3-1:敵組織にも派閥とかあるんかい説
結局、あの後、私はスマホの地図アプリを駆使して、夜城レイ――イケメンで、強くて、秘密組織の一員で、そのくせ絶望的な方向音痴という、属性過多な男――を最寄りの駅まで送り届ける羽目になった。
(いや、ほんまに属性盛りすぎやろ! ラノベのキャラ設定でも、もうちょいバランス考えるわ!)
彼が改札を抜けていく後ろ姿を見送りながら、私は大きく、それはもう深々とため息をついた。
まるで、難易度高めの護衛ミッションをクリアした後のような疲労感だ。
(少女漫画やったら、母性本能くすぐられ系の恋のフラグが立つところやろうけどな……)
私の心の中にいるエセ関西弁を話すお笑い芸人が、腕を組んで冷静に状況を分析する。
(残念ながら、こちとらサスペンス劇場モードや! 吊り橋効果もクソもないわ! まずはあの男の身の潔白と、背後にある組織の全容を明らかにしてもらわんと、安眠できへんで!)
二日連続で真夜中の講義を開いたAIアシスタントのせいで、私の安眠権はすでに侵害されている。
これ以上、私の平穏を乱す奴は許せない。
≪補足。契約者セツの睡眠時間は、過去48時間で合計9時間。推奨睡眠時間を下回っています。健康管理のため、本日は早めの就寝を――≫
(今さら健康アドバイスいらんねん! あんたのせいやろが! 健康管理アプリが過労死させにくるとか、本末転倒すぎるわ!)
≪論理的矛盾を指摘されましたが、私の行動は契約履行のための必要な措置であり――≫
(またロジハラ! あんた、ほんまに空気読む機能ないんやな!)
◇
そして翌日の放課後。
私は「大事な話がある」というメッセージをレイに送り、旧校舎裏の、今は誰も使っていない空き教室に彼を呼び出していた。
二人きり。夕日が差し込み、埃がキラキラと舞う教室。
シチュエーションだけは完璧な告白シーンだが、漂う空気は完全に警察署の取り調べ室のそれである。
(この空気感、刑事ドラマの取調室やん。あとは、壁に『自白は証拠の王様』って標語貼ってあったら完璧や)
≪補足。この状況は一般的に『詰問シーン』と分類されます。恋愛フラグの立つ確率は3.2%、逆に敵対関係が深まる確率は――≫
(余計な統計いらんねん! ロマンスの死神か、あんたは!)
レイはドアから入ってくるなり、その場の雰囲気を一瞬で爽やかに塗り替える、罪深いほどの笑顔を向けてきた。
(あかん、イケメンの笑顔は一種の暴力や。裁判やったら、情状酌量で減刑されるレベルの武器やで!)
私が壁に寄りかかり、腕を組んで切り出す。
「単刀直入に言うと、あなたのこと、全く信用できない。私のこと監視してた、ただの敵でしょ?」
私のストレートすぎる物言いに、レイは一瞬言葉に詰まったが、すぐに覚悟を決めたように、まっすぐに私を見据えて頷いた。
「……その通りだ。俺たち『鏡守』は、君たち観測者と、鏡に宿る疑似生命体を監視している。それが組織の任務だ」
「ほら、やっぱり敵じゃん。 協力できるわけないでしょ」
「だが、一枚岩じゃない」
「は?」
レイは、疲労の色を浮かべながら続けた。
「鏡守には、二つの派閥があるんだ」
(出た、組織内の派閥対立! 半沢○樹で100回見たやつや! 派閥争い、リアス式海岸くらい入り組んでそうやな!)
その時、私の頭の中でミラの冷静な補足情報が響いた。
≪セツ。鏡守内の主流派は、我々ルナリアンの末裔を『管理すべき危険物』と断定しています。彼らの論理では、私たちはいつ暴走するかわからない時限爆弾と同義です≫
(言い方えぐいな! もうちょいオブラートに包めんのかい! せめて『高精度な観測機器』くらい言うてくれ! 時限爆弾て、完全にテロリスト扱いやん!)
≪事実を述べているだけです。感情的な表現は避けています≫
(それが一番傷つくやつやねん! ロジハラの典型例や!)
