に拭いていく。すると、鏡面がみるみるうちにクリアになって、私自身の顔が鮮明に映し出されていった。
黒髪ボブ。
少しだけ大きめの瞳。
よく「かわいい」と言われるけれど、自分ではあまりピンとこない。
それが、鏡に映る私だ。
(うん、悪くない)
(ていうか、ちょっと雰囲気出るやん、私の部屋。アンティーク風インテリアってやつ? 映えアイテムやな)
鏡が部屋にあるだけで、なんだか空間が引き締まったように感じる。
でも、それと同時に、奇妙な感覚に襲われた。
鏡が、私を「見て」いるような。値踏みするように、観察しているような、そんな居心地の悪さ。
ふと、鏡の中の自分と目が合う。
次の瞬間、鏡の中の私が――にやり、と冷たく微笑んだ気がした。
「ひっ……!」
思わず後ずさる。
もう一度、鏡を見る。そこに映っているのは、驚いた顔をした、いつもの私だ。
(……見間違い、やな?)
心臓がバクバクしている。
気のせいだと思いたいのに、背筋を這い上がってくる悪寒が消えない。
(まさか、こんな曰くありげな鏡が、私の部屋に来るとはなー)
祖父の書斎に眠っていた鏡が、まさかこんなに私の日常を根底から覆すことになるなんて。
この時の私は、 知る由もなかった。
◇
その夜。
新しい部屋、慣れないベッド。私はなかなか寝付けずに、何度も寝返りを打っていた。
部屋の隅に置かれた鏡が、暗闇の中で巨大な影を作っている。あの視線を感じるような気がして、無意識に鏡に背を向けるようにして横になった。
――チッ。
(……ん?)
時計の秒針とは違う、硬質な音。
――ギシィ……。
今度は、古い木がきしむような音。鏡の方からだ。
気のせい。そう思おうとしても、心臓が嫌な音を立て始める。
恐る恐る、枕元のスマホに手を伸ばし、画面を点灯させる。
そこに表示された時刻に、私は息を飲んだ。
AM 3:33
(……丑三つ時過ぎ。悪魔の数字666の半分とか、中途半端に不吉やな)
そうツッコミを入れた瞬間だった。
ブゥゥゥン……。
低いハムノイズが、部屋に響き渡る。音源は、間違いなくあの鏡だ。
ゆっくりと体を起こすと、信じられない光景が目の前に広がっていた。
アンティークミラーが、ぼんやりと青白い光を放ち始めている。
(来るか……来るで……!)
(髪の長い白装束的なやつが! 中から這い出てくるパティーンや! 七日後に死ぬやつや!)
光は徐々に強さを増し、フレームの蔓草模様が、まるで生きているかのように光の筋となって明滅を繰り返す。部屋の壁や天井に、複雑な幾何学模様の影が踊っていた。
そして、鏡面が、まるで水面のように、ぐにゃり、と揺らめき始めたのだ。
中心が渦を巻き、深い、深い闇が口を開ける。
闇の奥から、何かが、生まれようとしていた。
次話、主人公の相棒が登場します!
ホラーにはなりませんので、ご安心を!