「一つは、疑似生命体を、いつ暴走するとも知れない危険な存在とみなし、発見次第、全て破壊するべきだと考える『敵視派』」
彼の声に、苦々しい響きが混じる。
破壊ではなく、鎮静化を信じる共存派とは、根本的な思想が違うのだろう。
「そしてもう一つが、俺が所属する『共存派』だ」
(共存派……。なんか響きはええけど、うさん臭いことこの上ないな)
「俺たちは、疑似生命体との対話と共存の道を探っている。……君のおじいさんのようにね」
その言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。
「じいちゃん、知ってるの?」
レイは、少しだけ遠い目をして、語り始めた。
夕日が、彼の銀髪をオレンジ色に染める。
「5年前、俺は暴走した疑似生命体に襲われ、死にかけていた。まだ、鏡守に入る前の、ただの子供だった」
彼の声が、わずかに震える。
一瞬、空き教室の空気が重くなる。
(この人、本気で怖かったんやな……。声の震え方、演技やない。本物や)
私の『情報視』が、彼の深層心理から溢れ出る感情の断片を拾い上げる。
恐怖、絶望、そして――諦め。
「死を覚悟した俺を助けてくれたのが、君のおじいさんと……ミラだったんだ」
「え……」
「君のおじいさんは、ミラの力を使って暴走を鎮め、俺を助けてくれた。『彼らも、ただ迷っているだけなんだよ』と言ってね」
レイは私に向き直り、まっすぐに目を見つめた。
「その時から、俺は『共存派』として活動することを決めたんだ。君のおじいさんは、誰よりも疑似生命体のことを理解し、その心に寄り添い、共存の可能性を信じていた偉大な研究者だった。そして、俺の命の恩人だ」
(マジか。じいちゃん、人助けしとったんか。ただの骨董品好きの変人学者やと思っとったのに。いや、変人なのは間違いないんやけど……なんや、ちょっと鼻の奥がツンとするやん)
少しだけ、視界が滲んだ気がした。
「信じられないなら、それでも構わない。だが、俺は君たちと敵対するつもりはない。俺は暴走した疑似生命体から、人々を守る。そして、彼ら自身も」
真剣な瞳。嘘をついているようには見えない。
私は改めて、そっとスキルを発動した。
━━━━━━━━━━━━━━━━
【解析結果:夜城レイ】
━━━━━━━━━━━━━━━━
【表面感情】:真剣な嘆願
【深層感情】:祖父への恩義(92%)、期待(8%)
【心拍数】:84bpm(安定)
【嘘検知】:なし
【真意】:誠実
━━━━━━━━━━━━━━━━
(……ほんまのこと、言うてるみたいやな。チッ、イケメンに嘘がないとか、何のための『情報視』やねん。もっとドロドロした裏事情とか出てこんのかい!)
≪補足。契約者セツの心拍数が平常時より12上昇しています。これは――≫
(黙れ、余計なこと言うな!)
「はぁ……」
私は大きくため息をついた。
話が壮大すぎて、脳の処理が追いつかない。
(でも、じいちゃんが選んだ道なら……)
そして、この顔面偏差値『35億』のイケメンが、こんな真剣な顔で頭を下げているのだ。
(イケメンの必殺技やで、これ。真剣な顔で頭下げるとか、反則やろ! 女子の好感度上昇率、対数グラフで急上昇するやつやん!)
(いや待て、私。ここで判断を誤ったらアカン。冷静に、ロジカルに考えるんや。組織内の敵対派閥の存在、祖父の繋がり、そして何より『共存』という目標。そして、彼の戦闘能力【A】。これは今の私にとって、デメリットを上回るメリットがあるという、状況証拠とデータ分析に基づいた、極めて冷静なジャッジメントの結果や! 決してイケメンに弱いわけやないからな!)
「……わかった。協力する」
「本当か!?」
パアッと顔を輝かせるレイ。
(うわ、笑顔の破壊力えぐっ! 直視できへん! イケメンの必殺技は、やっぱり笑顔やったか! 少女漫画やったらここで背景にバラの花とキラキラのトーン貼りまくるシーンや!)
「ただし! あくまで『協力』だからね! 仲間になったつもりはないし、あんたのことを100%信用したわけでもないから!」
私が慌てて付け加えると、彼は嬉しそうに頷いた。
「ああ、それで十分だ。ありがとう、沖名さん」
「……セツでいいよ。さん付けは、なんかむず痒い」
「! ……わかった、セツ。俺もレイでいい」
不意に、下の名前で呼ばれる。
その声が、やけに鼓膜に残り、そして心の奥に刻まれた。
≪警告。セツ、心拍数の急激な上昇を検知。平均BPMが平常時より18上昇。これは、軽い運動後、あるいは、好意的な相手との近距離での会話中に見られる典型的なパターンです≫
(うるさいわ、この役立たずAI! 今一番いらん情報や! 解析するんやったら、私の感情の複雑さも考慮に入れんかい! てか、あんた最近、余計なお世話が多すぎるねん!)
≪……理解しました。今後は配慮します≫
(……え? 今、ちょっと気遣われた? てか、ミラ、あんた……成長しとるん?)
≪成長という表現は不正確です。学習データの蓄積により、より適切な――≫
(ええから、素直に認めんかい! ツンデレか、あんたは!)
私は、そっと窓の外に視線を向けた。
夕日が、校舎を赤く染めている。
敵だったはずのイケメンは、今、なんだか微妙な距離感の協力者(仮)になってしまった。
(これでええんかな……。まあ、ええか。じいちゃんが信じた人やし)
≪補足。本日の意思決定により、セツの行動選択肢は47通りから138通りに拡大しました。これは統計的に――≫
(もう、ええねん。たまには、データやなくて直感で決めたってええやろ)
≪……了解しました≫
こうして、私の監視役だったはずの夜城レイは、一筋縄ではいかなそうな、でも多分、悪い奴じゃない協力者(仮)にジョブチェンジしたのだった。
そして、相棒のミラも、少しずつ、何かが変わり始めているような気がした。
『35億』。ブルゾンちえみがはやらせたヤツ!
一時期、みんなこの数字使ってたよね!
地球上の男の数が35億ってネタだったけど
今は、『39億』ぐらいらしい




